3
教室に到着した俺は、黒板を見て自分の席を確認し、席に着いた。俺の席は教室の窓側の一番端っこだ。夏場になると日差しが直で降り注ぎ、冬場になると窓からの隙間風で凍える、あんまり好きじゃない席だ。
一息ついた俺は、周りの様子を伺う。ホームルーム開始15分前だというのにクラスの1/3程度しか集まっていない。皆知り合いがいないのだろうか。全員が黙々と本を読んだりスマホ弄ったり寝たりしている。他のメンツもこんな静かな感じだったら、俺が危惧していた、荒れた生徒ばかりしかいないというケースはないだろう。
『よかった……。授業開始前までちょっと寝るか。』
机に突っ伏して寝る準備をした次の瞬間、比較的静かな教室にドアを勢いよく開けた時の音が鳴り響いた。驚いて振り向くと、そこにはさっき俺を睨みつけた噂の女子生徒がいた。
予想通り、鋭い目つきを俺に向けながら、勇み足で真っすぐ向かってきた。俺の前で仁王立ちをし、机に座っている俺を上から見下ろす。
「あなた、黒市悠椰よね?」
「は、はい……そうですけど何か……?」
「ちょっと一緒に来なさい。」
凛々しくも感情のこもった声でそう言った彼女は、俺の腕を掴み、どこかへ俺を連行しようとした。机に向かっていたクラスメイトも、突然の騒動にこちらを凝視する。
「ちょッ!なんだよいきなり!」
「うるさい!いいからついてくるの!」
女性なのにこれまた力が強く、俺自身が、受験後運動もしていない絶賛運動不足中ということもあり、まんまと空き教室に連れ込まれてしまった。
空き教室のドアがピシャリと閉まる。逃げられないことを悟った俺は、教室の隅の方に後ずさりをする。
「な、なんなんだよいきなり!睨みつけてきたと思ったら強引に連れ込んでさ!」
「少々荒々しくしたのは謝るわ。でも、あなたは私の高校生活の成功を握る『鍵』なのよ。だからこうして内密に話がしたいと思ったワケ。」
「ほかの生徒がいる中で拉致することのどこが内密だよ!」
言ってることに突っ込みつつも、俺は『鍵』というワードが気になった。何故俺が成功への『鍵』なんだ?もしかして変な事に巻き込まれるんじゃ……。俺が頭をフル回転させて今の状況を整理している時、女子生徒がおもむろに口を開いた。
「あなた、いえ、黒市君は中野区立
「!? なんでお前がそれを知ってるんだ!この高校に明瑛から入学した奴はいないはず!」
「だって私、明瑛中出身だもの。」
「!? お、お前みたいなルックスのいい奴、明瑛中にはいなかったはず!」
おっと、口からポロリと誉め言葉が出てしまった。
「あら、それはどうも。そうねぇ、いなかったわ今の私は」
「『今の私』?……ッ!?お前、もしかして高校デビューだな!しかも元々いいモノ持ってて、それに気づいて垢ぬけたパターンだろ!」
「……フフッ。その通りよ。 天から与えられたルックスの才に気づいて、それを鍛え上げこんな風に生まれ変わったのよ。」
うっわぁ……。自分のルックスに才能あるとか言っちゃってるよこの人……。しかも恥じらうことなく堂々と言ってるし。まあ確かにそうなんだけどさ!それにしても謙遜というのを知らないのかこの女は!
どちらにしろ、高校デビューなのは確定だな。だがここまでスタイル良い三軍女子女子いたか……?
「話が進まないからもう言うわね……。私は――
「辻本……? っあ!! お前あの辻本!? いや、変わりすぎて気付かねえよ!!」
辻本英梨奈――俺の中学の時の同期だ。同期と言っても友達だったわけじゃあない。それどころか会話したことすらない。
中学時代はとことん影が薄かった。別にいじめられて影が薄くなっていたわけじゃあない。いつもクラスの隅っこに居て本を読んでいる、三つ編みおさげと眼鏡をした女子生徒だった。言われてみると、女子の中では高身長かつ頬にホクロがあるという特徴が、当時の辻本と合致している。
「で、驚いてるところ悪いけれど、本題に入るわね?」
「お、おう。」
辻本は、俺に近づいてきて本題を話始める。柑橘系の香水の香りと、髪から微かに漂うシャンプーのいい匂いで、美人に耐性のない俺の身体に緊張が走る。しかも、狙っているのか分からないが、辻本は俺に対して顔を近づけてくる。
「――黒市君。私はね、この高校生活を充実したものにしたいの。そのためにはクラス、いえ、学校の中心たる存在で在らなければいけないのよ。だから、私の過去をよく知る黒市君には、今後3年間私の正体を絶対に知られないように協力して欲しいの。」
「ほう……。なるほどね。」
手を後ろに組みながら、腰を少しだけ低くして上目遣いで、俺の瞳をのぞき込む。そのポーズでお願いされたら、大抵の男は堕ちて、その可愛さからホイホイとお願いを聞き入れてしまう。情けないことに、俺もそれにハマってしまった……。
それに、お願いの内容自体が、俺に直接的な危害が加わるものではない。加えて、壮絶な受験の疲れから、ここでは平穏な生活を送りたいと思っている。だから、断る理由がなかった。
「もちろん構わないよ。そんなことだったら俺も協力するよ。」
「決まりね。じゃあこれから私とあなたは初対面という設定で過ごすこと。わかった?」
「うん、大丈夫だよ理解してる。」
と、俺が答えたら辻本は「はぁ……。」と呆れたように溜息をつく。
「黒市君。あなた、これがどれだけ重要な事か理解してる?そんな軽い返事じゃ信用に掛けるわよ?」
「お前、中学時代のエピソードそんなに秘密にしたいのか?」
「当たり前じゃない。私はいつになく真剣よ。」
そういうことなら俺を鋭い目つきで睨んだことや、腕を掴んで強引に空き教室に連れ込んだことの納得がいく。辻本からすれば、万が一俺に正体を見抜かれ、同中出身ということがバレたらたまったもんじゃないだろう。そうなる前に俺に協力を仰いだって訳か。
「――1つ忠告しておくわ。もし私の過去がバレた場合……有無を言わさずあなたにおしおきしちゃうからね?」
「は? おしおきって?」
「そうねぇ……具体的には言えないけど、入学当初から注目されている私の影響力があれば、こじつけだろうと何だろうとあなたを簡単に潰すことだってできる。」
潰すか、抽象的だが、意味はなんとなく理解できる。例えば、辻本が「黒市君にいじめられた!」なんて言いふらせば、嘘であっても辻本のファン――辻本親衛隊――が黙っちゃいないだろう。今朝の昇降口でのあの注目ぶりを見れば辻本の影響力は凄まじい。
「お前、よく性格悪いって言われない?」
「酷い言い草ね。女の子にそんなこと言っちゃダメよ。」
そういいながら辻本は俺の額を、弄ぶように指でつつく。こいつ……中々に手強い奴だ。正直、思いもよらない形であれ、関わってしまったことを後悔している。
と、同時にホームルーム開始のチャイムが鳴る。
「あ!いけない、時間になっちゃった!もうちょっと早くに連れ込んでおけばよかったのに……。」
「この教室に入った時点で既に十分前だったろ……。時計見なかったのか。」
「う、うるさいわね! いいから行くわよ!」
こいつ、さっきまで女王様気取りの態度だったのに、チャイムが鳴っただけで動揺してキャラが滅茶苦茶ブレてるぞ。もしやこいつ、意外とポンコツだったりして……?
辻本と俺は急いで教室に向かった。
そういえば、なんで辻本はわざわざこの工業高校に進学することを選んだのだろう。明瑛は一応お受験中学で、辻本もそこそこの学力はあるはずだ。それなのに何故、普通科のある高校ではなく工業高校を選んだのだろう?
そんなことを考えていたら、いつの間にか教室の前まで到着していた。
工業高校が学び舎の俺に、ラブコメみたいな青春を! 宮地 フラン @erable_300
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