異世界メン狂想曲

橘 永佳

第1話

 その日冒険者ギルドに持ち込まれたものは、前例の無い“珍品”だった。


 半月前に突如として、王国きっての交易都市ラダの街中に出現したダンジョン。


 外観は塔だが地上地下共に何層かは見当もつかず、体制を整えて、王国騎士団と冒険者たちがダンジョンに挑み始めたのが5日前。


 過去最高難易度のダンジョンと発覚したのが昨日。


 そして今日、初めての戦利品と思われる物が、ギルドに持ち込まれたわけだ。


 『思われる』というは、これが宝箱からか、魔物からのドロップか、入手経路が不明なためで、持ち帰った冒険者によると、同じくダンジョンに挑んで散ったであろう死体の荷物にあったそうだ。


 ただ、何にしても、この世界の物ではなさそうである。


 形状はスープボウルというか、まあ食器っぽく、ぴったりと蓋がされている。その上、透明な膜が覆っていて密封状態。

 振るとガサゴソと音がするので、おそらく中に何か入っているのだろう。


 基本色は赤で、字か模様かが描かれているが、少なくともこの交易都市でさえ誰も読めない。


 そして、とにかく異常に軽い。

 強度があるようにも思えないし、魔力を帯びているわけでもない。となると、武器防具の類ではないことは間違いないと思われる。


「何にしても、召喚者の方待ちですね」


 ギルド職員のアメリアがため息とともに言った。

 ギルド長のギースが髭を撫でながらうなずく。

 アメリアが女性の中でもやや小柄なこともあるが、筋肉ダルマの巨漢ギースと並ぶと、まるで大人と子供のようだ。


「うむ、おそらく異世界の物だろうしな。今ダンジョンに潜ってるのは――」


「王国騎士団預かりの聖騎士シンヤ=キサラギ殿とそのパーティーメンバーの魔術師リコ=サクラノミヤ様、それから当ギルドのS級冒険者ダイチ=タミヤです」


「"ブレイブ"に"フィロソファ"、で"アスラ"か。称号そろい踏みだな」


「じきに――」


 言っているそばからドアが開いた。

 白銀に黄金の縁取りと、凝った意匠の鎧をまとった少年。

 紺色のマントに身を包み、宝玉を頂く杖を持つ少女。

 黒の軽装鎧姿で、片刃の大剣を背負った少年。


「ギースさん! 何があったんですか?」


 白銀鎧の少年が室内に進みながら、朗らかに微笑む。見るからに快活な、人懐っこそうな少年だ。


「おお、"ブレイブ"キサラギ殿。"フィロソファ"サクラノミヤ殿も、急遽申し訳ない」


 ギースが白銀鎧の少年とマント姿の少女に軽く頭を下げると、「いやいや、やめてくださいってば! 普通に名前で呼んで下さいよ」「そうですよ」と二人が慌てて制した。

 二人に畳みかけられて困り顔になるギースに、黒の軽装鎧の少年が更に追撃する。


「本人たちが言ってるんだから、いんじゃね? おっさん。俺にみたく話せば」


「お前と違って王国騎士様なんだよ……だがまあ、そう言われるのであれば、この場はシンヤくんにリコさん、でいいかな?」


「「はいっ」」


「ではシンヤくん、リコさん、それにダイチ――」


 俺だけ呼び捨てかよ、というダイチの軽口を完全にスルーして、ギースは“珍品”を指差した。


「――これ、知ってるかね?」


 ゴツい指先の先を視線が3つ辿っていく。で、対象のブツに到達したところで、カチッと固まった。

 特に、シンヤとダイチが。


「「あああ赤いきつねだーーー!!」」


 響き渡る2人の絶叫。思いの外に派手なリアクションに、ギースとアメリアが目を白黒させた。

 やや落ち着いた反応のリコへ、アメリアが顔を寄せる。


「リコ様、『赤いきつね』とは……?」


「えっと、私たちの元の世界で有名なインスタント――って言ってもあれか、保存食というか携帯食料というか? こっちの世界うどんどころか麺がないから説明しづらいな、とにかく、蓋を開けてお湯を注げば食べられる、お手軽食料です」


 リコの説明に「要するに食料か」と肩すかしを食ったようにギースの気が抜ける。


 しかし、シンヤとダイチはその真逆だった。

 2人同時に赤いきつねへと手を伸ばしてかち合う。


「……何だ? ダイチ」


「お前こそ何だよ? シンヤ」


 妙にピリピリし始める2人。訝しむギースに、リコが小さく言う。


「2人とも大好きなんですよね、アレ」


 その一言を皮切りに、事態は始まってしまったのだ。


「おいおいシンヤ、普段からイイもの食ってんだろうが。王宮住まいがこんな庶民食にがっつくんじゃねーよ」


「いやいや、ダイチこそよく屋台とかで似たような味があったって言ってるじゃないか」


「似て非なる物ってやつだそれは!」


「こっちはそれすらもないんだよ!」


 一目瞭然にヒートアップしていく2人に、リコはただ呆れ顔でため息を吐くばかり。

 だが、「やるか?」「おう?」と剣の柄に手をかけたところで、さすがにギースが割って入った。


「待て待て、こんなところで何を始めるつもりだ? 今日はダンジョンから持ち帰られたコレが何かを――」


「「ダンジョンから!?」」


 ギースの話を途中までも聞かずに聞き返し、応える間もなく2人が飛び出していった。

 唖然として振り向くギースとアメリアの視線を受けたリコは、軽く肩をすくめる。


「2人とも限界だったみたいです」


 と、外から喧噪が響き、何事かと外へ飛び出した3人の目に、爆炎が立て続けに炸裂する光景が飛び込んできた。


「何がどうなってる!?」


 叫ぶギースの目に、あちらこちらが爆発し、砕け散っていく塔、ダンジョンの姿が映っていた。

 雨のように降り、または迸る雷と、生き物のように踊り狂う幾重もの炎が、見る間に塔を蝕んでいく。

 その光景に、絶え間なく続く爆音に、街の住民もパニックになり逃げまどう混乱状態だ。

 なお、群衆には、ダンジョンから逃げてきた魔物も一緒くたになっていたりする。

 人間も魔物も分け隔て無くパニックになっていた。

 リコがポンと手をたたく。


「……人と魔物の共存――」


「「じゃなくて!」」


 リコへのツッコミに合わせるように、塔が木っ端微塵に消し飛んだ。

 もはや無惨な残骸でしかないダンジョン跡地から、燃え上がる炎を巻き上がる粉塵を背負うように、2人の影が現れてくる。


「……どこにも無かった」


「……ドロップも無かった」


 シンヤとダイチの呟きが、やけに響く。


「となると、あの一つしかないわけだ」


「だな」


 瞬間、打ち合わされる剣戟。

 双方、全力で鍔迫り合いを繰り広げる。らちが明かないと判断、両者ともに大きく飛び退いた。

 シンヤの聖剣に雷が落ち、そのまま突きの構えへ。


「ボルティック=ストライク!」


 ダイチが上段に振り上げた黒刀から炎がわき上がる。


「喰らえよ炎――闇裂炎刃!」


 雷と炎が真正面から衝突、ド派手に爆発した。


「やめんかお前等あああ!!」


 ギースの絶叫、しかし頭に血が上った2人には届かない。

 続けざまに大技を連発し、ぶつけ合う2人。


「いっっっつも楽しそうに食べてるんだろうダイチ、今回は譲れよ!」


「お城で豪華なモン食ってる奴が! 学校でも主人公こっちでも主人公とか総取りかよこのヤロウ! お前こそ譲りやがれ!」


「そっちこそ学校でもこっちでも自由にやってるじゃないか! たまには我慢することも覚えろよ!」


「思いっきり我慢してるっつの! リコ独占しやがって!」


「この鈍感バカがあっ! 誰のせいで僕が相談係になってると思ってんだ!」


 轟音の中で繰り広げられる口喧嘩の内容に、「「……ん?」」と顔を見合わせるギースとアメリア。そのまま視線をリコへと向けると、リコは顔を真っ赤にしてうつむいていた。

 そして、ボソっと一言。


「……2人とも、後でシメる」


 と、ひときわ大きな爆裂音が響き、振り返ったギースの目に、対峙するシンヤとダイチの姿が飛び込んできた。


 上空を鳥型の魔物が飛んで(逃げて)いく。

 シンヤの剣に何本もの雷が続けざまに落ち重なっていく。

 ダイチの刀から噴き出す炎が巨大な蛇のように渦を巻く。


「連なり穿て――ギガボルト=ストライク!!」


「飲み干せ業炎――極覇・炎盡!!」


「まずいっ!」


 とっさにギースがリコとアメリアを庇い前へ立ち、リコがギースの前へ無言で障壁を展開する。

 轟雷と爆炎が重なり、辺りが光に包まれた。


 アメリアの視界が戻ったとき、まず目に映ったのは前面が軽く焦げたギースの姿だった。


「ギルド長!」


「よし、2人とも無事だな」


 軽く笑うギース。元S級は伊達ではない。

 そのまま爆心地へと目を向けると、剣を打ち合ったままで立ち尽くしているシンヤとダイチの姿があった。

 さすがに両者ボロボロである。


 そこへ、ダイチの頭の上へ、落ちてきた。

 上空を逃げていた鳥型の魔物が巻き添えをくらって消し飛び、そのドロップアイテムだった。


「「あ……緑のたぬきだ」」


 ――熱湯を注いで5分後(きつね基準)。


「うっま! 美味いこれだよこれ!」


「だよな! この出汁のしみ具合、最っ高!」


「ちょっと交換しねえ?」


「いいね!」


 シンヤとダイチが赤いきつねと緑のたぬきを交換しあう。麺と汁を啜る音が、廃墟と化した街の一角に小気味よく広がった。

 一方で、ギースは頭を抱えていた。


「……今回の損失は?」


「……計算しますか?」


 アメリアに返されて、ギースは「いや、いい……」と肩を落とす。

 その横から、すっと立ち上がってシンヤとダイチの後ろへと歩み寄る影。


「2人とも、よく味わったよね?」


 静かな、しかし容赦ない声に硬直するシンヤとダイチ。

 ギギギっと振り返ると、にっこりと笑うリコがいた。

 般若を背負っている。


「凍りなさい――絶対零度(アブソリュート・ゼロ)」


 2人は氷に包まれた。


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異世界メン狂想曲 橘 永佳 @yohjp88

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