第3話

 桜良の機嫌の良い鼻歌と、タイマーの音が混ざり合って部屋中に響く。


 どうやらもう3分がたったようだ。


「手伝う?」


「んーん、大丈夫。蓋取るだけだもん」


 そう言いつつも、キッチンで蓋取り作業以外に箸をもって何かしているようだった。


 半年ほど前までは危なっかしくて、一人でキッチンに立たせられなかったのに、今では桜良の大丈夫を信じて安心できるようになったことが感慨深い。


「できたよー」


 僕の目の前に出来立ての緑のたぬきが置かれる。


 その中には元々入っているかき揚げ以外のものがひょっこりといた。


 海老天に、紅白のかまぼこに、ねぎ。


「これ、どうしたの?」


「内緒」


 桜良は口に人差し指を当てながら、僕の正面側に腰を下ろす。


 そうして、慣れた手つきでこたつの中に身体を滑り込ませ、いただきますとお行儀よく手を合わせた。


「CMでみた時から、緑のたぬき食べたかったんだあ」


「ネットの記事じゃなかったか」


「半々かな。でもね、年越し蕎麦を食べるのは決めてたんだよねえ」


「そうなの? ならなんで買っておかないの」


「それは稜くんとプチデートをするためだったりして」


 ニシシッと、いたずらっ子のように笑った。


 コンビニまでの買い物をデートと思えるところが桜良のすごいところだ。


 特別出かけたりしなくても、些細な日常の中から幸せを見つけさせてくれる。


 付き合う前も、結婚してからも変わらない、桜良のそういうところがたまらなく愛おしい。


「年越し蕎麦ってね、意味があるんだよ」


「意味?」


「そう。長生きできますようにとか、金運が上がりますようにとか。あとは今年の不運を切り捨てて、来年を幸運で迎えられますように、とかね」


 何も考えず、何も疑問に思わず今まで食べていた僕に比べ、桜良は年越しそばの意味を考えながら食べていることに少し驚く。


 少しずつ箸でつかんで、丁寧に蕎麦を冷ましている間に考えているのだろうか。


「へえ……じゃあ、この具材も?」


「そうだよ。海老は長寿、紅色のかまぼこは魔除け、白色は清浄なんだって。ねぎは、その年を労うって言うことらしいよ」


 かき揚げはわからないんだけどねっと笑う。


「よーし、年越し蕎麦は年が明ける前までに食べた方がいいって聞いたことがあるから、さっさと食べるぞー!」


 直後、急いで食べようとあまり冷まさずに口の中へと入れていく。しかし猫舌なもんだから普通に食べるよりもペースが落ちていた。


 ちらっとテレビの時計に目を向ける。


「え、あと10分じゃん……」


 僕も一緒に急いで食べることになった。

 二人で無言で真剣にズルズルと蕎麦を啜る。


 少し変だけど、二人でのんびりと、二人のペースで、二人で迎える年越しにソワソワする。


 まだ結婚して半年。


 まだ半年しか経っていないけれど、これからずっと一緒にいられる気がするし、ずっと幸せな日々を感じられる気がする。


 そんなことを思いながら、一人幸せに浸る。




 テレビのカウントダウンが始まった。


 あと数秒で年が明ける。


 また新しい一年が始まる。


 新しい一年も、君と一緒に。



 今年もよろしく。愛おしい君。


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些細な日常の幸せ 夏谷奈沙 @nazuna0343

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