忘れたい軽犯罪
@tapeoka
第1話
忘れたい軽犯罪
オイラは最高に善良な市民さ!
どのくらい善良かって言われれば、多分世界中の誰よりも善良だと思うよ。
オイラは生まれてこの方、人に危害なんて加えたことはない。
犯罪にすら手を染めちゃいない。
ましてや車の制限速度だって、一キロたりともオーバーしたことないし、グレーゾーンにだって関わっちゃいない。
そう、オイラは法律厳守人間。
他人の誰よりも法律を守り、誰よりも善良に生きてきた人間さ。
オイラには法律を守り続ける理由がある。
それは、自分の身が潔白という事で、他人より優位に立つことができるからさ。
だってそうだろう?
誰にだって叩けばホコリくらいは出る。
残酷な過去とか、知られたくない黒歴史とかだってあるはずさ。
でもみんなそれを自分の特技や特権で無かったことにしてるんだよ。
これくらいはしょうがない。
これくらいは許される……って
でもオイラには、人をあっと驚かせるものもなければ、政治家や有名人の子供でもない。
だからせめて自分の心だけは、誰よりも優位でありたい。
それに法律を守ることはとても気持ちがいい。
心の中にやましいことが何もないからね。
外に出たって、警察から職質を受けたって堂々としていられる。
これ以上の幸せなことって、オイラにはないと思うんだよなー。
「いや、そんなわけねぇだろ」
「え?」
なんだ? こいつ、今なんて言った?
そんなわけないって言ったのか?
「ちょっとチミ、誰だか知らないけど、聞き捨てならないよー? さすがのオイラもカチンって来ちゃったんだけど」
「へぇー……お前怒ってんのか?」
そりゃ怒るに決まってるでしょ、オイラの身の潔白を全否定されたんだよ?
オイラにとっては、それを否定されることは自分の取り柄を否定されてるのと同じだ。
オイラのことを否定するのは構わないけど、オイラの取り柄を否定することは許さないよ?
「お前さぁ、本当に自分の身は潔白だって思ってんの?」
なんだ? 訳が分からない質問だぞ?
「あのねぇチミ、自分の身が潔白じゃなきゃこんなこと思ってないよ。」
「なるほどなぁ……それじゃ立ちションはどうだ?」
「え?」
立ちション? 一体なんの事だ?
「立ちションだよ、お前小学生の時にやってたろ?あれも立派な犯罪だぜ?」
「へ?」
記憶が、蘇ってくる。
脳みその奥の奥、無意識に隠していた記憶が……
オイラは小さい頃一度だけ、軽い犯罪を犯したことがある。
ある日、学校から帰る途中に尿意を催したことがあってね……そこから家までの距離はだいぶ離れてたし、当時引っ込み思案だったオイラは近くのコンビニに駆け寄って、トイレ貸してください! なんて言える人間じゃなかった。
でも、このまま我慢の限界が来て漏らすのも嫌だ。
そこでだ、オイラは近くに誰もいないことを見計らって、目の前にあった草の茂みに、オシッコを……
無意識だったんだ、その時は何も考えられなかった。
ただ、今目の前に立ち塞がる限界の尿意……これを何とかしたい。
頭の中はその考えでいっぱいで、そこに他の思考なんてものはなかった。
でも、時オイラは子供だったし、こんな大人びた思想なんて持ち合わせていない。
オマケに、立ちションが犯罪になるなんて分からなかったし!
でも……そんな言い訳はもう通用しないか。
子供の頃だろうがなんだろうが……オイラやった事は立派な犯罪だ。
オイラはもう……いや元から、法律厳守人間なんかじゃなかった。
あれから、何年位たったんだろう?
オイラは今、分厚い鍵のかかった扉と冷たいコンクリートの塀に囲まれて過ごしている。
あの出来事の後、オイラは大きい罪を犯した。
きっと、自分のプライドに囚われていやいや法律を守っていたんだろうな。
今まで溜め込んできたものが爆発するみたいに、人を刺したよ。
何度も、何度もね……
でも不思議なことに、罪悪感なんてものは感じなかった。
むしろその逆さ……腹を刺した時に伝わる手首への感触、フルーツを絞った時の果汁みたいに飛び散って、袖にかかる返り血、罪を犯すっていうのは、こういうことなんだなーって……すごく新鮮で、清々しい気持ちになれたよ!
「156番! 出房だ。」
あぁ……どうやら迎えが来たみたいだね。
悔いはないさ。
最後に、とてもいい気分を味わえたからね。
そう、オイラは法律厳守人間、他人の誰よりも法律を守り、誰よりも善良に生きてきた人間……でも、最後の最後に、法律よりも重要なものを知った、世界一の幸せ者だ。
でも、一つだけ気がかりなことがある。
オイラの人生観をガラッと変えてくれた、あの人は誰だったんだろう?
まぁ、今となってはどうでもいいことか……もしあの世で見つけたのなら、一言ありがとうって言っておかないとな。
忘れたい軽犯罪 @tapeoka
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