第6話
学年が上がるにつれ、ユハニはオドオドしている様子がなくなった。
可愛い女の子みたいだった顔にも鋭角が出来てきて、ちゃんと男の子らしくなってきた。
頭はもちろんトップクラスのままだし、運動は得意じゃないけど全然ダメってわけでもない。
おかげで最終学年ともなると、とんでもなくモテるようになった。
あ。『有名な』彼女、ペネロペ・ヴィーデグレーンは、一年の学期末の考査で点数が取れず自主退学したらしい。貴族で自主退学はものすっごく恥ずかしいことだから、正妻の子でも家から出されることがある。嫡出子となると、籍に入ってたことさえ抹消されたんじゃない? 知らないけど。
だから、ユハニを狙ってる相手にあんまりこればダメだろ、っていう子はいない。高位のご令嬢方の中にはいるけど。でも、ユハニは言っても孤児だから、その辺りのご令嬢には引き抜き対象としか見られないのだ。ついでにとあたしにも声掛けてくるし。
「ユハニ、卒業したらどこに行くか決まった?」
「悩んだけど、やっぱり王城務めするよ」
それでも一番の仲良しはあたし。
放課後の図書室での勉強会は、ずっと続いた。「エルダー・ユハニノート」はもうとっくに百冊を超えている。過去のものはこっそり下級生の手に渡って勝手に模写、増刷されているほど。
こうして図書室で二人でいるのを、暖かく見守られたり、拝まれたりするのにも慣れた。
初めて『救いの神と女神』と呼ばれているらしいと、ドッティに言われ、テレサさんに納得されたのは、いつだったか。それ以降も色んな呼ばれ方が増えてたけど、あたし達がセットで扱われるのは変わらなかった。
「あたし、どうしようかなぁ。女官の過去問したけど、筆記は割とイケたんだよね。でも商人ギルドの職員とかも面白そうでさ。さらに学園の教師やらないか、って声もあるんだよ。まぁ、それは他の職をやめた後でもいいらしいけど」
「……普通、国の最高難易度の試験をそんなに軽くイケるって言える子いないよ……」
ユハニが自分の疑問と考察をノートにまとめている間、あたしは各先生から返されたノートの答えをまとめる。
もう慣れっこで、雑談しながらでもよゆーだ。
「ドッティは家に戻るしさ……ヘルガは田舎に行くって。テレサさんなんか結婚するんだよ。あたし、自分でこれしたいとかないもん。流れ流されここまで来たからさ」
そんなことを言っていたら、ユハニがこちらをものすごく真剣な顔で見て、だけどもとんでもないことを言った。
「じゃあ、エルダは僕と結婚しない?」
「へ?」
えっ、何?
なんて言った?
結婚?
「エルダが今まで流されるままここまで来たのなら、次は僕に流されてくれない?」
「ちょ、へ? はぁ?!」
ユハニの戯言は続く。いや、顔超真剣なんだけど。言ってる事戯言なのに、全然ふざけてない。
何、なんなの何が起こってるの?
「いやいやいや……何言ってんの」
「僕は初めてエルダに助けてもらった時から、ずっとエルダが好きだったから」
「へぁ?!」
その目は真剣なままで、いつもの優しさや柔らかさはなくて、代わりに炎のような熱を感じた。
嘘でしょ? あたし、プロポーズされてる?
あたしは混乱して、
ユハニみたいな優良物件あたしみたいな悪女にはもったいないとか、ここは学校の図書室で他にも人のいるところでとか、流されろだなんてなんつープロポーズだとか、助けたおぼえなんてないぞそれはいつの話だとか、
とにかくとにかく頭の中がぐっちゃぐちゃで、変な声しか出なくなってた。
「エルダが僕のことなんとも思ってないって分かってるよ。でも、他のみんなよりは好きでいてくれてるのも分かってる」
「……」
「じゃあ、エルダの事が好きでエルダにも好きでいてもらえる僕が、エルダを幸せにしてもいいんじゃないか」
「幸せ?」
ユハニの熱くて真剣な瞳と、「幸せ」って言葉に反応して、あたしの頭は混乱から引き戻されて真っ白になった。
幸せ。
生まれ変わったときに、なれ、って言われたもの。
未だに分からない、謎の言葉。
……お姉ちゃんにしか掴めなかった、特別なもの。
「あたし、幸せになれるの?」
「うん。僕がきっと幸せにする」
未だにあたしには分からない幸せを、あたしには理解出来ずにいることを、ユハニは分かっているんだろうか。
そう思ったけれど、「幸せにする」と言ったユハニの笑顔に、あたしは「うん」と答えていた。
ユハニは見たことの無い笑顔で抱きしめてくれて。
図書室が拍手に包まれた。
「えっ、あっ。はァ?!」
そうだ、ここは図書室。
静かだから周りにあたしたちの言葉は丸聞こえ。
それになんだかいつもより人が多くない?!
また混乱で変な声しか出ないあたしに抱きついたまま、ユハニが耳元で約束してくれる。
「ありがとう、エルダ。君が幸せでいっぱいになるように、僕がんばるから」
何も言えずに泣いたあたしは悪くない。
思えば、この時点で既に幸せだったな、って、ユハニの子供を抱きながら考えるあたしは、本当に幸せ者だ。
卒業して結婚したら、家庭に入れと言われるかと思ってたら、才能がもったいないからなんか仕事すればいいと言われるし。
一緒に王城勤務したいから女官になったら、すごい平民夫婦が入ってきたとか話題になるし。
風当たりが強かった割にめっちゃ出世するな、と思ってたら王や王妃に夫婦ごと目をつけられてたとか発覚するし。
おかげで出産後も雇い続けてくれるそうだ。
もうすぐ生まれる王太子妃の子の乳母兼教育係のオファーが来てるんだよ。
そんなあたしをユハニはいつも幸せそうに見てる。
それを見ると、ああ、あたし幸せだなぁ、って思うんだ。
うん、この感覚を言葉で理解しようなんて思ったところがまず間違ってたんだ。
神様、あと、お姉ちゃん。
あたし、幸せって言うのをちゃんと理解できるようになったよ。
あたしは、幸せだよ。
青空のどこかに向かってそう微笑むと、なんだか、良かった、という声が聞こえた気がした。
終
あたしは悪女よ?……いいえ、反省して幸せになれるようです。 三田部 冊藻 @mitabe-kaku
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