第3話
「メリーちゃんの両親の結婚は、親戚連中に相当反対されたらしいわね」
「なんで?」
「あそこのお家は今時珍しく、由緒正しいお家柄だったからよ。そこに外国人のお嫁さんなんて古い人達からすればとんでもない話なんでしょ」
「あぁ、確かにあそこの家はでかいよな。何回も行ってんのにいまだに全体図が分かんないよ」
「あれはメリーちゃんの両親が新しく建てたもので、本家は田舎の方に別にあるわよ」
「げ、マジかよ」
「まぁ、それもメリーちゃんの御祖父様が亡くなられてからは使ってないみたいだけどね」
「それって相当昔のことだろ?」
「そうよ。だからメリーちゃんの両親は結婚出来たみたいなものだし。さすがに御祖父様が生きてらして、当主になってもいなければ結婚は出来なかったでしょうね」
「金持ちって面倒臭いんだな」
「周りのやっかみも相当だったんじゃない? 何しろ、メリーちゃんのお父さんが遺産を一人で相続したわけだし」
「うちは何でそういう風に金持ちじゃないの?」
「まぁ、親戚って言っても遠縁だからね」
「ふーん」
「まぁ、そんな流れがあるからあそこの家は親戚と疎遠に近いのよ。二人とも大変なんだから、あんたがちゃんとメリーちゃんの面倒見てあげなさいよ」
「はいはい」
「お兄ちゃーーん!」
「ほら、噂をすれば来たわよ」
「げ、今日は友達と約束があったのに」
(あぁ、そうか。だからお袋はあんなに心配そうに……)
けたたましい携帯のアラームがこたつの上で鳴り響いている。
手を延ばしそれを止めると、まだ霞がかった頭で夢のことを思い返した。
目覚めはあまりよくない。
ついつい二度寝への誘惑に負けてしまいたくなるが、思考が勝手に回りはじめる。昨日のことも全部夢だったんじゃないのかと。
メリーが来たことも、メリーの身体のことも。
しかし、そんなはずはない。昨夜ガラス戸ごと床へたたき付けられた腰の痛みがそれを物語っている。
首を傾けベッドを見ればメリーだってそこに、……あれ、いない。
「私メリーさん、今おコタの中にいるの」
「うおっ!?」
不意打ちで声をかけられたため、思わずのけ反る。
顔を腰の方に向けると、メリーがコタツから顔だけ出していた。
余程居心地がいいのか、締まりのない顔でゴロゴロとしている。
「ふへへ」
「だらしなく笑うな」
「だって暖かいんだもん」
「そんな風に全身入ってたらむしろ暑いだろ。汗かいてもしらないぞ」
「そしたらまたお風呂入るからいいもん」
「そしてまた蜘蛛が出るんだろうな」
「っ!! 倒したんじゃなかったの!?」
「無駄な殺生は嫌いなんだ」
まぁ、そんなしょっちゅう出るわけではないが。
というか倒したってお前。
「じゃ、じゃあ、えっと、お兄ちゃんと一緒に入る!?」
「入らねーよ。というか何で言ったお前が驚いてんだ」
「だ、だって怖い」
「それにいいのかよ、見られたくないって……、あ」
「……」
俺が、〝裸を〟ではなく、〝傷を〟と言おうとしたニュアンスを察したのだろう。
メリーがしばらく黙り込む。
「……別にお兄ちゃんにだったらいいよ。もう見られちゃったし」
そう言うと、「さすがに暑くなってきちゃった」とコタツから這い出て来た。
ブカブカのワイシャツの隙間や裾から、今もそれらが見え隠れしている。
昨夜の寝る前の陰鬱な感情が甦ってくる。
生々しいメリーの傷跡が脳裏に浮かびあがる。
しかし、メリーはそんな俺の気持ちを知ってか知らずか、ベッドに腰をかけ足をブラブラと揺らしていた。
Yシャツ一枚なので、そのたびに裾がめくれそうになり、メリーが子供でなければかなり際どい光景と言えた。
「お前、着替えとかそういったもんは」
「へ?」
「あるわけないな」
よし。まず俺に出来ることが分かった。
明日から冬季休暇だし、大学に行ってる場合でもない。
取りあえず昨日クシと一緒に買ってきたコンビニ惣菜を冷蔵庫から取り出す。
「お前、嫌いなものとかあるか?」
「蜘蛛。それと炭酸」
「いや、食べ物で」
「ドッグフードかな」
「それは一般的に人が食すものではない」
「じゃあお米」
「はぁ!? だいたい無理じゃねーか」
「温かくて柔らかければ好き」
「……」
いや、今は深く考えるな。
今そんなことを掘り下げたところで、聞いたところで、何が出来るわけでもない。
「じゃあ取りあえずこれ食って留守番してろ」
冷蔵庫から、稲荷ズシと卵焼きを取り出して机の上に広げる。
子供が好きそうなものと安易に選んでしまったが、メリーの表情を見るとどうやら当たりだったようだ。
「食べていいの!?」
まるでサンタにプレゼントをもらったかのような反応だ。
たかがコンビニの総菜の一つや二つなのに。くそっ。
「あぁ、俺はちょっと出かけてくるから、その間に食べちまえよ」
「えっ!? わ、私メリーさん、今置き去りにされようとしてるの?」
「人聞きの悪いことを言うな。ちょっとスーパーまでだ。すぐ戻るよ」
そう告げると、メリーは安心した表情で頷いた。別にわざわざこいつの許可を取る必要はないのだが、何の説明もなしに出掛けるのはバツが悪い。
「じゃあ行ってくるな」
「い、いってらっしゃい!!」
閉まる扉の隙間から、メリーのぎこちない送りだしの言葉が聞こえた。
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