第4話

 近所のスーパーはかなり大きい。

 外国のお菓子だって売ってるし、二階には洋服屋だって入っている。

 貧乏学生の懐事情にも優しい価格設定だ。そこで俺はメリーの服を物色することにした。


「子供服は、えーと、この辺りか」


 陳列された洋服類は、何故もう少しシンプルに出来ないのかと疑問に思うほど無駄な装飾が施されていた。

 謎のキャラクターが印刷されていたり、明らかに蛇足と思えるワッペンが付いていたりと様々だ。

 その中から出来るだけマシなものを手に取り、上下で合わせてみる。

 チェックのスカート、白地に黒いリボンが付いたブラウス、コート、は流石に高いな。その分防寒のインナーとタイツでも買っておくか。

 あとはカーディガンと適当にパーカー、スウェットも買っておこう。

 一通り買い物カゴに入れると、次に買わなきゃならない物のことを考え足取りが重くなる。


「やっぱり買わなきゃ駄目だよな……」


 避けては通れぬ難関。下着コーナー。

 平静だ。なるべく平静を装え。俺はお袋に頼まれて妹の服を買いに来た、ただのお使いだ。


 店内は休日のせいかわりと人が多い。

 年齢層が高めの女性が多く、当然俺のような若い男は場から浮くこととなる。

 誤魔化すように携帯を手に取り、別に見る必要のないメールの履歴を確認しながら、なるべく人と目を合わせないようにして俺は女児用の下着を手に取った。

 あいつ、上はまだしてないよな。でも一応上下で揃え――。


「お客様」

「はいぃ!?」


 不意に背後から声をかけられたため、思いっきり声が裏返ってしまった。

 振り向くと女性の店員が、何かお探しでしょうか? といった感じで問いかけてきた。

 ……あぁ、これあれだ。軽く怪しまれている。

 レジの方から年配の女性店員がこちらを窺ってるし、入口付近では警備員らしき初老の男がこちらに目配せをしている。

 やめてくれ、そんな目で見ないでくれと心の中で叫びつつ、出来るだけ平然を装って答える。


「田舎から遊びに来た親戚の服を買いに来たところで、どういったものがいいかなー、と」

「そうなんですね、サイズはどれくらいですか?」

「えーと、小学生の高学年なんですが、結構小柄です」

「でしたらこちらのサイズは如何でしょう? お求めはショーツだけで大丈夫でしょうか?」

「あ、いや、一応上もお願いします」


 目の前の若い女店員は俺のことを怪しんでいないらしく、至極真っ当に対応してくれた。

 下着を選んでもらい、カゴの中の服を見て「親戚の子も喜んでくれますよ」とレジへと送りだしてくれた。

 レジの女性店員がかなり訝しげにしていたので、多分こいつに言われて若い女性店員は俺に様子を聞きにきたのだろう。

 何故服一つ買うのにここまでの目に合わなければならないのか、先行きを不安に思いながらも、寒空の下俺は帰宅した。



「ただいまー」


 部屋の扉を開け、コートを脱ぎながらそう言うと、奥からバタバタと騒がしくメリーが駆け付け、「おかえりなさい!」と笑顔で迎えてくれた。

 なんかペットみたいだなと思いながら、俺はまんざらでもない気持ちでいた。

 お帰りと返ってくるのを聞いたのは実家を出て以来だからだ。昨日はメリーも寝てたしな。


 上着をハンガーにかけると、俺は買ってきた服を袋ごとメリーに渡した。

 メリーは受け取ると、キョトンとした顔でこちらを見ていたが、俺の意図に気付いたのか袋の中を覗き込んだ。

 メリーが小柄なせいもあるのだろうが、袋は大きくメリーの半分もある。

 その光景は、猫が袋に頭を突っ込んいるようでもあった。


「……これ、なに?」

「お前の服だよ。見れば分かるだろ」

「え? なんで?」

「ずっとYシャツ一枚でいさせるわけにもいかないだろ。お前の着てきた服もかなりボロボロだったしな」


 俺がそう告げても、メリーはしばしボーっと袋の中を眺めていただけだった。もしかして、センスに合わなかったのだろうか。

 失敗したかな、と、心配して様子を窺っていると、メリーがおずおずとした様子で服を取り出し、そのまま服をそっと抱きしめた。

 服に顔を埋めるように俯いていて表情は見えず、何を考えているのかは分からない。


「き、気にいらなかったか?」


 そう言うとメリーはこちらを向いて、首を横に振った。

 ここでやっと表情を綻ばせたので、俺は胸を撫で下ろす心地だった。


「取り敢えず着てみたらどうだ? 暖房付けてるとはいえ、Yシャツのままじゃ寒いだろ?」


 普段はコタツだけで暖房は付けないのだが、今日はメリーがいるので朝からガス式のファンヒーターを稼働させている。

 メリーは袋から一通り服を取り出して並べると、こちらをチラチラと見てきた。


「なんだ?」

「あの、着替えにくい、です」

「あぁ、はいはい」


 確かに俺がいたら着替えられないよな。

 昨日メリーが激突して外れてから若干立て付けが悪くなったように感じる扉を閉め、ついでにトイレに入って用を足す。

 トイレから出ると、ガラス戸越しでも着替えが終わってるように見受けられたので、声をかけてから扉を開けた。

 そこにはスウェットの下と、ブラウスを着たメリーがいた。


「何故だ」

「へ?」

「何でそういう組み合わせになる?」

「えっと、上は可愛くて、下は動きやすそうだったから」


 ……フォッションセンス0だなこいつ。

 しかし、一応俺が見繕ってきたものは、メリーの中で可愛いと認識されるもののようだった。

 一番マシなものを選んできたつもりだが、そう言ってもらえると悪い気はしない。


「ちゃんとインナーも着たか? 寒いからな、風邪でもひかれたら困る」

「あ、それが、その」

「?」


 何か言い出しにくいのか、モジモジとした調子でスーパーの袋を抱えていた。


「どうかしたのか?」

「シャツみたいなのは着たんだけど、その……」

「じゃあ問題ないだろ」

「これ、どう着ければいいの?」


 そう言うと、袋と一緒に握りしめていたブラジャーを前へと差し出した。


「…………」


 いや、そうか。そうだ。メリーは別に悪くない。

 今まで着けたことがないのだから、分からないというのも至極真っ当な主張だ。

 しかし、しかしだ。

 男の俺が淡々とブラジャーの着け方を指南するというのは、正直かなり耐えがたいものがある。

 というか俺もいまいち分からん。


「いや、普通に着けろよ。何となく分かるだろ?」

「うーん、えっと」


 子供用の飾り気のない下着を広げ、メリーが色んな角度からしげしげと分析している。

 すると、俺の前へとそれを広げて呟いた。


「あの、分からないから着けて?」

「勘弁して下さい」


 こいつ、俺を犯罪者にしたいのだろうか。

 昨日から多々危ない状況が重なっているというのに。

 今日は自分の自意識だけではなく他人にまで蔑まれたというのに。


「えー。じゃあ、なんでこれ買ってきたの?」

「いや、一応必要かなって」


 そう言うと、メリーは体をビクつかせ、勢いよく俺の方へと迫ってきた。


「わ、私メリーさん! 今第二次性徴期の最中にいるの!?」

「いや、安心しろ。まだ育つ気配はない」


 俺がかぶせるように残酷な事実を突き付けると、昨夜冷蔵庫を確認したときと同じように、分かりやすくうな垂れてみせた。

 女の子座りのまま両手を床につき、床との間にある虚空を見つめている。

 その表情には哀愁さえ漂っていた。


「い、いや、そのうち成長するよ。……多分」


 保証もなく曖昧に慰めてみる。

 元から小柄だし、正直大人になったメリーなど想像は付かないが。

 しかし、余程ショックなのか、メリーはそんな俺の言葉も耳に届いていないようだった。


「お前、今何センチぐらいあるんだ?」

「……150、ぐらい」

「本当は?」

「最後に計ったときは132……」

「け、結構サバ読んだな。まぁ、なんだ、最後にいつ計ったのか知らないけど、もうちょっと大きいと思うぞ。それに流石にまだ伸びるんじゃないか?」

「ほ、ほんと?」

「胸はどうなるか知らないけど」


その一言で再びメリーがガックリと肩を落とした。

こいつでもスタイルなんて気にするんだな。


「私メリーさん、今、限界という名の壁の前にいるの」

「どこの戦闘民族なんだお前は。そこまで落ち込まなくてもいいだろ」


ちょっとからかっただけのつもりだったんだが、割と本気でコンプレックスだったのだろうか。

本気とも冗談とも取れないどんよりとした表情を浮かべている。


「あー、その、なんだ。せっかくだし外にでも出かけるか。今日は俺もバイト休みだから、ずっと家にいてもやることないしな」

「えっ!?」


 気休め程度になればと思ったのだが、その表情を見る限り効果てき面だったようだ。

 猫っぽいと思っていたが、今度は散歩に連れていく時の犬のように見える。

 久しぶりなのにずいぶん懐かれたなと、なんだか笑いがこぼれた。


「ただ、下はちゃんと履き替えておけよ。そんな奇妙な格好で歩いたら嫌でも目立つからな」


 ただでさえ目立つ容姿してるってのに。

 だいたい、ブラウスをスウェットにインするな。


「は、はい! ちょっと待って下さい!!」

「慌てなくても置いてかないよ」


 焦って敬語になったメリーが、もつれながらも急いでスウェットを履き替えた。

 どうやら目の前のことでいっぱいになると、俺がいてもいなくても着替えに影響はないらしい。

 ……チラリと白い太股に出来たシミのようなあざが見えたが、今は見て見ぬふりをした。

 一足先に玄関で外に出るため靴紐を結んでいると、後ろから声を掛けられた。


「おにいちゃん」

「ん?」

「ど、どう?」


 短くて主語のない問い掛け。

 ただ、メリーがどんな返答を望んでいるかは分かった。

 俺は、出来るだけ柔らかい表情を作って答えた。


「あぁ、似合ってるよ」


 メリーが心から嬉しそうに笑った。

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