第33話 ピクニック

 突如我が家にやって来た第四王女リュシャンと仲良くなるため、僕は近くの山へピクニックに行くことを提案した。


 そしてその日の内にお弁当を持って山へとやって来たのだが、とにかく人がいない。

 ロージ随一のピクニックスポットとして有名な山なハズだけど、山に入ってから僕達は人の姿をまるで見ていなかった。

 一体何故?


「そりゃ先週あんな大事件があったばかりだもの。死者だっていっぱい出たんだし、すぐにピクニックに行こうだなんて気になるのはよっぽど特異な人間だけよ」


 なるほど。

 それでこんなに人がいなくて空いていたのか。


「でも、人がいない方が楽しくない? あーしもピクニックなんて久しぶりだから、目一杯楽しんじゃうよ~」

「ボクも久しぶりに羽目を外しちゃうよ~」


 シルハとゼノンの二人はニコニコとスキップをしながら山道を登る。


「王女様、疲れてない?」


 王女様というくらいだ。

 きっとこれまではそれはもう大事に育てられたに違いない。


 こんな山道を登るなんてことは全て馬車に任せていたハズだし、もしかしたら城の中を歩くことすらも、セグウェイに乗って楽をしていたかも。

 この世界にセグウェイがあるかは知らないけど……。


 恐らく僕以上のもやしっ子だろうと思い、こうして王女様の体調をちょくちょく心配しているのだが、


「いえ、問題ありませんわ! むしろもうちょっと負荷が必要なくらいです。リュックに重しでも載せてくるんでしたわね」


 何故か王女様はもやしっ子どころか、スクワット運動をしながら僕達に付いて来ていた。


 山を登りながらスクワットする人なんて初めて見たよ!?


 それにまだ負荷が足りないって、どんだけ自分に厳しいんだよ!


 どうやら王女様は、国民には秘密にしているらしいが、筋トレが趣味であるらしい。

 先程休憩時間中に僕達に見せてくれたふくらはぎは、それはもう立派な筋肉をお持ちでいらした。


 なんでもお城の中には、王族専用のウエイトルームがあるらしく、そこで幼少の頃からトレーニングをしていたんだそうだ。


 ロージの王族ってもしかして皆体育会系?


 僕はこの世界の王族は皆マイウエイトルームを持っているものなのかと疑問を抱き、リルリアに直接それを訊ねると、んな訳ないでしょと一蹴されてしまった。

 やはりロージの王族がおかしいだけらしい。


「……なんなら僕をおんぶする? かなり強い負荷がかかると思うよ?」


 そして日頃身体を鍛えていない一般庶民である僕は、この山登りに既に疲れてしまった。

 山頂まで一時間程度の小さな山だと言うのに、僕の軟弱体力では山頂まで持ちそうにない。


「それはナイスアイディアですわね! さぁわたくしの背中に乗ってくださいまし」


 自分が楽をしたいがために出した僕の提案は、なんとナイスアイディアだったらしい。

 リュシャンはリュックを自分の胸側に背負い直し、空いた背中を僕に向けてくる。

 そして疲れて足がへろへろになっていた僕は、何のためらいもなくそこに体を預けた。


「よいしょっ」


 リュシャンが立ち上がると、僕の視界もいつも以上に高くなる。

 秋という事もあり、紅葉が視界いっぱいに広がる絶景だ。


「アンタ、それでいい訳……?」


 王女様であるリュシャンにおんぶしてもらって移動する僕を見て、リルリアが頬を引きつらせながら僕に視線を向けてくる。


 まぁ、少し恥ずかしいが、楽なのは間違いない。

 僕はこれくらいの恥ならなんの問題も無く受け入れることが出来る。


「うおおお! わたくしの筋肉が悲鳴を上げているのが分かりますわぁーッ!!」


 そして僕をおんぶした事で何故かテンションの上がってしまったリュシャンは突然走り出した。


「うおおお、ちょちょちょ。ストップ! ストップ! 走るのはやめてぇー!」


 おんぶされている状態で走られると、死ぬほど怖い。

 いつもよりも地面との距離が遠く、走る事で生じる揺れも震度5くらいある。


「風! わたくしは風になってますわぁ!」


 ヤバい、この子、人の話を聞いてくれない!


 僕はなんとか気付いてもらおうと頭をペシペシ叩くも、まるで効果が無かった。

 壊れたおもちゃみたいにひたすら走り続けるリュシャンと、それにおんぶされている僕。

 そしてそれをダッシュで追いかけるリルリア。


 この光景だけを見ると、まるでピクニックにやって来たようには思えない。


 結局、リュシャンはそのまま僕の制止の声に気付くことなく、僕をおんぶしたまま山頂まで走り抜けたのだった。


「はぁ~全く。自業自得よ」



~~~~~~



 山頂から眺める景色は最高だった。


 赤色。茶色。橙色。

 山の木々は美しく彩られ、まさに絵画のような景色がそこには広がっている。


「この卵焼きうっま! ちょっとゼノン! アンタ料理上手いじゃん!」

「まぁね! 伊達に何でもできる賢者と呼ばれていないよ!」

「確かにこのお弁当はどれも美味しいわね。お店出せるんじゃないかしら?」


 僕達はゼノンが作ってくれたお弁当を、レジャーシートを広げ味わう。

 するとそのどれもが絶品で、僕達の舌を唸らせた。


「本当に美味しいですわね。お城の料理長ともいい勝負をするかも知れません」


 生まれてからずっと美味しいものを味わい続けていたであろうリュシャンからも高評価だ。


「流石はゼノンだね。君に任せておけば万事上手くいく」

「も、もう! そんなに褒められても百万くらいしか出ないよ……?」


 百万も出るの!?

 褒めただけでそんな大金をくれるなんて十分すぎる!


「わたくし、紅葉ってすごく好きなんです。鮮やかな葉が風に吹かれて散るさまなんて、世界のどんな美景にも劣らない最高の景色だと思いますわ」


 リュシャンはそう呟き、この絶景にうっとりとしていた。


「そうなんだ! じゃあ僕がもっと良いものを見せてあげるよ!」


 ここにはリュシャンと仲良くなるために来たのだ。

 僕もリュシャンのために一肌脱ごうじゃないか。


「もっと良いもの……? ――い、いけません英雄様! こんな真っ昼間まっぴるまから全裸になるなんて!」

「いや全裸になるなんて僕一言も言ってないよ!?」


 僕が全裸になる事の何が良いものなのか。

 ご飯を食べている時にそんな汚らしいもの見せる訳ないだろ?


「アタシもてっきり全裸になるかと思ってたわ」

「あーしもだ……」

「ボクも……」


 皆どれだけ僕の全裸に期待してるの!?

 嫌だよ、人がいないからって山の山頂で全裸になるのは!


「全く、一瞬だからちゃんと見ててね?」


 僕は気を取り直し、集中する。


 目を閉じ、視覚からの情報をシャットダウン。


 そして叫ぶ。


「止まれッ!」


 ピタッ


 その瞬間、僕から半径十メートルの範囲内にある木々と舞い散る紅葉が動きを止めた。

 その光景はあたかも写真の中に這い込んだようで、とても幻想的だ。


「き、綺麗~!」


 良かった。

 どうやらリュシャンはこの光景を気に入ってくれたらしい。

 何度も綺麗と呟きながら、この風景を目に焼き付けるように見入っていた。


 リュシャンだけでない。

 リルリアもシルハもゼノンも。


 皆この人知を超えた絶景に感嘆の声を上げる。


 だが奇跡の時間は長く続かない。


 僕の体内魔力は極めて少ないからね。


 時魔法の効力はほんの十秒ほどで切れ、すぐにいつも通りの光景に戻った。


「はぁはぁはぁ。つ、疲れた」

「お疲れ様」


 リルリアが魔力を使い切り、汗だくになった僕にタオルを渡してくれる。


「時魔法をこんな風に使うのはあー君くらいなんじゃない?」


 シルハは僕に冷たい水を手渡す。


「でも、皆に喜んでもらえて良かったよ」


 そんな僕の言葉に、優しい笑顔を向けてくるリルリアとシルハ。


 が、ゼノンとリュシャンは何やら眉を顰めている。

 あれ? 僕またなんかやっちゃいました?


 暫く様子を伺っているとゼノンがようやく口を開いた。


「え、英雄様は……時の魔法使い様でもあったのですか!?」


 あぁそこに引っ掛かってたのね。


 まぁこれから仲良く暮らしていこうという時に、秘密を持ったままでいるのもどうかなと思ったんだよ。

 だからここで時魔法を使ったのは、皆に最高の景色を見せようと思ったのもあるが、時魔法の存在を王女様に教えようとしたのもあるのだ。


「だ、だだだダーリンって、時魔法が使えるの!?」


 するとリュシャンと同じようにゼノンも小さな目をかっぴらいて、驚きの表情を作る。


 ……そう言えばゼノンに言うの忘れてたな。


 うちに来てからゼノンも結構経つが、そういえば言っていなかった。


 まぁ当初は信用できないからと秘密にしていたのだが、今ではもうそんな心配はしていない。


 ここにいる四人の女の子は、実質この世界における僕の唯一の家族だ。

 だからこの四人になら僕はどんな秘密を打ち明けても構わないし、この四人のためなら多少はニートらしくない事をしてあげても良いとまで僕は思っている。


「ちょっと、ダーリン!? 絶対ボクにその秘密打ち明けるの忘れてたでしょ!?」

「まぁまぁ。アオにも色々あんのよ、タイミングってやつが」

「そうだよ~? まぁあーしはとっくの昔に知ってたけどね」

「あわわわわ。と、とんでもない人物の元にやって来てしまいましたわ」


 僕は賑やかに騒いでいる四人の顔を眺め、そして思う。

 異世界も案外悪くないな、と。


 突然死んで、異世界に飛ばされた時はどうしたもんかと思っていたが、案外こっちの世界も楽しいじゃないか。


 これからも、僕達は事件に巻き込まれたり、色々な所に旅したりするだろう。

 でも僕は、この四人とならきっと楽しくやれる。


 そう確信している。


 そして未だいくつもの障害はあるが、いつの日か、必ずなってやるのだ。

 夢のニートに! 


 さぁ!


 僕達のニート生活はこれからだ!




                  完


~~~~~~~~~~~

伏線とか投げっぱなしですが、一応完結です。

本来ならばあと二十万字くらい続ける予定だったのですが、私の力不足でこれ以上続けても途中でエタるのが目に見えたのでキリの良い所で終わらせることにしました。


一言で言えば、異世界チーレムモノを書くのが思いの外難しかったのです。


後でそのことについて近況ノートに色々書こうと思ってます。


そしてここまでこの作品を読んでくれた方には本当に感謝しています。

ありがとうございました。


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勇者として召喚されたけどニートになる~防御チートを貰いましたが攻撃性能皆無でまるで役に立ちません~ 蒼守 @apmwmdj

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