第32話 褒美
一週間後
「嫌だ。僕は王城になんて行きたくない!」
「今更何言ってるのよ。ほら、行くわよ」
僕達があの特殊個体の猫を倒してから一週間が経った。
歴史にも類を見ないほど数多くの魔物が国を襲って来たこの事件は、結局死者の数が千を超えたと言う。
国も全力を挙げて事態の収束に動いたが、結局この襲撃事件が片付いたのは一昨日の事。
少しでも戦える人達は全員前線に投入され、凡そ五日間、ずっと魔物達と戦い続けていたらしい。
まぁ僕らは勿論、その間も家にいてごろごろしてたんだけどさ。
そしてようやく国中が落ち着きを見せ始めた今日、王城から登城命令が僕達のパーティーに下った。
なんでも、敵の首魁を見事撃破した僕らに褒美を取らせるんだそうだ。
褒美なら現金を送ってくれればそれで良いよ。
僕は家までわざわざ僕達を迎えにやって来た騎士にそう言った。
が、事件終息の功労者を賞さないと死んでいった者たちに顔向けできないと騎士達に涙ながらに言われ、仕方なく僕は王城行きの馬車に乗ったのだ。
「僕は王城に良い思い出が無い! どうせまたなんやかんやあって牢屋に連れて行かれるんだ!」
「なんやかんやって何よ! なんやかんやって!」
しかし僕はいざ王城に足を踏み入れるという段階で、いきなり怖くなってしまったのだ。
王城ということは、王様やそれに近しい偉い人が多く詰めている場所である。
そんな所に僕が足を踏み入れたらどうなるか。
どうせ、僕がいつも通りなにか失言をして処刑を言い渡されるのだ。そしてどうやっても殺せない事が分かると、仕方なしに牢屋送りにされるのだ。そうに決まっている。
こんな裁判も人権も存在しない異世界で、自分よりも上位の権力者になんて僕は会いたくない!
「でもダーリンが余計な事言って陛下を怒らせるのは容易に想像できるよね」
「あー君もあーしみたいに一切口を聞かないようにすれば?」
「アオはリーダーとしてアタシ達の矢面に立つんだからそれは無理じゃないかしら」
ほら、賢者であるゼノンまでこう言ってる。
「もう! いい加減にしなさいよ。テキトーにはいはい頷いていれば褒賞なんてすぐ終わるわよ!」
「でも冷静に考えてみて、リルリア。もし敵の首魁を倒した後、どこで何をしていたか聞かれたらどうなると思う?」
「どこで何をって……家でエッチな事とかしてただけじゃ――」
「ほら、それだよ! 皆が死ぬ気で魔物と戦っていた時に、家でエッチな事をしていた事実がもしバレたら僕達殺されちゃうよ!?」
「「「!?」」」
もしかしたら、僕らを褒賞のために呼び出したと言うのは真っ赤な嘘で、僕らがただれ切った日々を送っていたことを糾弾するつもりなのかもしれない。
僕は決してそうは思わないが、世の中には力のある者にはそれ相応の責任が付き纏うと考えている勘違い野郎も中にはいるのだ。
可能性がゼロとは言い難い。
「確かにその可能性はあるね。ボクもあの弱っちい特殊個体を倒しただけで、王城にまで呼び出しを受けるのはなんか変だなと思ってたんだ」
「え、ゼノンも? 実はあーしも。だってドラゴンを撃退しても特に何にも言われなかったのに、あの雑魚を倒しただけで褒められるなんておかしいなって思ってたんだよね」
どうやら僕以外にもこの呼び出しは怪しいと考えていた人はいたらしい。
シルハとゼノンも、王城を苦々しい表情で見つめる。
「え? え? もしかして本当にそうなの? アタシだけ違和感に気付いていなかったの?」
「リルリア、逃げる事もまた勇気だ。前に進むだけが人生じゃない。たまには後退して一息入れるのも大切だよ?」
僕はそう言ってリルリアの肩を抱く。
そしてそのまま王城の反対方向へ向かって歩き出した。
「ちょちょちょちょ、ちょっと待ちなさいアナタ方! なに褒賞を辞退しようとしてますの!? 登城命令を拒否したら、最悪死罪ですわよ!?」
すると僕達の様子を見守っていたらしい、お嬢様っぽい女の子が僕達に叫ぶ。
え? 登城拒否したら死罪?
それは聞いていないよ!?
「なにをポカーンとしてますの!? 当然でしょう!? それにアナタ方を褒め称える為に城は準備しているのです! そ、それを……エッチな、事をしてたからって殺されるわけが無いでしょう!? もう少し頭を使って考えなさい!」
なんだ。
僕達の思い過ごしだったのか。
この謎お嬢様の言葉を全面的に信用したわけでは無いが、普通に考えたら登城を拒否して死罪になるよりは城に向かった方が死ぬ可能性は低いだろう。
僕達はそう考え、渋々王城の中へと入って行った。
~~~~~~
「冒険者アオ。そしてその仲間達よ。此度はよくぞ敵の首魁を打ち破った。褒美を取らせよう! が、果たして何がいいか……」
そう言って王様は悩み出す。
いや人を呼んておいて、褒美を考えてなかったの!?
まぁこれが演技で、実際は褒美も決まってるとかそういう可能性も大いにありうるけどさ。
にしても褒美か。
どうせならお金が欲しいよね。
僕はニートになるのを未だ諦めていない。
もしここで一生遊んで暮らせるような大金を褒美として貰えたなら、すぐに冒険者を引退してニートになるつもりだ。
そんな事を考えていたら、部下と褒美の内容について相談し合っていた王様も腹を決めたのか。
僕達の顔を見回し、ゆっくりと口を開いた。
「貴様らへの褒美を決めた。ありがたく受け取るがよい。その内容は……」
その内容は……?
「我が娘である第四王女リュシャンだ。器量の良い子だ。大事にしてやってくれ」
「いえ、それは結構で――」
ズドォオン
控えめにいって要らない。
だから失礼にならないよう遠回しに要りませんと言おうとしたら、隣りにいるリルリアに殴られた。
「光栄ですわ陛下。わたくしどもも、是非仲良くさせていただきます」
「うむ。それでは下がってよいぞ」
リルリアの言葉に王様はニッコリとほほ笑む。
くそ、そんな見ず知らずの王女はいらないから、ニート生活をするための資金をくれよ!
そうして僕達の王城デビューは終わった。
~~~~~~
「それでは今後よろしくお願いいたしますわ!」
そう元気よく僕達に挨拶するのは、先程王城に入るか入らないか議論していた僕達を一喝したあの謎お嬢様。
状況から見るに、どうやら彼女が噂の第四王女であったらしい。
城から家に帰って来た僕達を、三つ指ついてお出迎えした彼女を見た僕の顔はきっと死んでいたと思う。
ただでさえ現状の三人の女の子との暮らしにも四苦八苦しているのだ。
これ以上女の子が増えてどうするんだよ!
体力的にも、そして精神的にもこの子は持て余す。
僕はそう確信していた。
そして流石は王族。
そんな僕の絶望の表情を瞬時に読み取ったのだろう。
すぐさま言葉を付け加える。
「わたくしは英雄様の子を産むためにこうしてここにやって来たのです。それ以外について、わたくしの事は構って頂かなくても問題ありませんわ。どうか気楽に考えて下さいまし」
いやそうハッキリと言われると、それはそれでちょっと困るな。
冷静に考えれば、この子も被害者なのだ。
突然僕みたいな訳の分からないニート野郎の元に行かされ、子を産むことを命令される。
今はニコニコしているが、きっと心の内では大号泣している事だろう。
ならば、僕はこの子を気軽に抱いたりする訳にはいかない。
理想を言えばこの子をクーリングオフで即時返却するのが僕にとっても、この王女にとっても最善で皆が幸せになれる案だと思う。
だがそれをするには褒美をくれた側である王様の権力がデカすぎた。
せっかく王様が悩みに悩んで自分の娘をくれたというのに、僕みたいな一般庶民がやっぱ要りませんとか言ったら余裕で殺される。
そうさっきリルリアに聞いた。
だから最善策は泣く泣く諦めるしかない。
次善策は普通にこの子と仲良くなることだが……果たしてどうすれば現役の王女様となんて仲良くなれるのだろう。
小粋な上流階級ジョークなんて僕にはとても言えない。
まぁ、まずは少しでもこの子の緊張を解すのが先決かな。
なにか良い案はないかと考え、そして閃いた。
「そうだ! ピクニックに行こうか!」
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