第31話 瞬殺

 最初に動いたのはシルハだった。

 シルハはいきなり奥義である風魔法付きの拳を猫に向かって繰り出す。


 猫はそれを見て、猫のふり作戦の失敗を悟る。

 すぐさま、起き上がり全力でシルハの拳を回避しようと動いた。


 が、九位の拳を簡単に避けられるはずが無い。

 猫は思いっきりその攻撃を受け、今にも死にそうなくらいの瀕死に陥った。


「よっわ!」

「まぁ【司令塔】は頭脳タイプの特殊個体だからね。戦闘力が無いのも仕方ないよ」


 リルリアがあまりもの猫の弱さに叫ぶ。


 だが弱いに越したことはないじゃないか。

 これで猫を倒せば僕達に任せられた依頼も完了するし、国の危機も去る。


「くっ、人間がぁ。私が何をしたと言うのだ! 私はただ友達のカラスに乗ってただ空を飛び回っていただけだと言うのに!」


 凄いなこの猫。

 まだ自分が大量の魔物達をロージにけしかけた事がバレていないと思ってるのか?


「いやアンタが魔物に命令を下したせいでこんな大惨事になってるんじゃないの。騒動を引き起こした責任を取りなさいよ」

「くっ、そこまでバレていたか」


 そりゃバレるよ!


 ただでさえしゃべる猫なんて異世界でも居ないのに、それが魔物を使役して空まで飛んでいたら誰がどう見ても犯人だ。


「次は……殺す」


 シルハが闘志を漲らせ、拳を構える。


「ちょ、ちょちょちょちょ。ちょっと待った! もしかしてお前達。私を殺したら魔物が元に戻るとでも思ってるんじゃないか? それは大きな勘違いだぞ?」

「勘違い? 過去の【司令塔】の能力は殺したら解除されたけど、君は違うって言いたいの?」

「【司令塔】? あぁ、人間は私の能力をそう呼んでいるのか。ふむ、過去の【司令塔】がどんな奴だったのかは私も知らないが、私の能力はそうじゃない」


 そう言って猫は息も絶え絶えになりながら語り出す。


「私の能力では私がやめろと言うまでその命令の効果が永続的に続く。たとえ私が死んでも、だ。さぁ、人間。国を救いたかったら私の安全を保障しろ。そして魚を一年分寄越せ」


 厄介な能力だな。


 猫の言う事が本当なら、ここで猫を倒しても何の意味も無いという事になる。

 それよりだったら、猫の言葉通りここは見逃してあげて、魔物達への命令を解除してもらった方が得策かもしれない。


 にしても、この猫は魚を一年分も貰って一体どうやって持ち帰ると言うのか。

 どう考えても食べきる前に腐るだろ。


「ちなみに、なんでこの国を襲ったの?」


 僕は今回の騒動を引き起こした動機を猫に訊ねる。


「なんで? そりゃ、人間の国を奪えたらいい暮らしが出来るからだろうが。人間なんて所詮魔物の下位互換だ。力も弱ければ一人で生きていくことも出来ない。だから私が弱肉強食の世界の掟に従い、滅ぼそうとしたのだよ」

「なるほど。よく分かった」


 僕は猫の言葉を反芻して考える。

 この状況からどうすれば被害を最小限に抑えられるか。


 自分や自分のパーティーメンバー以外はぶっちゃけどうでも良いが、どうせなら多くの人間の命が助かった方がなんとなく気持ちがいい。


 だから僕は深く思索し、結論を出した。


「シルハ、やっちゃって」

「おっけーい!」


「なに!? 人間、頭がおかしいのか!? 私を殺せば魔物達が――――」


 僕の指示を受けたシルハは、すぐさま拳を構えそして、



 ズドォォォオオオオン!


 

 全力で猫へと放った。


「……よし」

「良しじゃないわよ、良しじゃ! どうすんのよこれ! 魔物の命令を解除できる奴がいなくなっちゃったじゃないの!!」


 僕の頭をスパーンと気持ちよく殴るリルリア。


 まさかあそこまで言われて、簡単に猫を殺すとは夢にも思わなかったのだろう。

 焦ったように猫のいた場所に出来たクレーターを指差す。


「まぁまぁ、落ち着いてリルリア。だってしょうがないじゃん。なんか自分が話の主導権を握ってますってオーラを出しきてウザかったし」

「そんな理由で猫を殺したの!? あぁもうどうすんのよ! これあと魔物を全滅させないと終わらないわよ!?」


 どうすんのよぉーと言いながら思いっきり頭を抱えるリルリア。


 そうは言っても、あんな人間をカスとしか思っていない危険な思想を持った魔物だったのだ。

 国を襲う命令を解除するとはとても思えないし、もしかしたら態勢を整えて次はもっとえげつない手段で攻撃してきたかもしれない。


 ああいった特殊な能力を持った魔物は見つけたら即殺すに限ると思うのだが……。


「でもボクもこれで良かったと思うよ? あの厄介な能力を持った魔物を見逃す真似をしたら、それこそいずれどこかの国が滅ぼされるかもしれない。それに、あと残っているのは命令通りに動く雑魚ばかりだ。これ以上魔物を増やされる心配も無くなったし、後は時間さえ掛ければどうとでもなる」


「そもそも、あーし達に任された依頼って、特殊個体を撃破する事だったしね。依頼は達成したしもうおうちに帰っちゃおっか」

「お、いいね。シルハ、ナイスアイディア。じゃ僕達はうちに帰ろう。報酬は落ち着いたら貰いに行けばいいさ」


 これだけの大騒動だったのだ。

 いつこの国が再び落ち着きを取り戻すのかまるで想像も付かないが、今報酬を受け取りに行ったら、また別の仕事を任されるのは目に見えている。


 僕は誇りあるニートとしてこれ以上の仕事を請け負う訳にはいかない。

 ニートは一日に活動できる行動ターンが限られている。


 今日は行動ターンを全て仕事に割り振って働いた。

 そのせいで僕の精神的疲労度もMAXだ。

 この感じでは、あと一週間くらい家の外に出られないかもしれない。 


 当座の生活資金も、お金持ちのゼノンに貸してもらおう。


「いつの間にか馬もどっかに行っちゃったし、ゼノン、転移魔法で僕達をマイホームに送ってくれる?」

「ええー? 四人で転移魔法を使うのって凄い疲れちゃうんだよね」


 そうなのか。

 まぁ確かに大いなる力を使うには、それ相応の対価というものが必要と相場が決まっている。


 だけどここから家に歩いて帰ろうとすれば、一体何時間歩き続けなくちゃいけないか想像も付かない。

 是非とも、ゼノンには頑張って転移魔法を使って欲しいのだが……。


「でも、ダーリンがどうしてもって言うなら考えてあげなくもないかな?」

「どうしても、だ」

「そっかー。んじゃダーリン? 今度ボクにダーリンを一日自由にできる権利を頂戴? 大丈夫、きっと悪いようにはしないからさ」


 先程はリルリアを一日自由にできる権利を貰った僕だが、今度は逆に自分を一日自由にできる権利を渡さなきゃいけないらしい。


 嫌だなぁ。

 ゼノンの自由って、絶対碌でも無い事だもん。


 一日中血液を抜かれ続けたり、頭に電極を差されたりととんでもない実験をされそうだ。


「……人体実験しない?」

「しないよ! ボクを何だと思ってるの!?」


 まぁ人体実験をしないなら、その提案を呑んでも構わないかな?


「分かった。いいよ」

「やった! これでボクが三人の中で一歩リードできる!!」


 いつも冷静沈着なゼノンが珍しくガッツポーズ。

 するとシルハが僕に苦言を呈する。


「あー君、ゼノンばっか贔屓してズルい! あーしにも! あーしにもあー君を好き放題出来る権利頂戴? 【司令塔】を殺したご褒美に!」

「シルハなら勿論良いよ」

「やりぃ!」


 シルハならば僕を人体実験したりしないだろうし、過激な要求もしないだろう。


「酷いダーリン! ボクの時と対応が違いすぎる!」


 それは……信頼度の差かな?


「はぁ!? ちょっと、アタシは? アタシにはないの!?」

「リルリアは、もう好き放題する権利を僕が貰ってるし」

「ええー? ……うーん、ならしょうがない、か。……期待、してるんだからね?」


 一体頭の中で何を期待してるんだろうかこのエロ王女は。

 僕は取り敢えず話がまとまったのを確認したので、ゼノンに転移魔法の行使をお願いした。


「オッケー。それじゃ、いくよぉ」


 シュン



~~~~~~



 そうして、僕達はロージを襲った前代未聞の魔物の大襲撃を特に解決に導くこともなく、普通に家に帰還した。


 まだ国境付近では冒険者や衛兵達が頑張って魔物を討伐してくれている。

 冒険者として、又はロージに住む国民としてはそれに参加するべきなのかもしれない。


 しかしそれは僕達の仕事ではない。

 僕達は冒険者協会から任せられた、特殊個体の討伐という大仕事をやり遂げたのだ。

 だからきっと、こうしておうちでごろごろ、ダラダラしていても誰も文句は言わないだろう。


 僕達は少しでも被害者が少なく済みますようにと心の内に願いながら、ゼノンのお金で買った高級お肉での焼肉を楽しんだ。


 皆が精一杯死ぬ気で働いている時に食べるお肉は、


 とても美味しかった。

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