第30話 特殊個体を探せ

「よし、逃げよう!」


 そう僕が皆に聞こえるよう大声で言うと、隣りの馬に乗ったリルリアが即座に文句を言う。


「嘘でしょ!? ここまで来ておいてあの人達を見捨てるの!?」


 いやそんなこと言われても困る。

 十万とは聞いていたが、まさか実際に見るとここまで恐ろしいものだとは思わなかったのだ。


 戦いの様子を観察すると、倒しても倒しても続々と次の魔物がやって来て休む間もない。

 死を恐れていないのか、腕をもがれても足に剣が突き刺さっても尚も向かってくる魔物達のその姿はまさしく悪夢そのもの。


 相対している人間側も、かなりやりにくそうにしていた。

 あんなのと僕は戦いたくない。


「まぁ逃げるのも一つの手だよね。ここで命を張って戦う義理は無い訳だし」  

「ふむ、逃げるならボクが転移魔法で皆を隣国に飛ばしてあげるよ?」


 どうやらシルハとゼノンは僕の味方のようだ。

 逃げるなら逃げるで良いよと言外に言ってくれる。


「ちょっと! アンタ達、それでも勇者とその仲間なの? 国の大ピンチを救ってこそ勇者でしょ?」

「いや、だから何度も言うようだけど僕勇者じゃないし」


 確かに勇者であればこういった場面で人々を華麗に救ってみせるのだろうけど、残念ながら僕は一般庶民なのだ。

 数十万の他人の命よりも、たった一つだけの自分の命の方がその価値は重い。


「ゼノンの転移魔法で魔物をどっかの山奥に捨てるとか出来ないの?」

「無理だね。転移魔法はただでさえ魔力消費が激しいんだ。ボクの魔力じゃ精々飛ばせて十匹だ」


 こんな凶暴な魔物が突然転移してきたら、山の所有者もびっくりしちゃうだろう。

 その案は流石に却下だ。 


 僕達が逃走という選択に案外乗り気なのを見たリルリアは、


「えぇ……。アタシ以外皆乗り気じゃ無いの……?」


 と不満げな顔で僕達を見る。


 逆に何故リルリアはそこまで見ず知らずの他人を救いたがっているのか。

 こんな博愛精神に溢れる人間だっけ、君。


「アオ~。ねぇ? 頑張りましょ? 次回のアタシの給料減額して良いから」


 む、それは魅力的な提案だな。

 だがそれだけで命懸けの戦いには挑みたくない。


 僕はチートがあるから怖い思いをするのを我慢していればそれで済むが、他の皆は死ぬリスクを背負う事になるのだ。

 ここで安易に頷いて誰かが死んでしまったら僕はきっと後悔するだろう。


「分かった。全額。給料全額カットで良いから。ほら、戦いましょーよー?」


 全額かぁ。

 それなら戦っても……いやいや考え直せ僕。


 これはお金の問題じゃないぞ。

 お金なんて命あってのものだ。

 命>お金の等式は成り立つが、その逆は絶対にあり得ない。


 そもそも、僕達の本来の役目は特殊個体の撃破だったが、探してもそう簡単に特殊個体なんて見つけられるのだろうか。


 特殊個体はかなり頭が良いみたいだし、自分の居場所が見付からないよう最大限注意しているのでは……?


 いくらやる気になろうとも国が亡ぶ前に特殊個体を撃破するというのはかなり難しい気がする。


 やはりどう考えてもこれは負け戦。

 逃げるのが最善の選択だ。


「あぁ、もう分かった。分かったわよ。それじゃあ最後の提案よ。アオ! 戦う決意をしてくれたら、一日だけ……そう一日だけ、アタシを自由にする権利をあげるわッ!」

「よし皆! 戦う準備を! 僕達の力でロージを救おう!」


 僕はリルリアの言葉を聞き、即座に決意を固めた。

 人々が困っているのだ。

 勇者ではないが、勇者召喚で呼び出された一般人として、見過ごす事は出来ない。


 そんな僕の変わり身の早さに、シルハとゼノンだけでなく、リルリアまでもがちょっと引いていた。


 いや仕方ないじゃん!

 そこまで言われたら、僕も頑張ろうって気になるよ!

 お金>命の等式は成り立たないが、エロ>命の等式は成り立つのだ。


 そうして僕達はこの戦いに参入することになった。 



~~~~~~



 カンッ カンッ  カンカンッ


 おびただしい程の量の魔物が僕に向かって攻撃を仕掛ける。


 その全てがチートにより無力化されているが、想像を絶するほどの恐怖だ。

 ヤバい、この作戦は僕の弱心臓を考慮していなかった。


「死ねッ! 死ねッ! 死ねぇいッ!!」


 僕から遠く離れた所で、シルハとゼノンに守られているリルリアが、黒の魔法を全力で僕の周辺に行使。


 この作戦の肝は、僕が最大限魔物を引き寄せ、そこをリルリアが美味しく頂くことにある。 


 僕はリルリアの持っていた魔石が嵌め込まれた指輪を装着し、魔物達の中に一人飛び込んでいく。

 魔石はある程度距離が離れていても魔物を引き寄せる効果がある。


 なので僕という餌にかかった魔物がわんさかと僕周辺に集い、それをリルリアが黒の魔法でことごとく虐殺していくという話だったのだが……。


「もう、本当にキリが無いわね!」

「やっぱり掃討戦よりも、相手の頭を潰しに行く方が手っ取り早いよ」

「でも【司令塔】の居場所がまるっきり想像つかないじゃん。一体どうするわけ?」


 僕以外の三人がこの状況をどうにかしようと話し合う。

 確かに僕達が前線に参戦したことで、多少は他の冒険者達の助けにはなった。


 だが前線はここだけではないのだ。

 既にロージの国境線全てが最前線。


 ここだけ魔物を押し返せても、他が破られれば国は亡びる。


「ゼノンは賢者でしょ? なにか思い付かないの?」

「うーん、今回の【司令塔】が過去に出現した【司令塔】と同じ能力だとすれば、ある程度は絞れる。【司令塔】は魔物に命令を下すことは出来るけど、その五感を共有したりは出来ないんだ。だからこの戦況をどこか見晴らしのいい場所で眺めている可能性は非常に高い」

「見晴らしのいい場所? うーん、そんな場所あるかな? 高い建物もそんなに無いし……」


 僕は魔物達の攻撃を受けながら考える。

 見晴らしが良い場所か……。


「空にいる可能性ってないかしら?」


 魔物に命令を出せるのなら、空を飛べる魔物を使って空から戦況を見ているかもしれない。


「空か……。うん、その可能性は高いかもね。いくら特殊個体の魔物でも、遠く離れた魔物にまで命令を出せるとは思えない。空からならばその条件もクリア出来る」


 ゼノンのその言葉を聞き、僕達は空を見上げる。

 勿論、僕は魔物の攻撃を受けながらだ。


 てか、リルリア。

 さっきから攻撃の手が止まってるんだけど、早くこいつらやっつけてくれない?

 絶対、僕を囮にして敵を倒すっていう作戦の事忘れてるでしょ。


「リル、あー君が捨てられた子犬みたいな顔でこっち見てるよ」

「え? ――あっ、忘れてたわ」


 やっぱ忘れてたのかよ!

 これで僕がチート持ちでなければ、少なくとも十回は死んでいた所だ。


「死ねッ!」


 リルリアの黒の魔法が放たれ、僕の周辺にいた魔物は一斉に虐殺される。

 うぅ、もうこんな役割はこりごりだよ。


 僕は指に嵌めていた魔石の指輪を、リルリア達とは反対方向に投げる。

 すると魔物達は、イヌが投げたボールを取りに行くかの如く、一斉に指輪に向かって全力疾走で向かって行く。


 その隙を見て、僕はリルリア達と合流を果たした。


「ちょっとアオ、アンタ臭いわよ……?」

「うっぷ。ぼ、ボク吐きそう」

「あー君。ちょっと近寄らないで欲しい」

「酷い! 僕は囮役を頑張ったのに!」


 パーティーリーダーになんて言い草だ。

 確かに僕の服や顔には、魔物の体液やら臓器の破片やらが飛び散って染みになってしまっているが、それは仕方のない事だろう。

 戦場で臭いとか汚いだなんて言ってられない。


 ちなみに僕は、あまりにも長時間魔物の傍にいたせいで鼻がバカになってしまっている。

 今もまるで匂いの良し悪しの判別が付かない。


「ちょっとボク上空に転移して、【司令塔】がいないか探してくるね? け、決してダーリンの近くに居たくないとかそういうわけでは無いんだからね!?」


 そうツンデレ(?)みたいな言葉を残して、ゼノンは空へと転移していった。


 ……そんなに今の僕臭いの?


「アオ、アンタ服脱いだら?」

「臭いから全裸になれってか!?」

「大丈夫だよ、あー君。ここは戦場だから誰も見てないよ」

「そういう問題じゃないよね!?」


 しかしこの二人がここまで言うのならやはり匂いはかなりのモノなのだろう。


 仕方が無い。

 僕は服を脱ぎ、上半身だけ裸になる。


 すると脱ぎ捨てた服をリルリアがすぐさま黒魔法で木っ端微塵にした。


「ふぅ、これで大分マシになったわね」

「あ、あー君。以外に筋肉質なんだね……!」


 シルハは僕の裸を見ないように手で顔を覆い尽くす。

 が、その指の隙間からバッチリ視界が通っていて、僕の裸をガン見していた。

 ……さてはシルハ、君意外とむっつりさんだな?


 シュン


 するとゼノンが転移魔法で僕達の元へ帰って来た。


「いた! いたよ! 多分あれが【司令塔】だ! 今上空で凍らせたからそろそろ落ちてくるはず!」


 その言葉を受け、咄嗟に戦闘態勢に入る僕達。

 まさか本当に空にいたなんて!


 暫く待っていると、空から凍った魔物が降って来た。

 カラスのような魔物と、それに乗った猫(?)だ。


 ドサッ


 カラスの魔物は、地面に落ちた衝撃で死亡。

 だがその上に乗っている猫の魔物はまだ無事らしい。


 恐らくはこいつがこの騒動の犯人!

 僕達は油断しないよう、最大限警戒を強め、猫からは一時たりとも視線を外さない。


「い、痛てててて。何だってんだいきなり。くそ、いきなり魔法なんてぶち込みやがって。これで国を滅ぼす作戦が失敗に終わったらどうしてくれ――」


 猫は猫とは思えないような人間臭い動きで頭をさすり、突然魔法を放ったゼノンに恨み節を吐く。


 二本の足で歩き回りながら、周囲の状況をキョロキョロと確認。

 そして僕達の存在にようやく気が付いた。


 さて、ここからこの猫はどう動くのか。

 猫はゆっくりと僕達の顔を見回し、突然地面にうつ伏せになる。


 そして言った。


「にゃ、にゃおーん」


 いやもう誤魔化せないよ!?

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