第29話 戦場へ
冒険者協会の建物に入ると、そこはまるで戦場かのような苛烈さで怒号が飛び交っていた。
「C地区が抜けられたぞ!」「医者! 医者はいないのか! 回復魔法の使い手でもいい!」「タンカの準備だ。足が吹っ飛ばされててまともに歩けねぇ」「数が多いってもんじゃねぇぞ! この町を捨てて逃げるべきだ!」「支部長はどこに行ったんだ!」「支部長なら最前線で戦っている!」
午前中に来た時とは比べ物にならないような状況に僕達は戸惑わずにはいられない。
いつもなら楽しそうに騒いでいるロビーでは、数えきれないほど多くのケガ人が横たわっている。
何人もの白衣を着た医者がせわしなくケガ人を診ているが、まるっきり手が足りていない様子だ。
顔の部分に白い布を被せられている人もいた。
どうやら死人まで出ているらしい。
一体何が起きたのだろう。
僕達は嫌な予感を覚えながらも、受付へと急ぐ。
「C地区は防衛網を突破されました! なので手の空いている方は至急住民の避難を手伝ってください。それとA地区は――あっ! 九位様!」
僕達が受付へと近付くと、忙しそうに指示を飛ばしていた受付嬢が僕達に……ていうかシルハに気付いた。
「思ったよりも早かったですね! ご自宅に送った伝令から事情は聞きましたか?」
「伝令……? いや、あーしそんなの知らないけど」
「もしかしたら入れ違いになったのかもね」
ゼノンの言う通りかも。
僕達は誰に言われたでもなく、ただ生活費のためにここに来ただけなのだ。
しかしうちに伝令まで送ったとは、余程大変な事態が起きているようだな。
「あ、あなたは賢者様! 何故九位様とご一緒に!?」
「色々あってボクもこのパーティーに入ることになったんだ。よろしくね?」
「流石は九位様のパーティーです。まさか賢者様もその仲間になるとは……! なんとも心強い! 詳しい事情を説明いたしますので、場所を変えましょう」
そう言って受付嬢は僕達を小さな個室に連れ出した。
~~~~~~
「それで? 一体この騒ぎは何なのよ? まるで戦争でも仕掛けられたみたいな慌てようだったけど」
一番に口を開いたのはリルリアだ。
あまりにもいつもと違う協会内の雰囲気に、戦争という最悪の事態すら思い浮かぶ。
「もしかしたら戦争……よりも
戦争よりも?
そんな最悪の事態、僕には想像も付かないな。
「魔物が、攻めて来たんです」
「へぇ。――……え、そんだけ?」
シルハが驚いたように目を丸くする。
魔物が人間を襲うなんて、この世界では魚が海を泳ぐ事と同じくらい当然の話だ。
今更魔物が襲って来たからってこんな騒ぎにはならないと思うんだけど。
「当然、いつもみたいに魔物が数十匹襲って来たとかそういうレベルの話ではありません。魔物が、推定で十万は襲ってきているのです!」
「十万ッ!? ちょっとそれ本当なの!? そんな数の魔物なんて一体どこに潜んでいたのよ!」
ロージの国境周辺にいる魔物を全て掻き集めても、その数に至るか微妙な所だろう。
日頃、冒険者がお金を稼ぐために、魔物を狩りまくっているから大した数はいないハズなのだ。
そんな大量の魔物が何故この国を急に襲う……?
「……もしかして、特殊個体でも出た?」
すると受付嬢の話を聞き、一人思索に耽っていたゼノンがポツリと言う。
「流石ですね賢者様。冒険者協会でもそのように考えています。組織だった行動をとらないハズの魔物達がお昼頃、突如まるで軍隊かのように一斉に国境付近へ攻撃を仕掛け始めました。これまでに挙がってきた情報から、冒険者協会の上層部は過去に出現した【司令塔】のような特殊個体が再び出現したのではと推測しています」
「なるほど。よりによって頭脳タイプの特殊個体か……。それも【司令塔】の再来だなんて最悪だ。ロージ周辺は魔物も比較的多いし、不運が重なりまくっているね」
ゼノンが不運と言った所で僕はちらっとリルリアに視線を向ける。
まさか君の運の悪さが国にまで伝播したんじゃないだろうね……?
そんな僕の視線を受けたリルリアは、僕の言いたいことがすぐに分かったのか。
ブンブンと全力で首を横に振る。
ホントかなぁ?
ちょっぴり怪しい気もするが、まぁ普通に考えたら運が悪いだけでここまでの事態にはならないよね。
「一匹一匹は対した脅威ではありませんが、これほどの数が一気に攻めてくるとなると流石に……。冒険者協会と国の衛兵、騎士達も総動員でなんとか国を守ろうと頑張っているのですが、ハッキリ言ってお手上げ状態なのです」
受付嬢はそう言って、一枚の紙を取り出した。
依頼表だ。
どうやらそれは僕達へ向けた指名依頼であるらしい。
「そこで! 現在この国最強のパーティーであるあなた方に依頼を出します! どうかその特殊個体を見つけ出し、撃破してください! そしてこの国を救って欲しいのです!!」
机に頭を
僕ら冒険者に対し、冒険者協会は何ら強制力のある命令権を持っていない。
だからこうして頭を下げて頼み込む他打つ手が無いのだろう。
リルリア、シルハ、ゼノンがそれを受け、僕の方へ顔を向けてくる。
パーティーリーダーである僕の意思に従うといった表情だ。
冷静に考えなければいけない。
僕の決断が、皆の命を握っている。
もしかしたらこの国に住む人の運命まで僕が握ってしまっているかもしれない。
僕は目を閉じて深く思考する。
そして充分に考えた末、結論を出した。
「一度家の方に持ち帰って、パーティー全員で検討した上で結論を出させて頂きます。本日はありがとうございました」
~~~~~~
「うぅ、なんで依頼受けちゃうんだよ~。僕に任せるって顔を皆してたじゃないか!」
「あんなどっちつかずの結論を出すと思わなかったのよ!」
「うん。あー君が逃げるって言ったらあーしも逃げようと思ってたけど、まさかこの土壇場で結論を先延ばしするとは……」
「意外にダーリンって優柔不断なんだね。まぁボク達の身を案じてのことだろうとは思うけどさ」
僕の必死に繰り出した結論は、パーティーメンバーから非難轟々であった。
仕方ないじゃん。
一般庶民の僕があんな重要そうな決断を数分で下せると思う!?
人の命が懸かってるんだよ!?
日本人ならそういった場面では死ぬほど無駄に会議を重ね、責任を水みたいに薄めてから結論を下すのが常だ。
だからさっきのアレは決して優柔不断なんかじゃなく、日本人として誇りある結論の先延ばしと言えるだろう。
しかし日本人ではない僕のパーティーメンバーは、僕の熱い大和魂を素直に受け取ってくれないみたい。
勝手に依頼を引き受け、僕を引き摺るように外へと連れ出してしまった。
……どう考えてもリーダーの扱いじゃない。
協会が用意した馬に乗って僕達は駆ける。
既に街からは遠く離れ、もう少しで戦場である国境付近へと到着してしまいそうだ。
うぅ、なんでニート志望の僕が、戦場に立たなきゃいけないんだよぉ。
僕は馬を操ってくれているシルハへの抱き着きを強める。
今の僕の精神安定剤はこのシルハの背中の温かみを感じる事だけだ。
「ちょっ、そんなに強く抱き着かれると……あーしも恥ずいんだけど」
そしてシルハはこんなにも緊迫した状況だと言うのに、いつも通り赤面して乙女していた。
「ちょっとアオ! アンタ抱き着き過ぎよ!! もう少し離れなさい!」
横を同じく馬で駆けるゼノン・リルリア組。
リルリアが何か叫んでいるが今は無視しよう。
ちょっとでも離れて僕が落馬したらどうしてくれるんだ。
僕はシルハに合法的に抱き着けるこのシチュエーションを逃すわけにはいかない。
そうして少し騒いで元気になって来た所で、ようやく前線が見えて来た。
「なに……あれ……」
そこに見えたのは、冒険者や衛兵、騎士の姿。
そして――――
魔物魔物魔物魔物魔物魔物魔物魔物魔物魔物魔物魔物魔物魔物魔物魔物魔物魔物魔物魔物魔物魔物魔物魔物魔物魔物魔物魔物魔物魔物魔物魔物魔物魔物魔物魔物魔物魔物魔物魔物魔物魔物魔物魔物魔物魔物魔物魔物魔物魔物魔物魔物魔物。
遠くから見れば地平線まで伸びている黒いナニカ。
だが目を凝らしよく見てみると、それは一体一体が自由意思を持った魔物の軍勢である事が確認できる。
ゴブリン、コボルト、オーク、トロール、オーク、ハーピー、ガーゴイル、ゴーレム。
大きさも、種族も、強さも。
あまりにもバラバラなそれらは、何故か一致団結といった様相でロージの街中へと向かっていた。
これが【司令塔】という特殊個体の魔物の力なのか――?
僕はあまりにも現実離れした魔物だらけの光景を見て皆に告げた。
「よし、逃げよう!」
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