2-2
再度猫の特徴を少女から教えてもらい、良く知りもしない街の中を、まるで私自身が迷子かのようにキョロキョロと見渡して歩いた。
少女は小さい。けれどその小ささのどこに隠されてるのかと疑う程に大きな声を持っていた。少女は必死だった。いなくなってしまった大切な家族を血眼になって探している。少女のその姿は自分のようで放っていられなかったのかもしれない。彼が死んでしまってから私はずっと内側に籠っていたけれど、きっと私にも何かは秘められている。例えばそれは栗を探せる力とか。今は彼ではない、栗を探すのだ。
比較的大きめの駅前で私たちは情報収集をしていた。積極的に通行人に話を聞いたが、私は全て空振りに終わっていた。話すことさえ許されないこともあった。全員が立ち止まって聞いてくれるなど思っていなくても実際に断られると次の一歩を少し重たくした。
いくら声をかけても、いくら街中を見渡しても栗の手がかりも面影もない。それはまるで彼のようだった。栗はもういないのではないか。彼と同じところで笑い合っているのではないか。彼が真っ白い空間の中で猫じゃらしを手にして栗とじゃれ合っている。
瞬きをした瞬間それは空気に溶けていった。
視界に入る街の風景はさっきまで見ていたはずのそれとは違った。周囲に少女とその母親の姿は見当たらない。無我夢中になっていたのだろう。あったはずの駅も消えてまるで別世界へ放り出されたかのようで、焦る。彼女らからはぐれた私はそれでも尚栗を探し続けた。それしか今できることはないのだ。しなければならないと思った。
太陽が西の山に沈んで夜が世界を飲み込む。彼女らは私を探しているだろうか。それとも逃げたと思われただろうか。後者ならばいいと思った。探すのは栗だけでいいのだ。
肌寒い夜だった。最近は部屋に閉じこもっていたから夜がこんなにも寒かったことを忘れていたように思う。冬はもうすぐそこなのだろうか。薄いコートでは防寒にはならなかった。そういえば、彼は冬が好きだった気がする。急に彼が近くに感じる。嬉しいようで、でもやっぱり胸は痛い。
吐く息は白い。
完全な夜が始まった頃、私はタクシーを見つけて乗り込んだ。寒さで耐えられなくなったからだ。幸いにも探し始めたあの駅名を覚えており、最初の場所に戻ることができた。駅は明るかった。人も歩いていた。みな、自分のいるべき場所へ帰るのだ。栗を探すのはまた明日にしよう。そう思って昨夜寝泊まりしたビジネスホテルを目指す。しかしそう簡単に物事は滑らかにいかない。私は方向音痴だった。ビジネスホテルから少女を見つけた経路も、少女と再会したところからファミレスまでの経路も、ファミレスから駅前までの経路も、目に焼き付けたつもりでも何も記憶されていないのが私だった。
このまま進んでも迷子になるだけだと、私は駅の中に入った。改札前の時計を見ると時刻はまだ八時前だった。少女たちは今頃私の愚痴をおかずに食卓を囲んでいる頃だろう。そうであればいい。
寒さに耐えかねて、駅と合体している小さなショッピングモールに足を踏み入れた。暖房が効いていて温かい、と思う前に両手で耳を塞いでいた。たくさんの人々がそれぞれの世界で生きていた。密室の空間にこれだけ人がいればうるさいのは当たり前だった。
違う、とすぐに思い直す。私は少し静かな場所に依存していただけだ。以前の私ならこれくらいうるさいの内に入らないはずだった。すれ違う人たちから色んな匂いが鼻につく。彼の匂いはどんなだったろうか。思い出せないけれど嗅げばきっとわかる。その時、突然香ったのだ。私はこの匂いを知っていた。縋るものはそれしかないのだろう。なんて弱くなったのだろう。縺れる足を必死に進めてそれに向かって歩いた。
「小山さん!」
彼女が私を捉えて私の名前を呼ぶ。
「すみません、私」
「よかった」
彼女はまずそういった。ほっとしたような顔つきに呼吸も乱れている。私は少し面食らった。
「寒かったでしょう、家はどこ?」
戸惑いが隠せないのと、家がこの街にないことで私は答えられずにいた。彼女は昼間よりもずっと、優しい顔をして私の目を見ていた。
「とりあえず家に寄らない?」
彼女は、おどおどする私の腕を掴んでそそくさと駅を出た。繋がれた彼女の手は私の手と同じくらい冷たくて耳も真っ赤だった。それだけで私の胸のあたりはじわじわと温かくなって、それだけ嘘をついているという罪悪感も募っていった。
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