JK淫魔ちゃんの話。(後)

 

 

『お前なんて、産まなきゃよかった』

 

 それが、覚えている限り母さんにかけられた最初の言葉。

 元々俺の母さんには夫、俺にとって血の繋がらない父さんがいたのだけど。

 出張中に母さんが愛人、つまりは実父と不倫し出来た子供が俺だった。

 

 その愛人も、母さんが愚図る只に聞こえて来る情報をまとめると相当なクソ野郎だったのは間違いない。

 長期出張中で数年単位で会えず、その間の寂しさを紛らわせられるような存在も居なかった母さんにとって、その愛人という存在は温かな陽射しに違いなかったんだろう。

 同時に、これ以上ない猛毒でもあった。

 

 そしてまあ、父さんが帰ってくれば、そこに居たのはお腹を膨らませた母さんと、その中にいた俺であった訳で。

 その結果として、父さんは怒り狂い愛人を殺してしまい逮捕。しかしそれでも、母さんに手を出さなかったのは、やはり夫として母さんを愛していた証左に他ならないのではないかと今でも思う。

 

『どおしてよぉ……どうして……ごめんねぇ…………ごめん、なさいぃい…………!』

 

 ──半分くらい母さんの自業自得にしても精神を病んでしまった母さんは事あるごとに俺に八つ当たり紛いの真似をするようになった。

 

 詳細は伏せるにしても、まあ殺人未遂にあたるような真似を両手で数え切れないくらいには重ねていた。

 

 それでも。自己嫌悪に呑まれながらも、後悔に泣きながら、言葉にならない謝罪を重ねながら。弱く震えるように抱きしめてくれた母さんの抱擁に、愛を見出せた。

 

 父さんに殺されず、母さんに抱き締められて。

 

 間違いなく俺は、愛されている。どうしようもなくスタート地点が捩れ歪んでいたとしてもその事実は覆ることはない。誰に何を言われようとも、他ならない俺がそう思う。そう思えるなら、きっとそうなんだ。

 

 恵まれているとはまかり間違っても言えないけど。

 もしかしたらこう考えることも出来ないまま死んでいたのかと思えば、俺は2人に間違いなく愛されている。

 

 そしてまあ、転機が訪れたのは中学校3年の春。父さんが出所し、少しギクシャクしながら、歪ながらも家族全員で団欒を囲う事ができるようになった。

 

 そうして両親が共働きしつつ、家事関係は俺が一任されて、朝と夜は出来るだけ3人全員が顔を合わせながらご飯を食べるようにと習慣付けつつ。

 

 俺は俺で勉強と並行してあれこれやって過ごす中──母さんが2度目の妊娠を果たした。今度は間違いなく、2人の間に出来た命だ。

 めでたいなと思う中、ふと過った事があった。

 

 この手の家族構成で半端に血の繋がらない兄弟の存在って、結構な地雷になりかねないのでは?

 

 別に俺だけ変なことに巻き込まれるのは良い。というか、父さんが出所したとはいえ殺人犯という前科持ちで、母さんは愛人との間に子供を身籠った経歴持ち。

 

 その時点で噂が絶えないところに生まれてきた子供が、変なことに巻き込まれないという方が難しいかもしれないけれども。

 しかし、だ。そこに種違いの兄妹にあたる俺が居ては、余計に拗れる。

 そう踏んだ俺は2人に相談を持ちかけた。

 

 そしてまあ、両親に猛反対及びギャン泣きをうける事態となったものの。

 

「だ、だいたい友達とか──」

「いないよ、昔から」

「──ぁ」

「…………ッ」

 

 そもそもの環境的に幼稚園から小中と友達ができない環境下で育った以上、特別近辺の学校に行きたい思い入れがあったわけじゃなかった。その辺りを説明すると2人は顔面蒼白になり、今にも死にそうな顔になってしまったので切り出したことを後悔してしまったが。

 

 なので、というか。

 これを機に友達の1人や2人欲しいなーなんて思いを胸に、父の兄弟が管理してるアパートに契約し、実家から飛んで車で片道4時間の場所にあるアパートの一室を借りて生活していた。

 

 味のある──という言葉では庇い切れないボロ屋ではある。何なら幽霊とかも出そう。控えめにいっても廃墟と言われれば納得が湧く程度にはボロボロである。

 

 しかし、血縁的な理由も込みで格安で住まわせてもらってる以上文句もない。学校からも徒歩10分程の距離なので、立地的には悪くもない。なんならスーパーも同じくらいの距離だ。実家と比べても近い。天国かここは。

 

 高校生活の方は順風満帆……とはいえないかもしれない。奨学金がなければ仕送り込みでもギリギリだし、遊ぶお金はバイトで捻出しなきゃいけない。

 だけど、仲のいい友達はできて、人生初のカラオケに行ったり、クラスメイトからは勉強を教えてくれと頼まれたりと中々楽しく過ごせていると思う。

 

 特に地元では滅多に会えない異世界人、その血を継ぐ亜人種の友達ができたのは、ちょっと驚いている。

 耳のとんがった、熟女・老女好きのちょっと残念なイケメンエルフとか。

 俺に勉強を教えてもらいに来ては、報酬として(要らないと断っていても強引に押し付けてくる)掌サイズ程の鱗をくれるリザードマンだとか。

 俺の歌が上手いと大絶賛してくれたセイレーンの女友達とか。

 兎にも角にも、楽しく過ごせていたのは間違いない。

 

 そんなこんなで、夏休みの最初の3日を使って宿題を片付けたり、そんな俺の宿題がクラスメイトの間でいつの間にか聖典のような扱いを受けたり。

 俺が住んでるアパートの味わい深い様を見た友人達、クラスメイトから色々世話を焼かれるようになったり。

 父さんから人生初の携帯電話、というかスマホをプレゼントされたりと、夏休みも夏休みで楽しかった。

 

 しかし、人生山あり谷ありとはよく言ったもので。その後かなり酷い目に遭うのだ。俺が一体何をしたというのだろうか。

 

 

 10月に入った直後。バイトが終わって、スマホを見れば19時。その日はそこそこ冷えていた。

 毎年思うけどこの辺りの時期は、気温の幅が広すぎて厚着か薄着かのじゃんけんを世界と繰り広げなきゃいけないのは気が滅入る。天気予報もそこまでアテに出来ないし。

 

 そんなしょうもなく、下らない事を大層高尚に考えていた時なことだ。

 

 大きな歩道で信号が変わるのを待ちぼうけていると、反対側から覚束ない千鳥足で獣人の女性──後にライオンの獣人であることを教えてもらった──が、横断歩道を渡り始めてしまった。

 

 そのタイミングで左折してくる車。その時、フロントガラス越しに助手席の相手と話していて前から視線を切っていた様子を、今でも思い出せる。

 

 このままじゃあの人が轢かれるな。

 そう思った時には、脚は前へ向けて走り出していた。

 

 獣人の女性を突き飛ばして、俺は自動車に轢かれ意識を飛ばした。

 

 そしてそこからが、俺の人生における最大の幸運指数右肩下がりストップ安というか。

 その運転手の種族が亜人種の中でも一際珍しい精霊種サラマンダーの血を引くリザードマンの男性で。

 テンパってしまったその人が、グッチャグチャの精神状態に追い込まれて炎を撒いてしまったのは、種族の特性的にも状況的にもきっと致し方ないことではあったんだろう。

 

 そして俺は、感じたこともないような痛みでまた意識を取り戻した。車の下敷きになって動けない体。ゴムや油が焼け焦げる臭い。その臭いと共に混ざる、肉の焼けるような臭い。

 

『──ああああ゛あ゛あ゛ぁ!!!?』

 

 その数分後には耐えきれなくなってまた意識を飛ばせたのは、不幸中の幸いに他ならないだろう。

 しかし、半年以上が経った今になってもフラッシュバックのように灼熱感と痛みとが襲いかかって来る辺り、強烈なトラウマとして残ってしまった。

 

 この事故を発端として火の魔法、或いは高熱の魔法を扱える、もしくはそれらに関連する身体的特性を持つ人種には車両免許の他に、そういった自身の魔法や特性を抑制する道具の着用が義務付けられるようになったのだけど、それはさておき。

 

 次に意識を取り戻したのは、病院の中。全身包帯ぐるぐる巻きのミイラのような状態だった。

 

 運良く顔に火傷こそしなかったものの、腕と足の骨を折り、ほぼ全身大火傷を負ってしまい、治療及びリハビリの為に半年近く入院せざるを得なくなったのは当然の結果だった。

 

 異世界由来の、魔法による医療技術もあるんだけども。

 悲しいことに本人の体力を著しく消費するらしくて全身火傷みたいな体力を激しく消耗しているような怪我を負ってる人には適応できない治療法らしかった。下手したらそのまま御陀仏と聞いた時は流石に謹んで遠慮させてもらったね。

 

 痛み止めを使いつつも眠れない毎日。本当にきつかった。寝ている時も体が焼かれる悪夢を見るし、起きててもフラッシュバックするんだ、本当にきつかった。

 

 まあそれ以上にキツかったのは、治療の為の入院期間の都合で出席日数がどうあがいても足りなくなる為、必然的に休学申請をした上で留年が確定した事だった。友達たちと同じ時間を過ごせない。それは中々に辛い現実としてのしかかった。

 

 ……そしてまあ、自分の『アレ』が全摘になった、というのは結構レベルじゃない辛いには凹んだ。まあ、それだけ酷い事故に巻き込まれて、アレが無くなった位で済んだのは儲け物だろう。

 

 しかしまあ、入院生活そのものがつまらない訳でもなかったんだ。ご飯は薄味だったけど。

 

 クラスメイトたちも二、三日に一度は必ず顔を出してはやれあの先生がカツラだったのがバレたとか、クラスのあいつとこいつがくっついたとかそんな話を齎してくれたり。

 

 ほぼ毎日のように顔を出してくれた、助けた女性のレオーナさんも週に一回顔を出してくれていた。

 どうも彼女は居酒屋を構えているそうなのだが、定休日に『偶には私も飲むかー!』と秘蔵のマタタビ酒一升瓶を空けてベロンベロンになってしまった……というのが、事の顛末らしい。

 

『酒は、飲んでも、呑まれるな。ですよ』

『……酒を扱う店の者として、本当に申し訳ない……』

『ああいえ。別に怒ってはないですよ、命あっての物種ですし。お互い、命があって良かった。こちらも突き飛ばしてしまってすみませんでした』

 

 それから、事故を起こしてしまったリザードマンの男性──カカラさんからも、何度も何度も頭を下げられた。訂正。土下座で床に頭を打ち付け、血を流していた。

 

『本当にすまない……!! 私が、私がちゃんと前を向き、運転していれば……あまつさえ、その後に起こした事態……何と詫びをすればいいか」

『人身事故を起こした直後に冷静で居られるとか、その方が無茶ですって。それにホラ、俺生きてますし』

 

 後に知った話ではあったのだけど。

 両親と弁護士、レオーナさん、カララさんを交えた会議の末に、この事故の入院費はお金持ちだったカカラさんがほぼ全面的に受け持ってくれる形となり、レオーナさんは退院後のバイト先として俺を雇うことを確約してくれた。

 

 ちなみに俺は俺で、クラスメイトやレオーナさん、カカラさんたちから何をどう解釈されたのか、善人を超えて聖人扱いされたり。

 もしも卒業後に進路に困ったらカカラさんが手を貸してくれることになったりと、そんなこんなでバタバタしている間に半年が過ぎてしまった。

 

 そんなこんなあった果て、休学(実質留年)を終えて新たに始まった、2度目の高校一年生からの生活。

 留年開けという話を何処かで聞いたのか、少し遠巻きにされながら過ごしていたある日。

 

『私、エレノア・A・ダミアンって言います。よろしくお願いしますね、先輩』

『……あ、あー、うん。よろしくね、ダミアンさん』

 

 目が離せなくなった。胸が高鳴った。気が付けばふとした拍子に目で追うようになっていた。

 認めよう。俺はこの日、人生初の一目惚れを経験したんだ。

 

 そして、ダミアンさん──エレノアちゃんが話しかけてくれたのを皮切りに、クラスメイトの中に溶け込めるようになった。

 勉強の分からないところを友達の弟に教えたり、何気ない話をしていたら何故かエレノアちゃんに怒られたり。

 父さんの爺さん、曾祖父の代から代々重ねられた『後世に伝えたい推しアーティストの名曲トップ10』とかいう名前だけ見たらふざけてるような数十曲をカラオケで歌う機会が出来たり。

 そして、音楽室でエレノアちゃんに告白されたり。

 楽しいし、嬉しい。何より暖かかった。

 

 ──けれど俺は、エレノアちゃんからの告白を蹴った。ふざけて、煙に巻いたのだ。

 

 エレノアちゃんは、女性しかいない亜人種、所謂『淫魔』『サキュバス』と呼ばれる種の子だった。

 

 調べてみれば、その人種の女性たちは特に性行為に特別視する程のコミュニケーションや重要な意味合いや理由、愛を見出しているらしく、セックスレスがそのまま破局に繋がるとあった。

 

 その手の話題はこの世界由来の人、夫婦の間でも起こりうる問題であるのにそれを重要視している種族のエレノアちゃん。

 つまるところ、棒も失い玉も無い俺にはそもそも付き合える相手でもない。

 

 仮に付き合えたとしても、彼女にそういう行為を求められたところで断ることしかできないのであれば、俺は初めから付き合えない。

 だから、戯けた調子で言った。

 

『まあ真面目な話。俺なんかに時間を費やすより、他のイケメンとかに行ったほうが絶対良いって。たぶん生涯独身だよ、俺』

 

 告白してきてくれた相手に対して、なんて失礼な対応だろうか。

 けれど、それでも。なあなあとぬるま湯のような間柄は続いている。

 だから、せめて今だけはこのままでいさせてほしいと切に願うんだ。今だけは、この温もりに溺れていたい。この体が焼け焦げるような熱さを忘れさせてくれる、温かな彼女のそばで。

 

 

「先輩。急に来てしまってごめんなさい……」

「……どうしたのさエレノアちゃん、こんな時間に」

 

 夏休み初日。朝は8時の事。

 前日夜から遅くまで宿題の処理に明け暮れ、少し寝不足気味なままインターホンの音で起こされた入花が玄関を開けてみれば、そこには見慣れたクラスメイトであるエレノアが立っていた。

 薄手の鮮やかな水色のパーカーにベージュ色のショートパンツ。そして見慣れないオシャレ用の赤縁のメガネ。

 オシャレJKお出かけコーデ装備のエレノアである。入花の精神はちょっと怯んだ。

 

 回りきってない頭と、寝起き特有の掠れ声で「……立ち話もなんだし、何もないけど上がっていく?」と聞けば「ありがとうございます!」と喜んでボロ屋の中に入るエレノアに、入花は「ちょっと着替えてるね。あ、これ使って」と部屋の隅に置かれた座布団を渡して、脱衣所に移動する。

 エレノアは通された部屋を見て「本当に何もない……」と驚いたように呟いた。同時に、家の外観に対して中はそこそこ綺麗なんだな、とも。

 

 畳まれた布団。そこまで大きくなさそうな冷蔵庫に小さめのタンス、その横には広げられた折り畳み式のテーブルと、半端に回答が書かれた夏休みの宿題がポツンと置かれている。

 

 「ミニマリスト、っていうやつなのかな?」と疑問に思いつつ、宿題の開かれた部分を見てみれば数学の分のテキストのラストページ。

 驚いてぺらりぺらりと捲り上げて見てみればもう既に数学の殆どが片付けられていてエレノアはちょっとビビった。早すぎません!? と。

 そして、そのテーブルの下に雑に置かれたビニール袋。こっそり中を見れば、入っているのは薬とその説明書が入っていて、その大半は痛み止めの薬であるらしい事しかエレノアにはわからなかった。

 

「先輩……」

 

 エレノアの口から、ポツリと言葉が漏れた。

 それは向けられた本人へ届く事なく部屋の壁に吸い込まれて消えた。

 

 そうして待つ事数分。ダボダボの黒いジャージに着替えた入花が引き戸を開けて現れた。

 冷蔵庫からペットボトル入りの麦茶を取り出してエレノアに渡す。

 

「ごめん、こんなのしかないけど……あ、ペットボトルは洗って再使用してるから大丈夫だよ。麦茶も自家製のだし」

「あ、ありがとうございます」

 

 テーブルの前に置かれていた座布団をずらして、入花はエレノアの近くに陣取った。

 人2人分程の距離。僅かに深呼吸をして、最初に切り出したのはエレノアからだ。

 

「……先輩、ごめんなさい。やっぱり私、先輩の事好きです」

「はぁー……エレノアちゃん……俺が今ここで、君の事襲ったりしたらどうするのさ」

 

 深々と、溜息を吐いてエレノアのことを諌めるように言う入花。しかし今回のエレノアはその言葉が嘘であることも文字通り見抜いていたし、その言葉の裏側──申し訳なさを文字通り目視していた。

 『読心の眼鏡』と呼ばれる、読心術の魔法がかけられた眼鏡。単価で数十万はくだらないそれを何故エレノアが所有し剰え使用しているのか。

 

 端的に言えば干物から復活した父のツテである。こういう時エレノアは父の具体的な仕事を教えてもらえない理由ってこの辺が関わっているんじゃないかと睨んでいるが、今は関係ない。

 

「……先輩、私、どうして先輩が告白を断ったのか、知ってるんです」

「えっ……その、うん?」

 

 読心の眼鏡のことは伏せつつ、正直に数週間前の出来事を口に出し、そして入花のネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲再建の目処が一応立っていると伝えるエレノア。

 覗きを敢行した当時を思い出してしまったのか顔色がよろしくない。

 入花はといえば、顔を真っ赤にしている。完全に想定外の方向から、自分がエレノアの告白を断った理由が見透かされ、把握されて恥ずかしい気持ちと。シャワーを覗かれていたという事実に羞恥心が湧いていた。

 そしてその思いはまるっきりバレている。悲しきかな。

 

「はぁー……魔法って便利な……その、ごめんね? 嫌なもの見せちゃって」

「なんで先輩が謝るんですか! 私! ストーカーまがいのこと! したんですけど!!?」

 

 エレノアは流石に怒った。入花は本気で、嫌なものを見せてしまったと本心から思っていたのだ。

 逆ギレ気味ではあるものの、何処となく眼鏡から読み取れた情報や、過去の言動を鑑みて入花に対してある疑念を抱いていた。

 

 何処か致命的な部分で病んでいるのではないかと。

 それも本人は全く無自覚で、それをあるがまま、ありのままであると勘違いしている。

 

 端的に言えば。自分の事を全く愛せていない。自己肯定感が低いというより、始めから肯定否定以前に頭数に入ってないような、そんな伽藍堂に似た寂寥感があった。

 

 エレノアの中における入花に対する執着心の本質からしても、それは到底看過できる事実ではなかった。

 

「……えーっと、だからこそ、というか」

 

 プンスコ怒っているエレノアを前に、両手をゆるく上げて降参のポーズを取りつつ、しどろもどろになりながら、真っ赤な顔で、唇だけ動かしては目を逸らして、幾許か悩んで入花が言葉にした。

 

「その……そういう事情を知った上で、そういう行為が他の人種以上に特別な意味を持ってる人種の女の子が、わざわざ俺を好きだと言ってくれることが……嬉しくて……」

「……一目惚れだったんです……文句ありますか……」

 

 両者、ダブルノックダウン。揃いも揃って真っ赤である。今なら2人の頭上に緑の逆Vの字でも引いてやれば見事にサクランボにでもなりそうな真っ赤っか具合だ。

 見るものが見れば朝っぱらからイチャイチャしやがってだとかコーヒーが甘ったるくて仕方がないと野次が飛びそうだが、咎める者もツッコミを入れる者も居合わせていない。

 

「と、とりあえず……俺なんかで良ければ、よろしくお願いします。エレノアちゃん」

「ハイ。喜んで、入花先──」

「……ごめん。その、できたらで良いんだけど。

 2人きりの時、敦毅って呼んでくれない、かな? 敬語も、いらない」

 

 ──エレノアは決意した。

 ──目の前の緊張で身を縮めながらそわそわした様子で口を動かす可愛い可愛い人を近い将来、必ずや、必ずや、必ずやブチ犯すと。

 

 ──そして絶対に離さないと。

 

 エレノアは淫魔である。種の特性上一度目にかけた相手に対して愛情深く、独占欲が強い。

 ──そして何より、その意志の強さは人一倍、なんなら淫魔の中でも図抜けていたのだ。

 

「──わかり……わかった、敦毅。今後ともよろしくね」

「こちらこそ、よろしくお願いします。エレノアちゃん」

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アサガオとカーネーション バンバ @Bnb412805

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