ぼくの彼女は迷わない
じゃが猪
彼女と僕
突然だが僕の彼女は迷わない。
メニューをちらりと見て「これだね」と決めてしまう。
おすすめの文字を見て「あれだね」と決めてしまう。
テレビの特集を見て「これにしよう」と決めてしまう。
ご近所さんから噂を聞いて「あれにしよう」と決めてしまう。
優柔不断の権化である僕からすれば尊敬の一言だ。
たまに小さな失敗もするけれど、ここぞという時の彼女の選択はいつも正しい。
一緒に住むための家を三日で探し出して来たときは、さすがにもう少し考えようと話し合いをした。でも翌日、彼女に手を引かれて訪れたそこは、ぐうの音が出ないほどに素晴らしく、驚く僕を見た彼女が満面の笑みで「ここにしよう」と言ったのをおぼえている。
彼女も自分の決断力には、ある種のプライドのようなものを持っているらしく、僕が相談事を持ち込むと「まっかせなさい!」と鼻息荒く胸を張るというのがお決まりのパターンだ。
ちなみに、彼女の決断力には僕の存在も関係しているらしい。というのも僕は、チョコかバニラかで十分以上悩んでしまう鋼のような優柔不断さを持っているのだが、彼女はそれを思慮深さとしてとらえ、頼りにしてくれているそうなのだ。僕の言動が何かを決めるときの材料になっていると真剣なまなざしで語っていた。
コンプレックスだった優柔不断さが、彼女の力になっていると思うとうれしくて舞い上がってしまいそうになるわけだが、そんなある日、僕は気づいてしまった。
彼女の行動に不審な点があることに。
僕はどうしようもなく不安になり、日記から何か糸口をつかめないか調査してみることにした。
調査日記
対象:僕の彼女
年齢:22歳
身長:155センチ
体重:非公開(彼女曰く、平均よりほんの少し太り気味)
趣味:食事と運動(彼女曰く、食べるために動き動くために食べれば永久機関になるらしい)
好きな食べ物:だいたい好き
嫌いな食べ物:苦いもの
10月15日 金曜日 天気 晴れ
仕事が早く終わり、近くのスーパーに立ち寄ると、赤いきつねと緑のたぬきが安売りをしていたので買って帰った。
湯を沸かし、どちらがいいかと尋ねると彼女は「ちょっと待った!」と言い、コロコロクリーナーで掃除を始めた。
たしかに彼女は日ごろからきれい好きではあるが、なぜこのタイミングで?
それにコロコロクリーナーをかけている間、ちらちらと赤いきつねと緑のたぬきに視線を送っている。なにか気になることでもあったのだろうか?
11月9日 火曜日 天気 雨
僕が仕事から帰ると真っ暗な部屋の中で彼女が眠っていた。
机には赤いきつねと緑のたぬきが置かれている。
彼女を見ると少し頬がこけているように見える……。
心配になり声をかけるとむくりと起き上がり「お腹すいた」と言った。
どうやらお昼を食べなかったらしい。
夕飯は外に食べに行くことにした。とても幸せそうにとんかつを食べていたので健康的な問題はないらしい。ほっと一安心。
11月28日 日曜日 天気 晴れ
近所のスーパーから帰宅し、昼食をどうするかという話になったので、先日食べなかったどん兵衛にしようと提案した。
すると彼女はコロコロクリーナーで掃除を始め、さらに掃除機もかけ始めた。
部屋がピカピカになったころ「買い忘れたものがある」と出かけて行った。
しばらくして帰ってきた彼女は、どこか決意めいた表情で「きつねにする」と小さくつぶやいた。左手にはジャガイモが一つ握られていた。
12月4日 土曜日 天気 晴れ
今日はとても忙しく、時間も遅かったので夕飯はカップ麺にすることにした。
赤いきつねと緑のたぬき。なぜか常にストックされている気がするが……。
彼女にどちらにするか聞くと、コロコロクリーナーで掃除を始めた。掃除機が使えないのでいつもより入念だ。
掃除も終わりに近づいたころ、彼女は突然「食前の運動に行ってくる」と身支度を始めた。
さすがに夜も遅く危ないし寒いので反対したのだが、「下の公園に行くだけだし、これも持ってくから大丈夫」と防犯ブザーを手に、出て行ったしまった。
少しして、やはり心配になった僕が公園に行くと彼女がいた。
立ち止まって空を見たり、ベンチに座ってぼーっとしたり、同じところをぐるぐる回ったりしている。まるで食前の運動をしているとは思えない。
20分ほどして帰ってきた彼女は決意めいた表情で「たぬきにする」とつぶやいた。
11月28日 日曜日 天気 晴れ
昼食にどん兵衛を食べる。僕はたぬき、彼女はきつねだ。
彼女は上機嫌で赤いきつねを食べながら「やっぱりどん兵衛はきつねだね。たぬきは天ぷらだから、おつゆまで脂っこくなっちゃうでしょ? その点きつねはあっさりしてるからね。やっぱりあっさりが一番だよ、うん」と饒舌だった。
そういえばどん兵衛を食べるとき、いつもどこからか視線を感じるのだが気のせいだろうか?
12月4日 日曜日 天気 晴れ
夕食にどん兵衛を食べる。僕はきつね、彼女はたぬきだ。
彼女は上機嫌で緑のたぬきを食べながら「やっぱりどん兵衛はたぬきだね。きつねはお揚げだから、なんかちょっと物足りないでしょ? その点たぬきは天ぷらだからしっかり食べられる。やっぱりしっかりが一番だよ、うん」と饒舌だった。
そういえばどん兵衛を食べるとき、やはりどこからか視線を感じるのだが気のせいだろうか?
以上が、彼女の不審な動きに関する記録だ。ほかにもまだまだあるのだが抜粋させてもらった。なぜならもうすべてを見る必要がないからだ。
僕は分かったのだ。日記を読み進めていくうちに。なぜいままで気が付かなかったのか! どれだけ僕はバカなのだ!
誰が見たってわかる!
もはやここだけ見れば、僕と彼女とどん兵衛の日記ではないか!
これらの言動から導き出される答えは……。
彼女はどん兵衛を選ぶときだけ優柔不断になるということだ!
それもただの優柔不断ではない。僕の鋼の優柔不断さに勝るとも劣らない。
いや、はっきり言おう。
超えている。
彼女のどん兵衛に対する優柔不断さは僕のそれを超えている。
間違いない! 数々の行動が証拠となり、物語っている。
ではなぜ彼女は迷い悩む自分を誤魔化すような言動をしていたのか。
彼女は昔「きみの思慮深さとわたしの決断力。二つ合わされば最強だね!」と言っていた。おそらくだが、迷い悩むのは自分の領分ではないと思っているのだ。
だが、そんなことはない。あるはずがない。
人は誰しも優柔不断な面は持つものだし、迷い悩むのは当然なのだ。
そもそも優柔不断とは裏返せばその物事に対し、真剣に向き合っているということでもあると言っていたのもまた彼女なのだ。
つまり彼女は常日頃よりどん兵衛に対し、並々ならぬ熱意を持っていたのだ。
僕は自分の無知を恥じた。
何年も一緒にいるのにこんなことにも気づかなかったなんて……。
しかしこれはチャンスでもある。
いつも僕を引っ張てくれる彼女に迷いや悩みがあれば、必ず力になる。
そう心に決めていたのだ。
どん兵衛を決める程度のことで……と思うかもしれない。
もちろんこれで彼女への恩が返せるなどとは思っていない。
だがしかし、たかが赤いきつねされど緑のたぬきなのだ!
僕はベランダに出ると家族連れやランナーでにぎわう公園を見下ろした。
ベンチに座ってぼーっとしている彼女が見える。
僕はスマホを取り出すと電話をかけた。
「どうかしたの?」
「うん。あのさ今日のお昼だけど、赤いきつねと緑のたぬき両方食べたくなってきてさ。半分ずつできないかなぁと思って」
「……。フフフ、きみはまったくよくばりだなぁ。でも仕方ない。すぐに帰るから、お湯とお椀を用意しといて!」
僕は、ベンチから勢いよく立ち上がり小走りで公園を出ていく彼女の姿を確認すると、部屋に戻りやかんを火にかけた。
心と体がポカポカしたものに包まれた気がした。
ぼくの彼女は迷わない じゃが猪 @dashimaki-syougun
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