第17話 寝る皇子、母親に近況報告する

エレーナたちが案内された屋敷の中は穏やかな空間となっていた。


「本当フランちゃんは良い子ね。これからもネルスちゃんをよろしくね」


「エレーナのような優しい母上で旦那様は幸せ者なのじゃ」


屋敷に辿り着くまでの僅かな間に距離を縮めた二人は義理の親子というよりも友達といった関係になっていた。


「二人が仲良さそうでなによりだ。それよりも母上、さっそくだがこの街の現状についてチュータロウから報告させてもらおう。」


「では、私がネルス様に代わりましてご報告させて頂きます」


そしてチュータロウは現在の人口が象人族を加え、700人ほどまで集まっていることや野菜・果物の栽培にも力を入れ始めていることなどを説明していった。


「驚いたわね。たった三か月でこれ程とは…。やっぱりネルスちゃんはすごいわね。」


「いや、ネルスはほとんど寝て…モゴモゴモゴ」


余計な事を口走りそうになったリュークの口を重力魔法で物理的に塞ぐネルス。

これほど無駄な魔法の使い方はないだろう。


「ん?ネルスちゃんがなんですって?」


「いや、ほとんど俺の力ってわけではなく、皆の強力があってこそ街は成り立ってるって言いたかっただけだ」


「そうね。珍しい獣人たちや魔物のミノタウロスがいることまでは見てなんとなくわかってたけど、まさかの爆炎龍だものね」


嬉しそうに胸を張るフランメ。


「これは帝都には過少報告しておいた方がいいかもしれないわね」


「確かに包み隠さず報告するといらん騒ぎになるかもしれんな」


「実はね。誰かさんがスペード領とクローバー領で大暴れしたお陰で跡継ぎを失った両家が第二、第三皇子に家を継いでもらえないかって言いだしてね。」


「なるほど。それぞれの領へ移った二人がウチにちょっかい出す気を失わせないためにも未だ力を隠せと」


「そうよ。あのお馬鹿さんたちがすんなり片付くと帝国内ではもう一切の問題はないと思うのよ」


「わかった。じゃあ半年後の新年の挨拶には黒豹族のみを連れて行こう。ミノタウロスや象人族は威圧感が凄すぎるし、獣人族はトラウマもあるだろうからな」


「俺たち黒豹族ならもし問題に巻き込まれても自分で解決出来るから問題ないしな」


「じゃあそれでお願いね。あとはフランちゃんを連れてきてコーネリウスにも紹介しなさいね」


「あぁわかってるよ。流石に皇子である俺が皇帝に無断で結婚する訳にはいかんからな」


「でもそうなると心配事が…」


「第二皇子スペンサーか…」


第二皇子であるスペンサー、今はスペード領を継いでいるため現在はスペンサー・スペードとなっているが、好色家として有名で多くの女性に手を出していた。

その辺りは獣人の娼館へ行っていて殺された跡取りとそっくりで、女好きはスペード家の特徴でもあった。


「極力二人は離れないようにすることね。」


「何か言ってきたら消し炭に変えてやればいいのじゃろう?」


「いや、今はまだ髪の毛をチリチリにするぐらいで留めてくれ」


「旦那様がそう言うなら従うのじゃ」


そう言いながらネルスの肩に頭を預けるフランメ。


「仲が良さそうでなによりだわ」


「話すことも終わったし、食堂へ向かおうか」


食堂に向かうと既に騎士たちも来ており、そこで働く獣人の女性たちの笑顔に目を奪われていた。

彼らはフレデリックから獣人が旧トランプ連合国においてどのような扱いを受けていたか説明されていたため、無理に声をかけたりせず、楽しそうに働くその姿を眺めているだけであった。


「皆、マナーを守ってくれているようだな。では今日の宴会は野外BBQとしよう。この近隣で取れたボアやオークの肉も美味いが、ヤックルたちが育ててくれた野菜が絶品でな。素材の味を楽しんでほしい」


「ネルスちゃんがそこまで言うなんて楽しみね」


ネールスロースで育てられた野菜は、アズバーン地方で育てていた時よりも育ちがよく、味も格別であると育てているヤックルたち鹿人族が驚くほどであった。


「この地は魔力が豊富じゃから育てられた野菜にも影響があるのじゃろう」


フランメの言う通り、ネールスロースの土が作物に多大な影響を及ぼしていた。

そして、ネルスはこの野菜や今後採れるであろう果物を帝国領の都市との交易品として使りつもりでおり、この場で普段良い物を食べているはずのエレーナや役人、騎士たちの反応を伺うつもりでいた。


獣人の女性たちがテキパキと準備を終わらせ、街全体が参加する宴会となった。

住人たちは騎士たちとも上手くやれているようでいたるところで盛り上がっている。


「いい街を作ったわね。これならネルスちゃんが望んでここへ来たって言ったコーネリウスの言葉の意味がわかったわ。」


「帝都にいるよりはこっちの方が断然楽しいさ。俺の想いを汲んでくれた親父や兄貴にも感謝してる」


「あなたがそう思っているならそれでいいわ。私たちはいつでもあなたの味方よ。困ったことがあればいつでも頼りなさいね?でもねネルスちゃん、私怒ってるのよ?」


これまでとは違う笑みを浮かべたエレーナを見て、やはり来たかと身構えるネルス


「うぐっわかってるよ。何も言わずに帝都を飛び出したことは悪かったと思ってる」


「わかってればいいのよ。これからはフランちゃんもいるし安心してるわ。早く孫の顔が見たいわ」


「そもそも人と龍で子が成せるのかってとこから確認しなきゃいけないんだけどな」




楽しい宴も終わり、エレーナが滞在する一週間も無事に過ぎ、帝都へ帰ることになった。

しかし、すんなり帰るとはならなかった。

そのきっかけはエレーナのある一言だった。


「人族も必要になることがあるでしょう?15人ほど置いていくわ」


その15名の枠をかけて騎士たちの中で壮絶なサバイバルが始まった。

なぜなら騎士100名のうち、40名程の独身で彼女もいない者たちがネールスロースの街を、いや獣人の女性たちにハマってしまったのだ。

15人と言っても3人はカーソンを始めとする役人枠なので、実質は12名の枠をかけて壮絶な争いがあったのだ。

そして帝都に帰ることになった今日は、その争いに敗れた者たちが怨嗟の眼差しで残ることとなった12名を睨みつけていた。


「そんなに気に入ったのなら親父に許可を貰って移住してこい。許可がないとわかったら受け入れんからな」


「「はっ我ら一同、必ずや皇帝陛下のご許可を賜り、この地へ戻って参ります」」


これにはネルスも思わず苦笑を浮かべるしかなかった。


「じゃあねネルスちゃん。半年後は帝都で会いましょう。もちろんリュークちゃんもね。フランちゃんこの子のこと頼んだわね」


そう言い残しエレーナは帝都へと帰っていったのだった。

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