第6話 寝る皇子、獣人開放作戦を展開する②
同日同時刻
クローバー領は悲惨な様相を呈していた。
リッキーの案内をもとに獣人たちが押し込められている共用施設へ侵入を果たしたネルスは想定以上の獣人の数に計画の変更を余儀なくされていた。
「ここには老いて力仕事には向かんようになった者たちも押し込まれているのです。」
なんと114名もの人がこの施設にいた
帝国へ編入される前に連れてこられた獣人たちの生き残りがここにいたのだ
「流石に100人以上を連れてとなると目立つ。だから俺が騒ぎを起こしてこよう。その間に逃げるから俺が戻って来るまでに逃げる準備をはじめててくれ。」
そう言ってフラッと出て行ったネルスが向かうのはクローバー家の屋敷。
デカデカと構えられた無駄に大きな屋敷が視界に入ってくる。
ネルスはかつてないほどの怒りを感じていた。
普段は気怠そうにし、何事も面倒臭いと言って積極的に取り組んではこなかった。
それは父親であり皇帝でもあるコーネリウスの指示でもあったのだが、今回ばかりは捨て置ける事態ではなかった
豚小屋のような小さい施設で、身を寄せ合って暮らす獣人たちの姿。
皆ガリガリに痩せ細っていて碌な食事も与えられていなかったことは想像に難くない。
この様な行いをしていたクローバー家もこの街に住む者たちも許すつもりはなかった。
そして一言
「潰れろ、『
空気が軋む音がし、途轍もないほどの圧力がクローバー家の屋敷にかかる
ネルスが持つ重力魔法を使った結果だ。
ネルスは怠惰ではあったが決して無能だった訳ではない。
彼は生まれながらにしてある一つの才を授かっていた。
【理外の才】
それはユニーク最強とも言われる【王の才】系統をも超越する、まさに理外の力。
理に縛られないネルスにとって重力を操るなど容易い。
以前ネルスが言っていたように、ユニーク持ちの両親からユニークが産まれるのは当然と言えば当然のことであった。
その余りにも強力な力を見た父のコーネリウスがネルスの兄ユニウスとの争いの種になりうると判断し、ネルスに時が来るまでは人前で力を使うことを禁じた。
その代わり生活の自由、何をしても咎めはしないと約束した
幸い生来面倒くさがりで皇帝になどなりたいと思ってもいなかったネルスは二つ返事で了承し、これまで怠惰に耽ってきた。
気ままにリュークと遊び、寝る。
しかし、帝都にいると周囲が騒がしく段々とそんな生活も煩わしくなってきた。
そんな時に父から内々に辺境領主への就任を打診された、恐らく次の会議の場で議題に上がるはずだからそれを利用すると。
それが既に完成された街であったならネルスも頷くつもりはなかったが、打診されたのはロストアース。
つまり何にも縛られず自由に街を作り、思うがままの生活ができる
ネルスにとってこれほど魅力的な条件はなかった
怠惰で自由な生活を目指すネルスにとって獣人は自身が作る街の第一の市民となるものたちだった。
そんな時にこの街で目にした光景は決して許せるものではなかった。
死屍累々
目の前の光景を表すのに最も適した言葉だった。
あっけなく潰された屋敷跡にその下で圧死した人々。
しかし、ネルスはそんな光景に同情することもなく踵を返す。
周囲の住民が潰れた領主の屋敷に気付き騒ぎ始めたからだ。
そして寄り道をした上で獣人たちの元に戻る。
「ネルス様、街が大騒ぎなんですが大丈夫ですか?」
ネルスの姿を見てリッキーが慌てて問いかける
「あぁ領主の屋敷と北門周辺ををぶっ潰してきたからな」
なんともなさげにそう答えるネルス
ネルスはここへ戻る前に追加で北門と周辺の家を潰し、街の機能を完全に麻痺させていた。
「なっ!ぶっ潰したなんて」
リッキーはそれ以上言葉を続けられなかった
なぜならここへ来る前にフレデリックが言った一言を思い出したからだ
若がその気になれば街の一つや二つは簡単に消すことが出来る、と。
「そんなことよりも今のうちにこの街から出るぞ。反対側の南門だと今なら兵士もいないだろう」
「は、はい。すぐに皆に出発させます。」
建物の外に出て北門の方をチラリと見たリッキーはネルスが言ってたことは大袈裟でもなんでもなく、事実であったことを理解した
あったはずの家、高く積み上げられていた門が瓦礫の山と化していたからだ
その後はネルスの予想通り邪魔が入ることもなく無事に街の外へ抜け出すことに成功した。
「おう、そっちも上手く行ったみたいだな!思ったより時間がかかったみたいだが何かあったのか?」
合流地点に先についていたリュークが声をかける
「見ての通り思った以上に獣人たちがいてな。抜け出すのに街を半壊させてきた」
「フォッフォッフォ。半壊で済ませたとは若もお優しい。」
「今回はあくまでも獣人たちの救出が目的だったからな。ただ領主の屋敷はきっちり潰してきたぞ。当主はまだ帝都にいるだろうが息子たちは今頃あの世だろうな。」
事もなさげに物騒な会話をする三人を見てチュータロウとリッキーは本当に三人は化物なのだと理解し、彼らの庇護下に入れる幸せに感謝した。
一方救い出された獣人たちはもう会えないと思っていた者たちとの再会に歓喜の声をあげていた。
「喜ぶのもいいが今は村へ帰ろう」
ネルスがそう言うと全員に重力魔法をかける。
いきなり身体が宙を浮いた事で驚きの声をあげる獣人たちだったが、ネルスの魔法だと分かるとすぐに静かになった。
「おいおい、こんな数に風魔法かけれるかな。俺はお前程化け物じゃねえんだぜ」
とは言うもののリュークも全員に風魔法をかけ、三人の時に比べると速度は劣るものの、村へ向かって移動を開始した。
徒歩だと2日ほどかかる道のりも空を飛べば2時間ほどで辿り着いた。
到着した村は同胞の帰還に沸いていた。
皆が抱き合い再会を喜んでいた。
救出された組は忘れられた大地への移住の話に驚き、村で待機していた者たちは救出劇のあらましを聞き、ネルスたちの出鱈目な強さに驚いた。
「ネルス様、お話がございます。我ら全員未来永劫ネルス様に忠誠を誓わせて頂きます。」
盛り上がっていた住民たちが綺麗に列をなし、頭を下げていた。
「頭を上げてくれ。元はこちらが望んだ事だ、皆の決意受け入れよう。明日の朝から順次忘れられた大地へ移動を開始する。今は500人以上いるから5回に分けて移動する。その時に荷物も魔法で運ぶから必要な物は持ち出せるようにしておいてくれ。クローバー領はともかく、スペード領は獣人たちがいなくなったことに気付くだろう。そうなるとここへ調査に来る可能性が高いため、この村は完全に壊していくつもりだ。」
「「ワァー」」
獣人たちはネルスの掛け声にもう何度目かわからない歓声をあげる。
その光景を見てネルスは口角を上げる。
柄にもなくよく働いたが、彼らの笑顔を見てるとそれも悪くないなと感じるのであった。
「来て初日でこれかよ。本当お前と来て正解たったぜ。」
「フォッフォッフォ。流石は若。これからも楽しくなりそうじゃのぅ。」
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