第2話 寝る皇子、辺境へ飛ばされる②
「ははっ。慎んで拝命致します」
城内の庭で寝ていたところを無理やり叩き起こされ、無理やり謁見の間に連れてこられたものの、一言も発することもなく、気だるそうにその場に立っていた渦中の人ネルスが頭を下げる。
皇帝と同じく金髪碧眼で美形なのだが、目つきが鋭く細いため少し眠そうな印象を相手に与える。
その様子を見てニヤニヤする者、憐れむ者、淡々と見守るものなど反応はいくつかに分かれた。
もちろんスペード家のジョルジュは心の中で雄叫びをあげていた。
「ただし、廃嫡にはせん。ネルスは今後も皇子のままだ」
ここで本日2度目の騒めきが起こる。
ジョルジュたちは自分達の要求は通って然るべきと考えていたため、かなり狼狽えてしまった。
「なっなぜ、なぜ廃嫡になさらないのです?」
「お前が先程言っておっただろう。ネルスは覇王帝の孫。この帝国において覇王帝の血ほど尊いものはない」
皇帝の言葉にその場にいたほとんどの貴族が頷く。
その様子を見て目論見が外れたことを理解したスペード家は辺境へ追いやっただけでも成功かと切り替える。
「ネルスの件はこれで終わりだ。次はお前たちの処分についてだ。」
お前たちの処分?
要求を出していた貴族たちの間で困惑が広がる。
「わからんか?宰相よ。この愚か者どもにわかるように説明してやれ。」
「はっ。お主らは愚かにも王位継承権に口を出した。これは看過できるものではない」
「な、なにを!?我らはただネルス皇子の処遇について求めただけで、帝位を望んだ訳でもありません。」
慌てて否定するものの、宰相にその声は響かない。
「いや、わかっておらぬ。そもそもお前たち旧トランプ連合国の連中には降伏の際に条件として言い含めてあったはずだ。娘を妃に出すのは良いが、決して王位継承権には関与するなと。ネルス皇子は第四皇子ではあるが正妻の御子であるため王位継承権第二位の存在である。そのネルス皇子を廃嫡にせよなどとよく言えたものだな。」
呆れたように頭を振る宰相。
そして何を今更当然の話をといった様子の他の貴族たち。
「お主たちは帝国という国を未だ理解出来ていないようだ。帝国において皇帝陛下とは絶対の存在。それをいささか軽視しているのではないか?」
「そんなことはありません」
「ではなぜネルス皇子の処遇なんて話を持ち出したのだ?知っておるんだろ?かの皇子が覇王帝陛下の寵児であり、口出し無用だと仰っていたことを。」
「しかし!覇王陛下は既に3年も前にお亡くなりに!」
このままではまずいと感じたアランソン公爵家のリネットが口を挟む
リネットはてっきりその指示は覇王帝が亡くなった時に無効になったと思っていた。
覇王帝に可愛がられているだけでスキルも持たない無能で怠惰な皇子の廃嫡を申し出ても皇帝は反対しないと思い込んでいた。
「それが問題だと言っているのだ。覇王帝陛下は歴代皇帝の中でも別格。
その陛下が出された指示を一臣下であるお主らが無視するなど言語道断。
正直なぜこんな簡単なこともわからなかったのか理解に苦しむ。」
「先代公爵の教育不足だな。」
皇帝が一言でばっさりと切って捨てる
リネットは顔を真っ赤にして俯く
しかし、顔には反省の色はなく、むしろ恥をかかされた怒りが勝っているようだ。
他の7つの貴族の当主たちは顔を真っ青にしている
「ではお前たちの処分を言い渡す。第二、第三皇子は謹慎処分とする。そして今回の件に加担した8家は一階級降爵処分とする。それぞれ降爵後の爵位にあった領土へと再編するがそれについては宰相より追って沙汰を言い渡す。」
第二、第三王子は自身らが逆に廃嫡になるのではと恐れていたので、謹慎処分で済んだことに心をなで下ろしていた。
そして8家の貴族のうち男爵家が一つ混じっていたため、その家は今日を以って平民となることが決定した。
宰相が皇帝に何やら耳打ちをしている
「おお、そうだ。スペード家とクローバー家に聞かなければならぬことがあった。お前たちからは今回アズバーン地方を召し上げる予定であるが、あそこは獣人たちを中心した亜人族の多い土地だったよな?」
「その通りでございます。」
「まさかそこの住民たちを無理矢理拉致して奴隷紛いの扱いをしている…なんてあるわけないよな?
帝国は強さが全て。人種によって差別はせん。全ての国民が帝国の子である。まさかそんなことも知らんとは言わんよな?」
旧トランプ連合国では人間至上主義で、亜人種は奴隷として扱っていた。
中でも旧スペード王国とクローバー王国に跨るように存在するアズバーン地方は亜人種が多くおり、ここから多くの人々が奴隷として無理やり連れていかれるなど、有数な奴隷狩りの地域だった。
帝国に降伏した際、ただちに奴隷を扱うことをやめろと言われ表面上はやめていたものの、帝国の目が届きにくいアズバーン地方ではこっそりと奴隷狩りが行われていた。
「い、いえそのようなことはしておりません。」
ジョルジュは内心どう誤魔化そうかと焦ってはいるもののなんとか言葉を捻りだす。
「そうか、ならよいのだ。いやぁ東征将軍であるガルガロッソが何度も直訴してくるものでな。奴らはまだ奴隷狩りを続けているので現地に行って確かめる許可をくれ、とな」
皇帝が顎で指し示す方へ視線を向けると、物凄い形相でガルガロッソが睨んでいる。
ガルガロッソは獅子の獣人で帝国の中でも一二を争う程も力の強さを誇る歴戦の武人だ。
そんなガルガロッソが同胞たちを救うためにスペード領へ行きたいと言っている、これ程まずいことはなかった。
「し、しかし我らの地は自治権を認められていたはずです。それこそ降伏の際の条件に記されていたはず。」
スペード領とクローバー領は降伏時に、多くの土地を手放すことには合意したがせめて自分たちの旧王都周辺だけは自治を認めて欲しいと主張したため、自治領扱いとなっており、帝国の役人も口出しできない地となっていた。
「そうだ。だから確認しているのだ。領土の大部分は帝国の直轄領になったとは言え、未だスペード領は自治区として認めておる。お前たちへの確認無しに将軍を派遣する訳にはいくまい。だが、ここで奴隷はいないとスペード子爵は言っておる。とりあえずはこれでよいか?ガルガロッソよ。」
「陛下がおっしゃるのであれば従いましょう」
不承不承といった感じでガルガロッソは頭を下げる
一方、ジョルジュたちは気が気でなかった。
あのガルガロッソ将軍に全てバレている。
となると一時も早く奴隷たちを解放しなければ、今度こそ全ての領地も召し上げられてしまう。
今回の処罰を受けた結果、残るはそれぞれの旧首都ただ一つ。
このままではトランプ連合国の復権はおろか、スペード家やクローバー家の存続も危うい。
こんなはずではなかった。
ジョルジュは心の中で今日のやり取りを振り返っていた。
それもこれもあの【寝る皇子】のせいではないか。
あいつのせいで、あいつらの血のせいでどれだけ我らが苦渋を舐めねばなんのだ。
「ネルスは準備が出来次第ロストアースへと向かうように。では今日はこれにて閉会とする」
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