寝る皇子の辺境建国記
おやじ
第1話 寝る皇子、辺境へ飛ばされる
「我らはネルス皇子の廃嫡を要求致します」
そう言って頭を下げる老齢の男たちはこのルードヴィング帝国で伯爵位を与えられているスペード家とクローバー家の当主。
もっとも伯爵とは言うものの、もともとはそれぞれ一つの国の王族だった者たちだ。
彼らは18年前の先代皇帝の時代に戦わずして帝国へ降ったことで帝国において伯爵位を与えられている
「一応聞いておこう。なぜだ?」
そう答えるのは金髪碧眼で玉座に余裕の表情で腰掛けるこの国の皇帝。
息子の廃嫡を要求されているにも関わらず、焦った様子もなくいつも通りの表情で理由を尋ねる。
帝国は先代皇帝"覇王帝"の時代にその圧倒的な力を武器に周辺国を飲み込み、今や大陸の1/4を有していた。
5年程前に覇王帝の後を継いだ現皇帝“賢帝”は拡大の速度に追いついていなかった国内の内政問題の解決に注力してきた。
そして5年かけてようやく広大な領土が国として安定してきたと思った矢先に冒頭の貴族たちの要求である。
“覇王帝”とは先代皇帝の愛称なのだが、そう呼ばれるのには彼の持っていたスキルが関係する。
【ユニークスキル 覇王の才】
彼が生まれながらに手にしていたスキルで、スキルに含まれる権能には自身だけでなく彼に従う国の人間も強化されるというものもあり、周辺国から見れば凶悪極まりない力であった。
この世界には二種類のスキルが存在する。
一般的に多くの人が保有するコモンスキルと一部の人間にしか発現しないユニークスキルだ。
スキルは生まれた時から持っていたり、ある日突然発現したりするもので、コモンスキルも複数保持していればかなり優秀とされる。
しかし、国に一人程度の割合でしか発現しないとされるユニークスキルはその比ではない。
ユニークスキルに対抗するにはユニークスキルしかない。
そう言われるほどユニークスキルは強力な力だった。
そして現皇帝も【賢王の才】というユニークスキルを持っており、帝国は二代続けて傑物が帝位についていた。
しかし、件の第四皇子であるネルスは幼い頃に実施された鑑定の儀で、ユニークスキルはおろかコモンスキルでさえも確認されなかった。
それもあって今回スペード家とクローバー家は彼を王家の欠点と定め、攻勢に出ていた。
「ネルス皇子は皇子という立場にあるにも関わらず、政務はおろか怠惰に耽り毎日寝てばかり過ごしていると専ら民の評判で、中には【寝る皇子】などと揶揄する声も聞かれます。これまではよかったかもしれませんが、来年は成人となる18歳になられます。成人されてもあのままですと民たちに不満が溜まり問題となるのは必定。それを避けるために今回の要望を出させて頂きます」
皇帝は内心で誰がその民を煽ってるんだかと思いつつも表情には出さず続けて問いかける。
「で?廃嫡にしたいと?いささか話が飛び過ぎではないか?」
「我々は民の税のありがたみを身を持って知ってもらいたいのです
ですので恵まれた皇子の座から一旦降りて頂き、一領主として市井で生きる大変さを理解して頂きたいのです」
「一旦とな?」
「ええ、領主として民に認められば皇子の座に御戻りになってもよろしいかと」
そんなつもりは更々ないくせによくも白々しく言えたものだと皇帝は感心する
どうせ自身の娘らが産んだ第二、第三皇子の権勢を高めたいのだろう。
相手の狙いを正確に看破するものの、まずは喋らせるかと話を続けさせる。
一方でスペード家当主のジョルジュは心の中で歓喜の声を上げていた。
苦節18年。ようやく、ようやくトランプ連合国の復活に向けた第一歩を踏み出す。
連合国の内、ハート王国とダイヤ王国は滅ぼされ、我がスペード王国とクローバー王国は娘を差し出した上に領土の半分以上を取り上げられた。
今や歳も60近くとなり、自身より若いものに頭を何度も下げてきた。
しかし、そんな屈辱もこれまでだ。
まずは第一皇子と同腹の第四皇子を廃嫡に追い込み、皇帝の求心力を削ぐ。
そしてゆくゆくはトランプ連合国の血を継ぐ第二、第三皇子のどちらかが権力を握る。
幸い皇帝も話に聞き入っており、なんとか上手くいきそうである。
覇王帝はともかく、今代の皇帝は“賢帝“とは言われるものの穏健派で、どうにか丸め込めそうだとほくそ笑む。
ジョルジュはこう思っているものの、帝国側としてはそもそもトランプ連合国のハート王国とダイヤ王国が帝国にちょっかいをかけてきたので滅ぼしたというのが実情であった。
速攻で返り討ちに遭い、滅んだ二国を見て慌てたスペード王国とクローバー王国は降伏を申し出たのだが、その際に一つだけ条件を出していた。
"娘を次期皇帝の妻にしてほしい"
帝国としては向こうから仕掛けてきておいてなんとも厚かましい!滅ぼしてしまえ!といった声もあったのだが、他にも戦線を抱えていたことと降伏を認めないと今後の他国との戦争の際に降伏をしてこなくなる可能性を考え、追加で複数の条件を飲ませることで降伏を認めた。
「そこまで言うのならどこの領主がいいかまで考えているんだろう?」
「はっ。ネルス皇子には“忘れられた
ロストアースという言葉が発せられた瞬間、左右に並ぶ貴族からどよめきの声が上がる。
忘れられた大地とは帝国北東部にある森林や山などの一帯で、とても強力な魔物や種族が暮らすため、これまで統治が上手くいったこともなくずっと後回しにされていた地域だからだ。
「ロストアースは北部地域であるスペード家やクローバー家が隣接していたな。であれば危険な地であるということを理解して提案しているのか?」
あまりにも皇子にとって危険であるため、横から宰相が口を挟む
「もちろんでございます。なんと言っても皇子はあの覇王帝陛下のお孫様であり、もっとも可愛がられていたとか。あの覇王帝陛下がお認めになる方なのですから、かの地を治めるには最適なお方かと存じます」
内心ではスキルも持たずに怠惰に過ごしてばかりいるくせにと思っているが、そんなことはおくびにも出さずにスラスラと理由を説明していく。
忘れられた大地への追放。これがジョルジュたちの考えた必殺の策だった。
中央から物理的に離し、影響力を削いだ上にあわよくばかの地で強力な魔物に殺される。
そうなれば必然と第二、第三皇子の影響力が増す。
だからこそこの要望は通さなければならなかった。
「ふむ、ロストアースか。悪くないな。確かにお前たちが言うようにネルスが寝てばかりしておるのも事実。ここはネルスに任せてみるか。ちなみにこの案は誰が賛成しておるのじゃ?」
ジョルジュは皇帝の言葉を聞き勝利を確信する。
にやけそうになる顔を必死で取り繕ろいながら皇帝の問いに答える。
しかしこれでダメ押しだ。
我々旧トランプ連合国の貴族だけでなく、帝国の大物貴族も賛成していると言えば…
アランソン公爵家のリネット様を筆頭に我ら2家を含む計8家が賛成しております。
アランソン公爵家は帝国でも歴史ある名家の一つで、最近当主が長男に交代したての貴族であった。
「ほう、アランソン公爵家か。誠か?」
「はい。間違いありません。ネルス皇子の振る舞いにはかなり困惑の声が聞こえておりますので仕方あるまいかと。」
当主に就任したばかりのリネットは更なる権力を欲していた。
そのため今回の企みでうまく第二、第三皇子の後ろ盾となれれば一気に独り勝ちとなる。そう目論んでいた。
「わかった。では最後に第二、第三皇子も賛成していると考えていいのか?」
「「その通りです。」」
「よし。ではお前たちの意見を一部取り入れよう。第四皇子ネルスを忘れられた大地の領主に任命する。」
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