青煙

 時計の針はもうすぐ四時を指そうとしていた。その 糸魚いとよは布団の中でふと目を醒ましたところだ。何時いつもならばそのまま目を閉じて、再び眠りにつくところだ。しかし今は、何故だか頭まで冴えてしまっているようで、どうしたものかと考える。すると網戸の向こうで一陣の秋風がどうと吹いて、部屋のカーテンを揺らした。糸魚いとよは何か少し考えた後、その身体を起こした。そうして、その手に煙草とライターを取ると、ベランダへ向かった。

 ジッ、と石が火花を打ち、ライターに火を灯す。その火を煙草の先にそっと移す。ふっ、と息をつくと、口から薄い煙が漏れる。1mgの軽さは、真夜中と早朝の狭間であるこの爽やかな空気にぴったりだと思った。煙を吐く。暗い夜の中で、遠くの山の端が瑞々しい青を滲ませている。灯の落ちた天球に再び明かりが灯る兆しだ。夏の川の流れのような風が髪の毛を揺らす。糸魚いとよはゆっくり目を閉じて、ただ風を感じた。夜は静かだった。

 風が止むのと一緒に目を開ける。青い青い夜の中で、街灯と指先の火種だけがオレンジに光って、じりじり揺れていた。煙を吐く。まだまだ暗い空を、青灰色の雲の影が流れていく。冷たい静寂の中で、空に透ける宇宙と自分とが線で繋がるような心地がして、胸が一杯になる。煙草を持つ手を眼前の空に翳すと、オレンジの灯から煙が細くたなびいた。煙は青に溶けていく。山の端、空の果てが段々と、一層瑞々しい色を透かす。ゆっくりと夜は明けようとしているというのに、永久に時が止まったような静かな青色の世界。天球の真ん中で糸魚いとよはゆっくり瞬きをして、煙混じりの息を吐く。青い煙草の煙にその身を溶かす。指先に仄かな温もりを感じる。もう残り少ない。糸魚いとよは白の蛍光灯を受けて銀色に光る灰皿で、煙草の灯を消した。

 そうして、変わらず夜は静かだった。

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短編 減゜ @D_Gale

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