永遠の純愛
「西大寺警部……」
横顔に問いかける。
「ん?」
「どうしてそんなに出世したいんですか?」
「好きな女がいるんだ」
「え……」
「出世しないと結婚を許してもらえない」
そうなんだ……。
目の前が真っ暗になった。私は貴教さんの幸せのために利用されていたんだ。
それでやっぱりJKの制服を着る。
貴教さんを愛しているから。
「パトロール行って来まーす」
「あいよ」
鬼頭警部補が笑顔で見送ってくれた。
メイド服の女の子がチラシを配っている。いつもの光景だ。みんな生きていくために頑張っている。
あれ……
あの子たちは?
JKが三人、青い顔をして俯いている。これは見逃せない。
「ねえねえ、どうしたの?」
JKたちはちょっと警戒している。
「もしかして……同業者の子?」
「うん、そうかも。なんか困ってるのかなあ、と思って」
JKたちは顔を見合わせていたが、一人が思い切ったように口を開いた。
「友だちが、帰って来ないの」
「え?」
「お客さんと、散歩に行ったまま……。スマホにも出ないし、既読もつかない……」
ヤバいじゃん。
「お店には連絡したの?」
「そんなのないよ。うちら、ツイッターでお客さんを募集してるんだ」
アブナイなあ。
「ね、ケーサツに相談したほうがいいんじゃない?」
「ダメだよ。学校にバレたら退学になっちゃうよ」
「じゃ、どーする?」
「ちょっと来てくれる?別の友達がいるんだ」
「ふーん……」
言われるままについて行くと、雑居ビルの階段を昇るよう言われた。
「ここだよ」
ドアが開くと同時に、背中をドンと押された。
「何するの!」
部屋の中には、ヤンキー高校生らしき男が二人いる。
「おい、オバさん」
お、オバさんですって?
「あのさあ、アンタがJKポリスだってことはバレてるんだよ」
「ったく、二十歳過ぎのオバさんがこんな服着てぇ、キモいと思わないわけ、自分で」
たしかに、多少は抵抗感あるけど、私はJKたちのために……
「余計なお世話だっつーの。ウチらはさ、小遣い欲しくて、自分で考えてカネ稼いでるんだよ。裏オプション込みでさー、一日五万は貰えるわけ。あんたみたいなおせっかいなポリスに嗅ぎまわられると商売にならないんだよ」
「あ、あんたたち、大人に騙されてるんだよ」
「ばっかじゃない?ウチらは、自分の意志でやってんの。大人に操られてるわけじゃない。そんなに頭悪くないよ」
「いつか泣くことになるから、もうやめなさい」
「あーあ、オバさん。説教してるヒマがあったら自分の心配しなよ。今からヤラれて処女ソーシツしちゃうんだぜ」
「馬鹿にすんな!そのくらい経験済みだっつーの」
ヤンキーたちはニヤリと笑った。
「変なところでムキになるねー。まあ、ゆっくりと体に聞いてやるから。オ、バ、サ、ン」
襲い掛かってくるガキのうち一人をかわし、もう一人の急所にケリを入れて床に沈める。その隙にドアを破って脱出した。
「どうした、メグ」
鬼頭警部補が話しかけてくれた。この人は半端じゃなく怖い顔をしているが、心はとても優しい。奥さんと子供をとても大事にしている。
「もうどうしたらいいか、わからなくなっちゃいました」
「何があったんだ?」
さっき起こったことを話した。
「あの子たちが騙されないようにって、思って頑張ってきたのに……」
「大人がいつも悪くて、JKがいつも食いモノにされる。そんな単純な話じゃないのさ。逆に大人が利用されることだってある。まあ、そう落ち込むな。お前は西大寺警部にしっかりと付いて行け」
二日後、貴教さんに呼ばれた。
「皆藤巡査」
「はい」
「本庁と合同で、闇組織の壊滅作戦を実施することになった。当日は総力を挙げて敵のアジトに踏み込む。お前は俺と行動する。いいな?」
「はい」
「その場所は……、信じられんことだが、
紺のパンツスーツとパンプス。こ、これはドラマで
「お前はもう一人前の
私は裏切りません。どんなことがあっても。あなたが他の女性と結婚して幸せになったとしても。
その夜、二人ずつバディを組んだ五つのチームが現場を包囲した。音をたてぬよう侵入を開始する。
まず、一番手は私たちだ。
物陰に身を潜めて、合図を待つ。
「皆藤巡査」
「はい」
「お前とバディを組むのは、これが最後だ」
「え?」
「俺は本庁捜査一課に異動になる」
「出世、したんですね」
「ああ」
「じゃ……」
ドン
「なんだ?」
パン、パン
「発砲音だ。こちら西大寺、本部どうぞ」
「…………」
「なに?どういうことだ?」
「…………」
「わかった」
「西大寺警部……」
「皆藤巡査、俺たちは敵中に孤立してしまった。包囲したつもりが、外にいた他のチームは、敵の別動隊に攻撃され分断されてしまったらしい」
靴音が響いている。
「このあたりに隠れているはずだ。捜せ」
思わず身を縮める。
「皆藤、すまん」
「な、何を謝るんですか」
「こんな危険な目に合わせてしまって……。お前、まだ若いのにな」
「警部……」
「まだ、男も知らないんだろ?」
「ち、違いますって」
「そんなにムキになるな。俺だったらうれしいぞ。好きな女が純潔だったら」
「え?」
「だから、いつかお前を愛する男に出会うために、今を生き抜こうな」
「は、はい」
もう十分です、西大寺警部。今日、ここで終わっても。
「皆藤」
「このまま隠れていても死を待つばかりだ。あそこにドアが見えるだろ?
「はい」
「あのドアの向こうはヤツらの本拠地だが、そこを突破して非常口に逃れるしかない。非常口はドアから入って右側にある。俺がまず突入して敵を引き付けながら左に進む。お前はその隙に、非常口へ走れ」
「でも……」
「拳銃の使い方は知ってるよな」
「警察学校で習いました」
「よし、じゃ突入……」
「ま、待って」
「なんだ?」
「警部は好きな女性と結婚するって……」
「気にするな」
西大寺警部が私の頭をポンポンと優しく叩く。とろけるような甘い笑み。
ここはもう天国だ。思い残すことは何もない。
「さあ、行くぞ」
「はいっ」
音もなく影のように近づいた警部は、思い切りドアを蹴破った。
「警察だ、動くな!」
宣言したとおり、左側に進んでいく。
パンパン、パン
たちまち発砲音が警部に向けられる。
さあ、私の番だ。
突入!
拳銃を構えて……
右へ行けば非常口だ。
でも、私の心は決まっていた。
左へ、貴教さんの方へ。
決して届かない純愛、今夜それは永遠となる……
凄まじい音に包まれ、意識が遠のく。
もう痛みも感じない。
あれ、警部にお姫様だっこされている。
このまま天国まで連れて行って……。
……その時、少し明るくなった。
そして湧き上がる拍手と歓声。
え?
「西大寺警部、昇進おめでとうございまーす!」
ちょ、ちょっと待って、この状態、マジで恥ずかしいんですけど。
「メグ、良かったね、夢がかなって」
私にも祝福が。
どういうこと?、貴教さん。
「ごめんごめん、実は俺の栄転を祝ってくれるサプライズパーティなんだ。って、知らなかったのは、君だけなんだけど」
その時、パンッ、と発砲音が。思わず貴教さんにしがみついた。
「怖がらなくていいよ、ほら、クラッカー」
そうなんですか!?
「あ、警部、降ろして。恥ずかしい」
「恥ずかしいか?」
あたりを見回すと、
ウェイトレスの白い着物の女の人が、お酒を注いで回っている。
司会役のマスターが声を張り上げた。
「さて、ここからが本当のサプライズです!皆さん注目!!」
呆然と立ちすくむ私の前に貴教さんがやって来た。
おもむろに跪き、私の左手を取る。
え、え、まさか指輪ですか?
「皆藤めぐみ、可愛いからタイホする。終身刑に処す」
あのー、なんで手錠かけるんですか?
「うそうそ、やり直し」
今度は本当に、指輪をはめてくれた。
「メグ、誓いのキスをしよう」
「ダメ、恥ずかしい……」
「あれぇ、とっくに経験済みって聞いたけど?」
甘く、ドス黒い笑みを浮かべる貴教さん。
「もう、イジワルね……」
思わず、貴教さんの胸に顔を埋めてしまった。
「メグのことが一目で好きになって、ヨメにしたいと思った。そしたら上司が言うんだ。昇進して本庁に異動になったら許してやると。だから必死だった」
「それにしても、さっき私がホントに発砲してたら大変だったじゃないですか!」
「ああ、オモチャにすり替えて置いたから」
「もう……」
結婚した私は、特命捜査官から外れた。今では地味な制服で、生活安全課の窓口で、住民のみなさんの相談に乗っている。
穏やかで幸せな新婚生活だ。何もかも満ち足りている。
でも時々、あの頃の刺激が懐かしくてウズウズすることがある。そんな日は、家でこっそりJKの制服を着る。仕事から帰って来た、愛する貴教さんにサプライズを仕掛けるために。
裏アキバ特命捜査官 ~JK刑事メグの純愛 芦屋 道庵 @kirorokiroro
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