第51話 最奥にあるもの
「どれだけ降りるんだ……?」
下降を続ける魔法陣。
思ったより長い搭乗時間に、ルカがつぶやく。
「この昇降機によっていくつかの層を飛ばして行くのか、深い地下にポツンと部屋でもあるのか、それとも……」
緊張に手を震わせ出すユーリ。
たどり着いた先は、狭い正方形の空間だった。
ただこれまでと大きく違うのは、何を表しているのか分からない不思議な文様と絵図が、壁一面に記されていることだ。
「大丈夫、魔物もいない」
一応先を確認。
この部屋から続くのは、狭い一本の道のみ。
天井の高さは人間一人分といった感じで、ここにも紋様がびっしり描かれている。
踏み出す二人。
狭い通路に足音が響き出す。
「ユーリ、大丈夫?」
ドンドン大きくなっていく震えに、ルカが声をかけた。
「うん。魔物がいるわけでもなさそうだし、少し緊張しているだけだよ」
「それでも何があるか分からないから――――気をつけて」
ハッと、顔を上げる。
それはダンジョンに向かう前にいつも、ルカにかけられていた言葉だ。
ユーリは慌てず、自身を落ち着かせる。そして。
「…………ありがとう。大丈夫だよ」
その言葉に初めて、同じ温度で応えることに成功した。
「今は、君も一緒だから」
念願だった。
自分の無事を思う言葉をかけてくれるルカに、素直に向き合える瞬間が来たらいい。
そんな思いは、今かなった。
思わず満面の笑みがこぼれる。
ブランシュの家を出て二年。
狂ったように続けてきたダンジョン攻略。
何度もケガを負い、何度も死にかけた。
だが、大切な出会いもあった。
これまでのことを思い返して、思わず感慨にひたる。
今そこにあるのは、求め続けた『大切な何か』への期待。
出口はもう、目の前だ。
「……ついに、知ることができる」
震える手を握りしめながら、ユーリはルカと共に狭い通路を抜け出した。
「「…………」」
その目に映った光景に、言葉を失う。
これまで通過してきたどの層よりも高さのある、巨大な空間。
「なんだ……あれ」
つぶやくルカ。
そこには、100メールに迫ろうかという体長を持った巨大な人型の化物。
それは魔獣か悪魔か、それとも魔人か。
大きな角を持った化物。
頭部が羊の骸骨のような化物。
くちばしのような口を持った化物。
三体もの巨人が並んでいる。
見上げても見上げ切れないほどの体躯。そこから発せられる膨大な生命力に、ルカはすぐさま気づかされる。
この鎧を着ていてなお、現状は『裸で猛獣の前にいる』ようなものだと。
これまで見たどんな魔獣、どんな敵とも……ケタが違う。
そして悪魔にも魔人にも見える三体の巨人はなぜか、信じられない大きさの鎖で壁に拘束されている。
そう、規格外の力を宿すその三体は皆――。
「生きてる……」
呼吸に合わせて静かに肩を揺らすモノ、目だけを動かすモノ、指先を震わせるモノ。
それぞれ方法は違えど、確かに生を主張している。
「これは……?」
灰色の壁に三体の巨大な『何か』が磔にされた異常空間。
その中で、ルカの目が捉える。
どこか場違いな真っ白な塗料で、壁の一部にされた殴り書き。
「なんだ、この見たこともない文字は」
巨大な三体の魔人を前に、残された謎の文字列。
それなりに世界各地から人が集まるギルドの職員であるルカにすら、かすかな見覚えすらない。
「一体、何が書かれているんだ……?」
「――――偉大なる犠牲を忘れるな」
答えたのはユーリ。
壁の殴り書きを前に一人、力なく崩れ落ちる。
「私は……」
憔悴を交えた、鬼気迫る表情。
自分自身を抱きしめるようにしながら、ユーリは嗚咽にも似た声をあげる。
「私は忘れている……とても、とても大切な何かを…………っ」
その日ついにたどり着いた、ウインディア王国ダンジョン最下層。
ガタガタと震え続けるユーリの腕を引き、ルカはギルドへの道を戻っていく。
最下層への到達は終わりではなく、物語の始まり。
そのことをまだ、ルカは知らない。
第一章 ダンジョンと魔法の鎧――――完
ルカは【鎧】の英雄へ~不遇鍛冶師が、急成長で世界を駆けあがる~ りんた @RinRinRinta
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