第34話 雨宿りをしていた鳥でさえ逃げ出してゆく

 こうして、顏にそこそこのコスメでメイクをし、雨ガッパ代わりに穴をあけたゴミ袋を頭からかぶり、太鼓を叩きながら、雨の森のなかを、あの壁の町へ向かって進む集団が完成した。

 シキさん、ラナさん、そして、おれ以外はみんなその格好だった。みんなと合わせて着替えるふりだけして着替えなかった。

 雨の降る森のなか、仕上げた扮装をまとって、列を成し、ラナさんの家まで向かう。場所は教えておいた。太鼓を鳴らすと、雨宿りをしていた鳥でさえ逃げ出してゆく。

 その列から、だいぶ離れた場所で、おれたちは傘をさしながら森を進んだ。そこから異形の集団を見ていた。

「死んでもあのなかには混じりたくない」

 ラナさんが断言してゆく。遠慮も配慮もゼロだった。気持ちはイタいほどわかる。

「つらい」なんとなく、そうつぶやいていた。さらになんとなく続けておいた。「この世界がこんなことになってしまって」

 そう仕向けたのは、じぶんだった。そこは棚の上に置いた。その棚からは、きっと、二度とおそさない勢いだった。

 シキさんは「ゴールがみえない」と発言してゆく。「これは作戦というより、カテゴリとしては実験だな」

「先回りして、遠くから様子をうかがいませんか」

 とりあえず、壁の方向を指さして提案する。さらに「できるだけ、可能なかぎり遠くから様子を」と、強調していった。

「近道ならこっち」ラナさんは指出し、それから反応も待たずに「せい」と、いって駆けだす。シキさんは黙々と続いた。

 傘は二本しかなく、やはり、ラナさんとシキさんにそれぞれ一本ずつ分配さわれていた。よって、おれは森であまざらしだった。

「キミもゴミ袋かぶれば」と、ラナさんがいった。

 行列のみんなが、雨ガッパ代わりにゴミ袋に穴をあけて着ている、あれのことをさして言う。

「好きなデザインじゃないからいいよ」

 雑に拒否して、そのまま雨に濡れる方を選ぶ。すると、もうラナさんはそのことについて、何もいわなかった。

 示された近道は、かんたんには進めないルートだった。まっすぐじゃない場所をゆくし、そのそも、道ですらない。しかも、雨がふっているなら森をゆく。ぬかるんでいるし、木の枝や、葉っぱが先を阻む。けれど、ラナさんは、すいすいと進んだ。シキさんは遅れをとらない。ふたりとも傘をさしているのに、まるで傘がないように器用に全身する。

 こっちは這うようにして、なんとかふたりのスピードに合わせた。何度か、ずる、っといって、こけて泥だらけ、葉っぱだらけになった。ただ、しばらくすると、雨が泥も流れた。

 正面にみえるのはシキさんで、ふと我に返ると、コンビニの制服を着た人が、こんな森のなかにいる異様さに、違和感の復活した。

 いったい、なぜこんなことになったんだろう。そうだ、それは町にコンビニが出来たばかりに。つまり、文明の頂点、コンビニが出来たばかりに、それをなんとか失わないようにしようとして人間たちは、こんなことを。

 けど、もう起こってしまったことはしかたない。おおきく、なにかをあきらめて、それも棚の上においておく。今日たくさん詰んだその棚は、いつか崩壊するかもしれないけど、そのときは、よけるまでだった。回避しよう。

 そんなことを考えているうちに現れた斜面の向こうに壁が見えた。

「壁だ」思わずいった。

「そしてキミの人生の壁にならなきゃいいけどね」と、ラナさんがよくわからないことを雨の森のなかでいってきたので無視した。対応できる心のスペースもあまりなかったのもある。

 ラナさんとシキさんは、ぬかるんだ斜面を魔法でもかけたみたいにすいすいと登り切る。もはや、水性生物みたいだった。こっちは這うようにしてのぼりはじめる。ふたりの遅れること三十秒、なんとか斜面を登り切った。とちゅう、二回、みごとに足をとられて、ころんで、泥だらけにまみれた。

 のぼりきると、ラナさんが「サカナくん」と、名前だけ呼んだ。

「ラナさん」と、こっちも名前だけ返す。

 そこへシキさんが「どこか観察に好い場所ってあるか」そう問いかけた。

「見張り台がある」

「見張り台」

「ゾンビが来るのを見張るためのー、見張り台だ」ラナさんは、シキさんに断言をぶつけていった。

「ゾンビみたいなもんの来襲もんを見張るのも最適そうなだね」

「うん、ゾンビみたいなもんの来襲を観察するのにも使えると思う」

 まるでこの日、この時のためにつくられた見張り台とも思えてくる。ただ、そのゾンビみたいなものというのが、同じ町の人たちだということがどこか寂しい。でも、根本では平気だから、タチが悪い。

「行こう、サカナくん。あの場所へ、わたしたちのはじまりの場所へ」

「そこに終わりがあるんだね」

「あいー」

 ラナさんは妙な返事をした。そこそこ調子にのっているらしい。でも、落ち込んでいるよりは好い。

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