第32話 件

 コンビニへ戻り、まず丁度店にいた店長さんへ話をした。

「シキさんのストーカーがこの町までやってきたので、シキさんがこの町から出てゆかねばならず、このコンビニをやめる件」

 と。虚言と真実を混ぜたものをいった。まったく迷わず。

 とたん、店長さんは「そぉ、それはー、一大事じゃん!?」と、騒ぎ出す。シキさんが仕事を抜け出していたことも一瞬で忘れて慌て、その場で頭を両手で抱えた。

 すると、たまたま店にいてその様子を見ていた近所に住む厄介事好きなおじさんたちが、なんだ、なにごとだと、近づいて来た。そこにいたシキさんへ、ど、どーも、と照れながらあいさつをしつつ。

 そして、そちらにも説明した。

「シキさんのストーカーがこの町までやってきたので、シキさんがこの町から出てゆかねばならず、このコンビニをやめる件」

「なんとお!?」

 おじさんたちも見事に騒ぎ出す。そして大きく猛った。「そんなヤツは、ギッタン、ギッタンにしてやるんだもの!」

 ひとりが叫ぶと、あとは「だもの」「だもの」と、うなずき、猛りを共有してゆく。

 そこへ近所の顏みしりのおばあさんが店へ入って来た。集まったおじさんたちの異常な興奮状態をまえにして「なにごとかね」と訊ねた。「もしかして、あんたらもFXで老後資金を溶かしたのか」と。

「このコンビニがなくなるかもしれないんです」今度は情報を端折って伝えた。

「ああ、それはだめぇええ!」おばあさんが声をあげた。「もし、この店がなくなったら、ちょっとしたコスメが買えんようになる!」

 妙に生々しいを放ち、、おばあさんも猛り出した。「なんなの、いったい、なにがどうしてなの!」腕に掴みかかって問いかけてくる。あまりに必死だった。迫られると、そこそこの迫力がある。

 そうしていると、また新しいお客さんが入って来た。近所の別のおばあさんだった。

「たいへんなのぉ!」おばあさんは知り合いのおばあさんへ向け激しく訴えだす。

 そうして、その後は店にお客さんがやってくるたび、猛りは感染していった。

 それも、あまりにかんたんな感染だった。かるく、ひとこと、このコンビニ存続が危機に、と耳すると、あとはみんなよく説明を聞きもせず、全力で騒ぎ出す。さらに、その場で、スマホをとりだし、情報を拡散しはじめる。パンデミックをリアルで体験している気分だった。

 店内で騒いでいたのは、おれたちをのぞいて、最初は四人くらいだった。それがみるみるうちに、五、六人と増える。母数が増えると、さらに騒ぎを聞きつけた人たちも店にやってきた。

 やがて、だんだん店の中は人がいっぱいになり、息苦しくさえなってきた。酸素も薄い。そこで、ラナさんとシキさんとで外に出た。

 すると、いつの間にか天気が悪くなっていた。あのペンキっぽい青さもなくなり、大きくつよそうな雨雲が空にある。雨が降りそうだった。

 いっぽうで、騒ぎはまったく収束しそうになかった。むしろ、パンデミックが勢力を拡大してゆく。

 店には車で駆けつける人、自転車で来た人、走ってやってくる人がいる。町の人々が集合しはじめていた。それも、例外なく、異様な興奮状態だった。

 みんなヒマなのか。仕事しているのか。そんなふうに身近な社会を不安になるほどの、あっけなく、人が集まって来た。「おい、聞いたたぞ!」「このコンビニがなくなるだって!」「いあだぁ!」

 大の大人がどうしたんだ、という感じで動揺している。本気の狼狽、というのを間近で見たのは、はじめてだった。ただ、うれしい体験でもなかった。

「かかか、帰りにビールが買えなくなるじゃないか!」作業着を来たおじさんが叫ぶ。「ちょっとしたコスメがぁ!」と、べつのおばあさんが叫ぶ。

 ちょっとしたコスメは人気だな。

 そして、カオス。ここにカオスが仕上がってゆく。

 ふと、ラナさんが「サカナくん、わたしはこの様子を、いま、ひじょーに、ムズカシイ気持ちで見守っているよ」と、胸のうちを言語化して教えてくれた。

 まだこの町へ来たばかりのラナさんには、なんだか申し訳なってしまう。

「これがこの町の正体です」

「なんとも純朴だもの」

「純朴というその言い方には、かなり気を使ってもらっていると感じてます」

 ラナさんへ一礼をする。それから店のまえで、騒ぎに騒ぐ人々へ視線をうつす。

 店の駐車場で、大人も子供も、騒いでいる、うごめいている。幸い、顔なじみの同級生の姿はなかった。同じ歳のにんげんがこの騒ぎに参加していないことに対して妙に安心した。

 その間も、天気はどんどん悪くなっていた。黒煙みたいな雲が空をおおいだす。

「で、これ、どうするんの」やがてラナさんが問いかける。

「この状況をなんとか作品にまで仕上げてやるもの」

「具体策はあるのかい」

「いまから編み出します」

「いつだって、いまから編み出すよね、サカナくんってば」

「ええ」

「貯金の残高ゼロでも引き出そうとする人なのよ、きっと」

「ええ」

 と、しか反応できなかった。ジャストミートの図星だったし、返す言葉もない。

 そこで気を紛らわせるためにシキさんの反応をうかがう、そっと顏をのぞきこんだ。

 シキさんは口を閉じて、腕組みをして騒ぎを見ていた。まんじりともしない。不動の像みたいだった。

 けど、やがて、ゆっくりと腕組みをとく。

「マジ歯ごたえのある町だね」

 けっか、得体の知れない感想を言わせてしまう。たぶん、気もかなりつかってのコメントだった。

 にしたって、そんな発言をしないといけないシキさんを気の毒に思う。させたのは、自分のくせに。

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