第31話 ギッタンギッタン

 いま、オビレを待たせている。と、歩きながらシキさんはいった。

 車の入れない森の中の獣道を進む。あいかわらず昼間でも、少しうす暗かった。山鳩の声もそこら中からきこえる。

「これからすぐにそっちへ行く」シキさんはスマホをいじりながらいった。「って、メッセージを奴に送ってから、一時間半が経ったぜ」

 報告なのか、なんなのか、とにかくシキさんは平然とそれをいってのける。相手は悪者とはいえ、返しの発言にこまったので、何もいわずにおいた。

 けど、ラナさんは「悪党なんざ待たせるだけ待たせておけばいい」そういった。

 こっちは代わりに「待たせてる場所って、ラナさんの町ですか」と、訊ねた。

「うん」

「忘れてた」ラナさんが、はっとなった。「いかん、早くすべて始末しないと親たちが帰ってくる」

「それまでにオビレをギッタンギッタンにしてやるんです」

 先頭を歩きながらそういうと、ラナさんが「現実の会話でギッタンギッタンにしてやる、っていった人、初遭遇です」敬語で教えてくれた。

 なぜ、ここで距離をとるんだ、ラナさんは。相変わらずよめないし、そこが高評価でもある。

「どうする気だ、そこのサカナ少年」

 シキさんが大きく訊ねてきた。

「どうするって、勝つんです」

「まだバカみたいに平たい回答してきたな」シキさんは淡々とした口調でいった。けど、そんな返しをしつつも、あとからちゃんと歩いてついて来る。「とにかく、がんばってみせてよ、わたしを深夜のシフトに留めさせるために」

「作戦はあります」

「え、あるのかい?」ラナさんが、ひどく衝撃を受けたような顏する。少なくとも、近い距離の味方のすべき反応じゃなかった。「てっきり、飛び出してこうぜ、青春! みたいにただ勢いだけで戦うのかと思ってた。オール無策で」

「その飛び出そうとしたラナさんのその青春はひっこめてください。タンスの奥にでも」

 やり取りを見かねるようにシキさんが口を挟む。「キミらちょっぴりヤンチャなキッズふたりが正面から言って勝てる相手じゃないよ、オビレは。あれでも、取っ組み合いってなると、訓練してるし、実績もある」

「正面からなんて行くワケないじゃないですか」

「じゃあなにさ」口を開いたのはラナさんだった。「地面を掘って、気づかれないように奴の足元まで地中を進んで、で、いきなり、土から手を出して、足を掴んで、土のなかへ引きずり込んだする気なの?」

「そんな虫みたいなことしませんよ」

 答えると、シキさんが「この方向って、もかして店にむかってる」と訊ねてきた。

「ええ」と、いってうなずく。「まずは店へ行きます」

 すると、ラナさんが「店に向かうのも作戦の一部なんだね、サカナくん」そういった。

「ええ、オビレを倒します。町のみんなで」

 そう告げて振り返ると、後ろをついてきていたシキさんがきょとんとした。

「町のみんなで」

「はい、町のみんなで」重ねて告げる。「全員攻撃します、数で勝ちます。数の暴力を振るいます」

 無意識のうちに、足をとめて、言い切っていた。シキさんからはきょとん、としたままで動きがない。

 ほどなくしてラナさんが「お、おおよ!」と、なにかをかばうように、たどたどしく、拳をつきあげた。それでも、シキさんは無反応だったので、ラナさんは「でも、サカナくん、みんなの空気がヒジョーにわるい、我々の士気が、いま行方不明だよ」と、教えて来た。

 だが、時間差でシキさんは「この町みんなで全員攻撃?」と問いかけてきた。

 そこで「ええ」と、堂々とうなずいてみせる。

 隣でそれを見ていたラナさんも、なぜか、あわてて調子を合わせて「ええ」と、うなずいてみせる。気を使っているらしい。

 もちろん、よくわからない作戦を発表され、シキさんを手の尽くしようのない気分にさせたかもしれない。けれど、こっちは、もう引き下がれない。

「町の人を巻き込んで、あいつをやつけようってことか」シキさんがいった。

「ひらたく言えばそういうことです」うなずいてみせた。

「そう、そういうことです。シキねえさん」ラナさんは、指をさした。さらに、野球部のかけ声ような、しまっていこー、みたいに「ひらたくいこうー」といった。

「町の人を巻き込むって、どうやって」

「今日は狂ってる日なんです」

 落ち着いて、それを告げた。

「なら、きっと、にんげんだって狂いますよ」

 根拠は、この町の狂いを信じている、それだった。

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