第30話 狂いを、ままにしてあげる

 いったん外の空気を吸おう。そうきめて、三人で店をあとにした。珈琲フロートは一杯、ぴったり五百円だったので、ぎりぎり手持ちのコインで乗り切れた。

 外に出て、国道のそばに立ったラナさんは、背中を見せたまま、空を見上げながらこういった。

「我々は正義ではない」

「どうした」と、声をかけると、ラナさんはくるりと振り返った。そこでさらに言った。「キミもまた、自分を見失ったのかい」

「自分を見失った。それはいままでの自分からの脱出ともいえる。、だからこそ、できることがあると思うんだよ、サカナくん。わたしたちは、シキ姉さんを失えば同時に、この町からコンビニを失うキケンがある」

「うん、そうだね」

「わたしは、それだけは、それだけは許せない………この町からコンビニがなくなったら………わたしは文明的自我を維持する自信がない」

「うん、シキ姉の敵は、この町の敵だ」

 断言して、互いに顏を見合う。ラナさんの目をやはりまるくて大きい。

 それから、置き去りにしてた本件の中心人物であるはずのシキさんの方へ顏を向けた。シキさんは無表情でこちらを観察していた。

「シキさん」

「どうした」

「シキさんは、これから、あのオビレと戦うんですよね」

 訊ねると、シキさんは「まーね」と、かるく応じた。

「で、勝っても負けても、シキさんはこの町から出てゆくんですよね」

「そのつもり」

「なら、シキさんには勝たせないし、負けさせません。というか、戦わせません」

「その発言から早々に総合判断して、きっとキミは由々しきことを言い始めてるな、サナカ少年よ」シキさんはそういった後。「でも、ここはひとまず、泳がしてみる」と、宣言した。

「とにかく、シキさんがいなくなれば、この町からコンビニが消滅する危機なんです」

「うん、そこもまだ泳がしてあげる。狂いを、ままにしてあげる」

「でも、考えたんです。だったら、シキさんはアイツと戦わなきゃいい、と」

「少年期特有の勢いで言ってるんだろうけど、いいか、少年、扶養家族ポジの少年、それを名案だと思うなよ。のっぺりしたアイディアでしかないからね」

「代わりに、おれたちが戦います」

「やっぱ、そこへ着地か」

 シキさんは淡々とした口調でそういった。

 けれど、かまわず、続けた。止まったいけない。

「おれたちがオビレを倒します。そうすれば、シキさんは勝たないし、負けない。この町から出てかないでいいってことになるはずです」

「そうかなぁ」

 と、シキさんは渇いた声を発す。あきれ果てているらしい。でも、こちらは手を緩めない。

 一気加勢にゆく。勢いしかない生命は、それをするしかない。

 するとラナさんもくわわる。「わたしがアイツを始末する。やつける、内臓をへし折る」

「内臓は折れるは無い」シキさんは指摘した。「内臓はひねりつぶすんだよ」物騒な修正もくわえて。

 それから、ふと、空白の時間が始まった。不思議と、なんとなく、誰も発言しない。

 空はまだまだあの青さだった。雲は朝から減りもしなしい、ふえもしない。無風だし、さっき出たばかりの国道沿いの喫茶店には、新規の客がやって来ることもない。

 最終的には、おれとラナさんはシキさんをみていた。

「よし」

 ふと、シキさんが声をあげた。

「もう少し、きみが泳ぐところを眺めていたくなってきた」

 よくわからない発言にしあがっていたけど、とりあえず、このまま続行とだけは理解した。

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