第29話 けっきょく、キミも必死になるしかないのさ

「一か月まえ、兄から連絡があった」

 シキさんは肩をすくめてそう話す。

 兄からはマズいときにしか連絡がないと、さっきき語っていた。

「お前の古巣の組織が崩壊したぞ、そういうことだから、あとはガンバレって、そんなふうな連絡だった」

「それって、つまり」聞き返そうとして、すぐに表現方法に迷いが出た。「記録の殺し屋のひとたちが集合していた………っていう、その組織のことですか」

「わかりやすく、仲間割れだって。クリスピーに割れたって」

「新発売のお菓子みたいな感じで言いましたね」

「組織の本拠地があった場所で、少しまえにゴタゴタがあったって。もともと危うい業務内容だったし、それを可能にさせてた後ろ盾の組織が壊れたのが原因っぽい」

「あの、よくわかってませんが、裏社会的な話をされると少しコワいです」

 正直に臆病を宣言しておいた。隠して、無理して、やがて、どんずまっても迷惑がかかるだろうし。

 すると、不意をつくようにシキさんが笑顔になった。

「ごめんね。この案件は、わたしが今日、きっちり片づける。キミたちにへもう無害な状況へもってくから」

 ふわ、っとシキさんが笑顔のまま言う。

 いままで、笑った顔を見せていなかったせいか、新鮮でしかたなかった。しかも、シキさんは笑うと、じぶんたちより、年下なんじゃないかというほど幼くみえた。笑顔に魔力でも仕込んでいるのかと思えるほどだった。

 その笑顔も次の瞬間にはひっこめっれてしまった、シキさんの顏は、いつも通りの淡々とした表情にもどっている。

「話が前後したけど」シキさんが、仕切り直しをいれた。「アニキからの連絡は『記録の殺し』で、大きな内輪もめがあった。それで、なんだかんだで、ボスが言ったらしい。しかたない、いまから全員で戦って、勝ったヤツひとりが唯一の今後は『記録の殺し屋』でやってくことにしよう。特別なデータ消去プログラムも、そいつひとりが引き継ぐ、って流れになった。どうしてそういう流れになったのか、細かい経緯までは、わたしもきいとらんがね」

「つまり、おだやかじゃない、ってことですかね」

「それは合ってるコメントだと思う」

 シキさんは認めて続ける。

「オビレは死ぬほど器用な男だった。けっきょく、あいつが同じ『記録の殺し屋』仲間を全員倒したみたい」

 それをきかされ、いまになって、心臓が新しく異音を鳴らした。そうか、じぶんはさっきまで、とんでもない人間と会って話てたんだと思うと、心がまた落ち着かなくなってきた。しかも、勢いだけで逃げ出した。じつは、逃げ切れたのは運が好かっただけで、それもぎりぎりのところを通り抜けてたらしい。

 すると、ラナさんが「生き残りって、サバゲーでやってたやつと同じだ」といった。

 ああ、たしかに。声には出さなかったけど、その納得は表情には出していた。

「そう、そこだ」

 びっと、シキさんが指をさす。

「オビレは『記録の殺し屋』たちを全員倒した。でも、ボスは認めなかった」

「それって、もしや」

「なぜなら、まだ、わたしを倒してないから」

「しかし、シキさんはバックレたのでは」ラナさんが問い返す。「逃げ出したのでは」

「まず、逃げ出したヤツを逃がしっぱなしってのは、向こうにとっては大きな恥ってのがある。それに、わたしは組織ではナンバーワン付近だった」

「優秀だったんですか」

「向いてたのかもね、あの仕事」

 頬杖をついたシキさんは、まるで他人事のような口調でいった。

「わたしはいまでも現役で狙われとるのさ。それってば、最悪なんだわ。いつ見つかって、やって来られるかわからん。だから、逆にワナをしかけた。サバゲーがそれ」

「サバゲーがワナ」言いながら見返す。説明されるまでもなく、もうなんとなく、わかっていた。そして、そのまま口にしてた。「『記憶の殺し屋』は『記録の殺し屋』であって、そして、最後ひとりになるまで戦うサバゲーの設定」

「どこかできいたことのあるような設定のサバゲーを用意すれば、あいつは史上最高に臆病者だし、データの海からみつけだすのはわかっていた」

「ワナだ」とラナさんがいった。さらにもう一度。「ワナだよ、サカナくん」

「でも、まさか今日、来るとは思わなんだ」

 シキさんは予想外の展開に、うんざりもしている感じがあった。

「今日は急な昼のシフトが入ったってのに。あーあ。しかなない、まあ、今日は来ない来ない、って、理由もなくタカをくくって引受けたってのに。まさかよりにもよって今日来やがって」

「ご立腹ですね」

「店のまえで車が事故ってた時点で、ああ、なにさ、今日来るのかぁ、ってなったわ」

「あの時点で分かってたんですね」

 いわれてみれば、あの時、シキさんの様子はただならぬ気配があった。

「来るものが来た。その時が来た、それが今日だった、ってね」

 淡々といって、シキさんはまた遠くを見た。視線の先はやっぱり濁ったガラスの向こうだった。

「あ」そのとき、ふと思って、聞いた。「あの、シキさん、そういえば、さっきこの町に来たのは一か月前っていってましたよね」

「うん、いったよ」

「一か月前から店で働いてたんですよね」

「そうだ」

「でも、おれ、シキさんが店にいるの見たの、今日がはじめてですよ」

「ずっと深夜のシフトだったからね。夜の十時から、朝の六時まで」

 そうだったのか。なるほど。なら、会わないはずだ。あのコンビニには日中しかいかないし、朝六時もなかなかいかない。そうか、シキさんは深夜に働いていたのか。

 けど、ちょっと待て。まてまてまて。納得して通り過ぎようとしかけて、巻き戻す。

 いっぽう、シキさんは話を進めていた。「これから、わたしがオビレと決着をつける、今日ですべて終わらせる」

「ぶっとますの?」と、ラナさんが無邪気だが、雑なんだか、わからない聞き方をした。

「二度と奴がやってこないようにする」

 断言を受けて、ラナさんがさらに「そのあとは」と聞いた。「決着がついた後は、シキ姉はどうするの」

「わたしはこの町からも消える。どう決着がついたとしても、わたしはいなくなる、この町から」

 どうなっても、シキさんはこの町からいなくなる。

 それをきいて、考え、とたん、はっとなって、あげく「ややん!?」と、感情を言語化できず妙な声をあげてしまった。

「や………ややん?」

 おかしな、発声を正面から受け、シキさんは少し戸惑ったらしい。

「マズいです」でも、かまわずいった。「マズいです、それは」

「ん、なにが?」

「だって、シキさんこれから決戦なんですよね」

「そういうことになるわね」

「しかも、結果がどうなろうと、この町からいなくなるんですよね」

「残ればめいわくかけるしね。いや、もうキミらにめいわくカケてるが」

「シキさんがいなくなるとこの町は終わりなんです」ついに熱を込めて、断言してしまう。身体もまえのめりだった。

「なぜだ」

 とうぜん、ボールを打ち返すように問い返される。

「だって、もしシキさんがこの町からいなくなったら、平日とか、深夜にあのコンビニで働く人がいなくなってしまうもの。そしたら、この町は、たちまちコンビニ絶滅の危機に陥ってしまいます」

 発言した後で、なかなかどうして、かなりな自分勝手な言っていると気づく。自分のことしか考えていないことを証明してしまっている。

 言われたシキさんは、しばらく無反応だった。それから、片手で頭をかきながらこういった。

「わーお」

 それはそれで、どういう感情の反応なのかがわかりにくかった。

「サカナくん、必死だね」

 ただ、ラナさんが言ったことはよくわかった。

「不憫も入ってる」とも、ラナさんがいった。

「でも、ラナさん」

「おっちっち、サカナくん、いやー、わたしはもうキミは、あんまし追加の発言しない方がいいなー、っと思ってるけど、でも、まあ、きくよ、さあ言ってみなよ」

「この町でチョコ買える場所が、なくなるかもしれないよ」

 そう伝えるとラナさんは三秒ほど黙ってから「泣けるね」といった。その言葉の表現はともかく、秒後、ラナさんはこっち側にやってきた。

 ラナさんが仲間になった。

「サカナくん、わたしはね、シキ姉さんが、この町からいなくなると想像したら、涙が止まらなくなりそうだよ」

「だろ」

 うなずいてみせる。

「けっきょく、キミも必死になるしかないのさ」

 出た言葉は、どこか悪党みたいな台詞に仕上がってしまっていた。

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