第27話 喜望峰
かつて、この世には大マイカーブームというのがあったらしい。
それは祖父から聞いた話だ。一般庶民が、自家用車を買うことが流行りに流行っただという。それで、そこらじゅうを一斉に車が走るようになった。
そのマイカーブームにひきずられて、ドライブも流行ったらしい。
さらにドライブが流行ったことで、各地に、ドライブ客の受け皿として、ドライブインも同時多発的に出来たらしい。
そして、この町にいくつかある喫茶店のほとんどは、その頃に出来たものらしい。まだ町で、営業しているのは、二つだけある。それらの店はどっちも夜はスナック的な店賭して営業しているときいた。
店のなかに入ったことはない。小さい頃から、ずっと外から見ているだけで、通し過ぎるだけだった。
けど、今日ついに、あの不透明な窓ガラスの喫茶店の中へ入った。
店の名は『喜望峰』だった。見上げた年季の入った看板には、かつてツバメの巣がくっついてたあとが残っている。
鳥が巣立ったあとの店か。
中に入ると他のお客さんはひとりだけだった。おじいさんが店のはしっこの席で新聞を呼んでいる。テーブルには水とチョコレートパフェが置いてあった。アイスにチョコレートを上から、正直にかけただけの代物らしい。ガラスの容器から見える断面では、アイスとチョコが層になっている様子はなく、アイスにささったウエハースも市販で売っている店でよく見るやつだった。こだわりがないのがこだわりなのかもしれない。
そして、店の中心の柱に掲げられた鳩時計。
さっき、ちょうど二時になったとき、鳩時計の窓が開いたら、鳩が出てこなかった。なのに、鳩の、ほっほー、ほっほー、という鳴き声だけが聞こえた。
もしかして、心の綺麗な人にしか見えない鳩なのか。
それはそうと、店のなかは、まだ昼だというのに、なぜかやや夜のにおいがした。
これが黒い交際の場というのか。
いや、たぶん、ちがうか。
つい、浅い考察をしてしまう。ひとり遊びの得意さが勝手に活躍してしまった。
「さあ大作戦会議、始めるよ」
そこへ小さなテーブルを挟んで向かいの席に座っていたシキさんが宣言する。もちろん、大作戦な感じはいっさいない。
おれの隣にはラナさんが座った。集中力を欠いたら肩がぶつかる距離だった。
シキさんはコンビニの制服のままだった。はたから見ていると、店の仕事をサボっている人のようにみえなくもない。きっと、しっかりしたコンビニだったら、制服姿のまま、店の外を徘徊しないように指示されているだろうに。
そういう意味では、コンビニの店員さんの姿で自由にこのあたりをうろつくシキさんはよりルールの外側の存在めいていた。堂々としているというともすこしちがうけど、最終的には無理なくこの世界には馴染んでいる。
ほどなくして目の前のテーブルにはアイス珈琲にバニラアイスをのせた珈琲フロートが三つ運ばれて来ていた。セレクトはシキさんだった。
「ここは驕る、さあ、おおいに飲んで食って」
たしかに珈琲フロートなら飲んで食える。小さな出費でその派手な台詞も実現可能だった。
とりあえず、なんとなく無言のままアイスを無理やり十秒で食べきった。すると、見ていたラナさんが「そういう一面もあるのね」といった。
このアイス部分を十秒で食べるという蛮行を目にして「キミはもかして人生でアイス食べるの初めてなのか」シキさんが、本気かどうか訊ねてくる。ムシしても「餓鬼道に堕ちたぐらいの食べっぷりだ」と、深追いしてくる。
それも無視していると、ラナさんが「わたしのはんぶんあげようか」と、いわれた。やさぐれていたところへやさしくされ、とたん、光りを眩しむようになり、慌てて「いいえ、だいじょうぶです。これでもちこたえてみせます」我ながら、迷走した発言を返す。
じつに、かっこうが、わるい。
「大作戦会議、再開するよ」
そこへシキさんがそう宣言し直す。
再開ということは、いままでのこの非生産的としか思えないやりとりのなかにも、作戦会議部分があったのだろうか。
「サカナくん、そういうヒクツな顏もできるんだね」ふいに、ラナさんから言われる。今度は、心臓が大きくなった。これはマズいなと思って、顔をむけると、少し笑いながら「キミもまた、にんげんだなんだな、って思えて安心する」と教えるようにいって、ストローの先を歯に添えた。
たぶん、皮肉じゃない、感想だった。不思議と潔い解放感もあった。
いまこうして隣にいるラナさんが笑っているのに、こっちがギスギスしているのは、ひどくもったい人生をいきている気がして、気持ちを全面的に切り替えた。もちろん、問題や違和感の棚上げにした。日付けが狂い、不出来なおとぎ話みたいない今日、このいまに意識を当てて行く。
そこで「あの」と、積極性を見せようと、こちらから声をかける。「やつけるって、あのオビレって人をですよね」
わかりきったことを、あえて、ここで口にしてみせる。
「そう、あの男」
シキさんは答えながら、うんざりした表情をみせた。かの人に、いい思い出はなさそうだった。
なるべく、しげきをしないように聞いた。
「あの人は、なー………何者なんですか」
「サカナくん、あいつに何か聞かされたのかい」
「きかされた」
問われて、そう、あの人から何を聞かされたかを思い出す。
けど、ふと気づく。おや、っとなって顏を見返す。いまのシキさん発言に違和感をおぼえた。
「はい」と、小さく挙手した。「シキさん、質問です」
「どうぞ、そこの扶養家族の少年」
「なぜシキさんは、おれがあのオビレって人と話したことを知ってるんですか」
「うん、見てたからね」
「いたんですか」
「隠れて見てたよ、虫みたいに」
そう言って返される。すると、次にラナさんがストローから口を離し「わたし、シキ姉さんに助けてもらった」と、会話の流れに添うことなく、自由に補足情報を添える。ストローを口に咥えたままだった。
シキ姉さん。
そうか、いま、ラナさんはこの人のことをそう呼ん出るんだ。ラナさんがシキさんに助けられたことより、むしろ、そこの部分の方が衝撃だった。おれの知らないところで二人の距離が近づいている。さびしさが去来していた。
「サカナくんも助けようとしたんだ」すると、この場の先に線をとるようにシキさんが大きく息をつくようにいう。「でも、自力で逃げてるし、助けるまえに」
「助ける気はあったんですね」
「あったあった」シキさんは二度いった。「もちもち」と、次も二回。
擬音みたいな回答だった。
そうか、助けれくれようとはしたんだ。聞かされ、信じて、また少し落ち着けた。
「でも、逃げれたのは偶然ですよ、運がよかったんです、そうなんです」珈琲フロートを手にしながらさらにいった。「逃げれたのは手持ちの実力ではないです」
「元気に逃げる子は、わたし好きだよ」
「その感性が優れているのかがまず不明です。あの、オビレを倒すんですよね」
「ええ」
「あの人は、いったいなんなんですか」漠然と聞いた。それから「人間として、すごく失格感がある人でした。あんな人を野放しにしてていいですか、この国は、この惑星は」と、流れで大きなところへ因縁をつけてしまう。
「狙いはわたし」シキさんはさらりといった。「それは聞かされたでしょ」
「はい、シキね………さんを狙ってるって」
「いまここに、そのワケを語ろう」
露骨に芝居染みた口調でそう言い出す。ああ、きっとその話したんだろうな、というのも伝わってくる。ヘタに刺激すると長引きそうだった。だから、抵抗せず「はい」と、だけ返事をしておいた。
「午前中にわたしがした話を思い出してほしい。わたしが開催した異能力設定サバゲーでの設定、記憶の殺し屋の件」
いわれて、あえて頭のなかをロード時間を演出するため、少し間をあけてから「はい、おぼえてます」と答えた。
「あの設定にはデタラメが半分ある。史実に基づいて作成されたものであり、登場団体名はフィクションである」
まっすぐに目を見て言われた。少し考えてから「言い回しを狙い過ぎた感のある言い回しですね」とりあえず、言語表現の方の感想を述べた。
「でも、あのサバゲーの設定の半分は真実を材料につくってる」
今度は感想さえもムズかしい発言だった。
はっきり、わかっていたことじゃなかったけど、ウスウス察知してはいた。この一件には何かか、とんでもない、この世界の秘密とでも呼んで遜色ないものが混じってきている。オビレというあの人の遭遇したとき、その世界の秘密が、かなりマズいものだったんだと悟った。今日という日のイージーさも、どこかすっかり消え去った。
「記憶の殺し屋」ラナさんが訊ねた。「じゃあ、ホントいるの? 記憶の殺し屋って」
「それはいない」
シキさんはあっさりそう答えた。
「わたしも知るかぎり、そんな業務してる人に会ったことがない」
「じゃあ、どこが真実なの」ラナさんが続けて問う。さらに「ぜんぶ嘘とかじゃないの? そっちの人生まるごと嘘じゃいの?」愚弄も添える。
ゾンビから逃れるために用意した、あの高い壁の向こうに巣くうラナさんがいっているのを聞くと、不思議な居心地だった。自信がそこそこ不思議な状態なくせに、人の不思議は正常に不思議がる。
にんげんはそういう生き物である。
けれど、シキさんには通じない。へいぜんと扉を閉めているように続ける。
「サバゲーの設定」まずそういった。「あるジャンルの仲間が同士が、最後の独りになるまで消し合う。と、そこにまず真実が入ってる。絶滅戦争という真実」
「絶滅戦争」
異様に攻撃力のあるフレーズを出される。身体も震えたせいか、ストローを持つ手もゆれ、氷がからん、と鳴った。
にしても、絶滅戦争。という言葉。
正確な意味はよくわかってないけど、少なくとも、こういった山奥の町にある、古い喫茶店の一席で聞かされるには、なかなか強い世界観の言葉だった。遣り過ぎはあるけど、でも、けっきょく、もろくもひっかかってしまう。
「なんだか、妖気すら漂ってきましたね」とコメントを残しておいた。そのコメントが正解かは不明だった。
「『記憶の殺し屋』なんていない」
シキさんは仕切り直すようにいう。
「『記録の殺し屋』がいる」
そのわずかな言葉のちがいは、まるで小さな間違い探しみたいだった。一瞬はわからないけど、あとからはっきりわかってくる。
「記録」そこの部分を切り出して、口にしてシキさんを見た。
「オビレは『記録の殺し屋』なの」淡々と続けた。「依頼すれば、ネット上だろうが、個人のスマホのなかだろうが、記録をキレイに消してくれる。データのコピーも残さず」
記憶の殺しから、記録の殺し。記憶を殺すというのは、さすがにファンタジーだったけど、記録の殺しとなると、急に生々しさが出て来た。記録を殺す、具体的な方法はわからないけど、でも、現実に出来るじゃないか、いてもおかしくないんじゃないかと思えくる。
「ネット上のデータなんて消せんのかいね」
すると、ラナさんが真っ直ぐにそれを聞いた。いつの間にか、言葉遣いも雑になっている。シキさんに慣れたのか緊張感が枯渇したのか、懐いたのか。
「消せる。不思議なプログラムを使って」
「不思議なプログラム」ラナさんがオウム返しする。
「そういうの作ったアタマのいいヒトがいた。とっくの昔に死んじゃったけどね」
「あー、そっか、不思議なプログラムならネット上のデータも消せても不思議じゃないかのか、なるほどな」
ラナさんは独自の納得を獲得したみたいだった。
追求しようと思えば、無限の追求できそうな情報ではあった。けれど、長引きそうだし、問答の果てに優れた結果へたどり着けるかもあやしいので、ここはありあまる疑問を露骨に割愛した。
コマを先へ進めることにおもきをおくとする。心をそうを決めて、シキさんを見た。
「消せない記録がない、が売り文句の業者。消す記録の難易度によって、料金へ大きくはねるよ、とうぜん」
すると、ラナさんが「スマホの記録もその不思議プログラムさんで消すの」と、妙に牧歌的な感じで訊ねる。
「多用はしないけどね。不思議プログラムは特大案件のときにしか使わない。そうね、個人のスマホから記録を消すぐらいだったら。直にターゲットのところにいって、スマホを奪って、破壊が早いし」
「へい、せんせい」ラナさんが挙手した。「スマホを壊したってデータのコピーがあったりするのではないでしょうか」
「そんなの。コピーのあり無しをターゲットに直接吐かせるのみ。嘘ついたらさらに追加でしんどいめに合わせることを理解させつつ」
さらりといったが、内実は野蛮らしい。なまなましい血のかおりもする。
しかも、もうその『記録の殺し屋』である、オビレの実物には会っている。心あたりは強かった。たしかに、あの人なら、そういうことをやりそうだった。ラナさん実際に捕まえていたし、人質をたてに脅迫もされた。
「悪党なのね」
ラナさんは平たくそう言い放つ。
「生まれた時点の初期設定で、そういう方面での生き方しかできなかった人間もいる」
すると、シキさんはいままで通り、淡々とした口調でありながらそういった。
これまでと、どこかテイストがちがっていた。なんだろう、当て外れかもしてないけど、自伝が少し入っているような、そんな印象の発言だった。
「でも、少しぐらい生きれば自分で人生の設定は変えられる」
「人生の設定」無意識に、そうつぶやいてしまった。
「どんなに変えたくても変えれないと思ってる設定でも、いつか、油断なく見張ってれば、変えられる場面に出会えるものさ」
言って、それは照れだろうか、シキさんは珈琲フロートをストローをつかわず、手でつかんで、直接コップに口をつけて飲んだ。
そして、店の古い窓ガラスの向こうにを見た。年季のガラスは、濁っていて、外の世界も薄く、茶色く見えた。もちろん、そこから見えるのも、おれの住む町だった。
「そういうワケで、わたしも『記録の殺し屋』だった」
それから不意打ち式に、シキさんはそれを発表してくる。
さほど驚かなかったのは、さすがにここまで来れば、そんなこともあるだろうなと思っていたからだった。なんせ今日は、日付けの狂っている日だし、それぐらいはありえるだろうと。
「げぼ!」
ただ、ラナさんの方は内臓本体を吐かんばかりの勢いで驚いていた。
大きな目をより大きくして見返す。
そういう、純粋なところは、やはり、見どころのある人だった。
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