第26話 物語を勝手に頭の内部で仕上げた後

 ほどなくして、シキさんが家まで来た。

 玄関先で出迎える。

 ラナさんも一緒だった。

「やあ」

 彼女は平然としていた。片手を小さく上げてあいさつしてくる。見たところ、ケガをした様子もない。まるい大きな目も健在だった。

 スマホで事前に連絡してきたシキさんは、いますぐウチに来るとしか言っていなかった。ちなみに家の場所も伝えていない。

 なのにウチの場所を知っていた。そして、五分後には玄関先まで来ている。

 いよいよ、シキさんへ妖怪性を感じた。見た目が綺麗過ぎるという部分と合わせて、この世のものとは思えない存在感が増量してゆく。

 けれど、なぜか動揺がバレるのが悔しくて「そうくるのか」と、将棋の一手に対する感想みたいなことを述べてから、ラナさんへ「やあ」と、あいさつしかえす。

 ラナさんはやっぱり無事そうだった。

 出鼻をくじかれた気分だった。くじかれたというか、爆竹めいたもので出鼻を木っ端みじんにされたというべきか。

 じつは、ついさっき家の時計を見てつぶやいたとき、それなりに、これから決死の覚悟でラナさんを助けに行かねばいけないんだ、オビレを倒すんだ。と、強い覚悟も用意しようとしていた。今日は、無理するぞ、と意を決していた。

 ところが、どっこい、とばかりに、あっさりラナさんがいま玄関先にいる。無事な姿を見せている。

 まるい大きな目でこちらを見ている。

 ただ、一度は猛るに猛った心が、憐れ空振りだったせいか、玄関先のふたりへ向かい、つい「何しに来たんですか」と、突き放すように訊ねてきた。

 すると、ラナさんは腕を組んでいった。

「うん、ただ、キミにわたしの元気な姿をみせようと思って」

 何かをねらっていったのか、なんとなくいったのかは、わからない。でも、妙に内臓へ響いた。

 このままラナさんを見続けていると、顏のひとつも赤くなってしまいそうだったので、シキさんの方へ視線を向ける。シキさんは、シキさんで、とてつもなく綺麗なひとなので、そんなに安全でもなかった。

 それでも緊張しながら、がまんして顏を向けていると、シキさんはいった。

「めんどうかけたね、サカナ少年」

 ほど経てから「ええ」と、応じておいた。「まあ」

「バイト代は出す、倍出す、予想外の迷惑料込みということで」

「迷惑料………」

 どういう意味だ。

 けど、いっぽうで、倍のお金がもらえる。しっかり、そこに心を奪われてもいた。自転車復活への道も描けてくる。

 なんだかけっこう買収され体質なのかもしれない。じぶんの新規な一面と出会っていた。

 だが、それはそれとして、いまいちどシキさんを見返す。

「あの」

「あいよ」きっぷよくシキさんが返事してゆく。

「いま、この場は、これはー………ラナさんの無事を報告に来ただけですか」

 聞くと視線を外し「うーん」とうなった。とたん、世界が妙に静かになる。

 空はあいかわらず、嘘みたいな青さを維持している。風は少しだけ吹いて、涼しいし、陽が沈むまでは、まだ時間がありそうだった。

 そして、待つこと三秒。

「それだけ、ってことでもいい」

「その言い方は、まさに、これからなにか厄介なことへ誘い込もうってハラですね」

「察しがいいね、サカナ少年。さすがわたしが、えいやあああ、って、勢いと気持ちで見込んだ少年だ」

「見込まれたというより、博奕の感じしかしないもの、その公式見解」

 すると、シキさんが「こんなところで立ち話もなんだね」と言い出す。

 それはふりかと思い「ウチ、あがります、か」と提案した。

「そんなそんなぁー」シキさんは顏の間で手をふった。「いきなり家までおしかけておいて、しかも家のなかへ上がりこもうなんて不粋なことしない」

「では、ぜひ、その方向で」

 じっさい、もし、このまま家へあがられたあげく、自室を視察でもされようものならと想像すると気が気じゃなかった。ふたりの強い物色への恐怖がある。相手が相手だし、ことによると、捏造してでも、部屋になにか禍々しいものがあったことにされかねない。

 そうなると、戦争だ。

 そこまでの物語を勝手に頭の内部で仕上げた後で聞いた。

「では、なぜ、我が家まで」

 シキさんは「なんかノリで」と返してくる。

「あきれはてて、ヘドもでません」と言い返しておく。

「うそうそ」シキさんはカラっと取り消した。「ここまで来た理由はある。ねえ、サカナ少年、キミ、コレに最後まで付き合うか。その意思確認をしに来た」

「コレに、最後まで」

 奇妙な言い回し部分に、いかにもこの先に罠が仕組まれているのが感じ取れた。そして、わかったうえで「というと」と、言葉の先を促がす。

 すると、どういうわけか、シキさんではなく、ラナさんの方が、釣りで魚が釣れたような顏をした気がした。にんまり、と音が鳴りそうな笑みが浮かぶ。

 そこで、やはり、罠だったと確信した。

「サカナ少年」シキさんはあえて、改まった感じで視線を向けさせてきた。「きみ、あの男にイジメられただろ」

 あの男、つまり、オビレのことにちがいなく、そして、イジメられたというのは、それは、そうともいえる体験ではあった。じつは、いまになって、悔しくなっていたりする。気持ちが回復してきたことが、影響していそうだった。

 冷静に考えたら、あの男は、この心を身勝手に支配しようと仕掛けてきた。そして、それに太刀打ちできていなかった。

 つまり、バカにされたワケで、ふだんは役目のない自尊心を、無理やりひっぱりだされたあげく、好い様にもてあそばれた。

 正直、思い出し悔し、体質だった。いまはまだ小さい悔しさだけど、夜までには大きく成長している可能性が高い。

「やつけよう」

 と、ラナさんがいった。見返すと、まるい目と目が真っ直ぐにあった。

「あいつ、やっつけようサカナくん。とっちめよう」

 そこへ、さらにラナさんが続けてきた。

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