第24話 奇妙な評価

 サスマタを捨てろとはいわなかった。

「こっちだ、話すのには最適な場所がある」

 そういって、ついて来るように言われ、したがって歩きだす。

 ついさっき、男のひとの投げ技を間の辺りにしてしまった。下手な動きをしては、投げられてしまう。

「きみの名前を知りたいなあ」

 いやな汗をかきはじめたところへ聞かれる。反射的に「あの、サカナメです………」と、名乗ってしまった。

「じゃ、サカナくんだね、そう呼ぶよ。よろしくね」

 歩きながら男のひとはそういった。

「ええっと、はい………」

「おや、サカナくんではイケないかい」

「ああ、いいえ、だいだい、いつもそう呼ばれガチの名前です」

「ぬーん、キミはなかなか、年の割のは、にんげんが仕上がっている様子だね」

 褒められたんだろうか、ちがうのか。奇妙な評価をされ、戸惑いもあった。

 ゆくゆくは殴らたりするのかな。想像が、恐怖を盛大に生産してゆく。男のひとの手を見ると、そこそこ大きく、しかも、ややごつごつしていて、あれが拳になって、顔面に打ち込まるのかと思うと、嫌な汗がとまらなくなった。

「あそこのスペースを間借りしよう、さっき見つけだんだ」

 男のひとが示した先にはあったのは、ある家の玄関に設置されたテラスだった。軒もあって、そこに白いテーブルと、白い椅子がふたつ置いてある。きっと、日本家屋でいうところの縁側だった。

「そちらへどうぞ」男のひとが椅子を示す。こういうときは、目上の人間が座るのを待って座るべきではないか。つい、育ちの良さなのか、なんなのかが動いて、動きが遅れた。けれど、けっきょく座った。

 サスマタを壁に立てかけ、こっちが座ると、向こうも座った。

 テーブルを挟んで、一メートルぐらいの距離感であり、嫌な汗は止まる気がしない。とにかく、この先の近未来が見えず、もはや生存の可能性についても、不安視がある。

 いまぜったい、顏色が悪はずだ。どれほど悪いか、鏡を見る手軽な勇気はない。

 すると、男のひとはあらためて白い歯をみせて笑った。

「やあ、あらためまして、サカナくん。わたしのことは知ってるのか」

 問われて顏を左右に振った。とたん、また、いきなり殴られたりするのではないかと怯えたけど、それはなかった。

「そうか、キミも巻き込まれたクチだろうね」

 そういうと、今度は黙り込んだ。なにかを考えている。

「うん、やりにくいねえ。未成年と話すことは滅多にないんだ」

「そうなんですか」

「キミは落ち着いてる、なにかやってるのか」

「動揺はしてるんです、うまく外見で表現できなくて」

「人を探しているんだ」

 会話の流れを気にせずそういってきた。

「森川四季って女だ。キミは彼女を知ってるはずだ。これは知っているとわかっていて聞いている質問だよ。ああ、いや、いいんだいいんだ、何も慌てなくていい。その、いま動揺してるって話だけど、そうだね、そのまま、キミのはそのくらいの感じの動揺状態でいて欲しい、丁度いいよ」

 どういうスタンスでいればいいのかわからず、見返すことしかできなかった。

「サカナくん、キミとはトモダチになろうと思ってるんだ」

 また、唐突なことを言われた。すべての、向こうのコントロール下にあって、手立てがみえない。

「トモダチとして遣り合おうというんだ、だからもちろん、私も名を名乗ろう、トモダチだからね。私はオビレ、という」

「オビレさん」あやつれるように名前を口にしていた。

「それが苗字なのか、名前なのかは、秘密としておこうか」

 笑いながらいう。明確にしないことに深い意味はない気がした。きっと、ただもてあそんでいる。

「私の目的はいま言った通りだ、森川四季を探している。キミはあの女を知っているね」すこし前に言ったことをなぞるようい逝った。かと思うと「っと、いいや、ちがうな。私は言い間違えてるぞ」と、、自身の発言に不備をみつけてそう言う。

 会話しているふうだけど、じっさい、こっちは何もする必要がない。オビレという人は、独り言だけで成立している印象があった。

「わるいわるい、はは、言い直そう。探していた森川四季は見つけたんだ。というより、彼女の方から私に見つかるようにこちらへ仕向けてきた。そして私は彼女に会わなければならない」

 なにを言っているのかさっぱりわからなかった。けれど、下手に刺激を与えたくない。だから黙っていた。あたりまえだけど、逃げれるならいますぐ逃げたい。それはずっとある。

「サカナくん、キミが参加しているこのゲーム、そう『記憶の殺し屋』だったけか」

 うなずこうとした。

 まえにオビレはいった。

「醜悪だよ、本当によくない、よろしくない」

 淡々とした口ぶりだった、異様な迫力がある。

「やってはならないことだ」

 追加するようにそういった。

「これのせいで彼女の狙い通り、私はこうしてここへ呼び寄せられた。彼女は私が苦手な心の在り方をしているタイプの人間なんだ、相性は最悪だよ。まあ、これは愚痴だね、今日会ったばかりのキミに愚痴をこぼす、そんなことべきことはじゃないさ、失礼だし、相手がしらける。そういうのはわかっている。しかし、溢れてしまうだ、森川四季のこのやり方は、好きくないんでね」

「好きくない」

「そうさ、好きくない、だ」

 そう、あえてそういう表現をしたんだ、わかってるねえ、という感じで笑った。

 正解を当てたらしいけど、うれしくもなんともない。

「会話もハズんできたところで、そろそろ本題を持ち込もう。キミと私でこの場を設けた、目的の話をしよう。もう、キミの覚悟もいい塩梅になってきたろ」

 銃で撃たれるじゃないか。それぐらいの恐さをおぼえた。

「森川四季をここへ呼んでほしい」いって、オビレは左手で、地面を指差した。「いますぐ、ここに、だ」

 にこやかな表情だった。

「キミが安心できる結論を用意はしている。彼女がこの場に来さえすれば、キミはすぐに解放する。トモダチだしね、もう二度と会うこともない。少なくとも私からは会いに来ない。森川四季がここに来れば、お互い、このまま好いトモダチで終われる。私もそういった関係で、キミとの扉は閉めたい、本心でそう願っているよ、ほら、こうして笑顔でいるだろ、ちゃんと。心のなかをそのまま表情に出してるんだ。キミは安心すべきさ。私の表情が変わってしまうと、たちまちキミは行き止まりになるよ。重ねて言うが、それは私も願ってない」

 言って背もたれに大きくよりかかる。椅子が、きい、と小さく鳴り、ひどく大きい音にきこえた。

「森川四季をここへ呼んで欲しい、トモダチとしての、お願いだ」

 ここまでの笑顔をなにも変えず、そう告げてくる。

 でも、反応できずにいた。かたまっていた。狙いもなく動けない。

 しばらくすると、オビレは背もたれによりかかったまま「無理なんだね」といった。

 だめだ、危害をくわえられる。もう相手のなかではそれが決定してしまったのか。あせtった。なのに、どうしても動かない、何も言おうとしない。

 まてよ。不意に、もしかして、心のどこかに屈したくないがあるんじゃないか。それに気づいた。けど、だからといって、なにもしないことで状況が良い方へ向かうとも思えない。

 たぶん、いまここで、ただ屈しないは行き止まりと同じだった。

「そうか、ならしかたないね」オビレは様子を変えない、あいかわらず軽い感じだった。ゆっくりと椅子の背もたれから背を離した。「わかるよ、無理は好くないさ。無理強いも好くないさ」

 学校にはいない怪物と戦っている気分だった。いや、戦ってはいない、やられてるだけだ。でも、戦っていると思っていないと、いますぐ逃げ出しそうだった。

「キミが従わなかった場合のことも考えて、用意してある」

 話す笑顔のなかに、輝きが混じってきた。じつは、最初からここからの話がしたかった様子がある。

「あの目の大きい子な女の子は、キミの友人だね」

 きいて、とたん、体中の血が冷えた。

「お、顏に出たね、正解か、はは。まあ、聞くまでもなかったよ、見ていれば誰だってわかるさ。でも、いまのは念ための答え合わせだ、いまの私の発言はね。それでも、最後のひと手間を惜しむ者は、仕事をしくじりがだ、私はそこを惜しまない。ああ、だいじょうぶ、彼女は無事だ。怪我もしてない」

「なにをしたんですか」

「捕まえてあるんだ」

 椅子の背もたれによりかかって足を組む。椅子からは、また、きい、と小さい音がなった。

「はは」

 オビレは笑った。

「キミにね、森川四季を裏切らせるための、充分な理由な理由を与える、これがそれさ」

 それから笑って、ポケットからスマホを出した。画面をこちらへ見せる。

「捕まえてある、これが証拠だ」

 画面の映像はリアルタイムらしい。倉庫みたいな壁がある場所が映っていた。

「あの大きな目の女の子はこうして私の手のなかだ。それなりの体術の心得はあったが、しょせんは素人さ、私からすれば年相応のやんちゃさでしかない。この彼女を助けたければ、森川四季をここへ呼ぶんだ。キミはスマホを持ってるだろ、残念ながら彼女はスマホを持ってなかったからね、手持ちはスケッチブックしかない。となると、キミだ。キミはスマホを持ってるはずだ。この、なんとかっていう野外遊びのゲームに参加するためにはスマホがいるはずだ」

 太陽の光りで反射する画面を見せ、笑顔を維持しままいう。

 画面のなかを目にして、なんと答え返すべき、迷いに迷った。

「長引かせないでくれ。これが最後だ、いますぐに森川四季をここに呼ぶんだ」

 言われて、画面から目を離す。オビレの顏を真っ直ぐにみた。

 それから指をさして言い放った。

「画面に誰も映ってません」

 告げると間があった。やがてオビレは「ん」と短く、口のなかで音を鳴らして、スマホの画面を自身の視界へ引寄せる。

 ずっとだった。最初から、画面を見せられたときから、そこには誰も映っていない。倉庫みたいな場所と、それからよく見ると開いたスケッチブックが落ちている。

 そこには『どろん』とひらがなで書いてあった。文字の横には、忍者の装いをしたデフォルメされた骸骨のキャラクターが描かれている。

 絵を描く余裕すらある脱出である。そう主張している印象さえ感じる、遺物だった。

 スマホの画面を見て、オビレは完全に動きを止めた。画面を凝視し続けている。もしかして、何かの間違いじゃないか、その可能性をどこかで信じている雰囲気があった。

 けれど、やっぱり、間違いなく、ラナさんはそこにいない。

 オビレがそう判断するまで、けっきょく、三十秒はかかった。

 そして、こっちを見た。

「………なら」

 まるで三年ぶりに声を出したような開口だった。

「キミ本体を、人質ということで」

 まあ、それはそうなる。思ったとたん、なぜか妙に腹が立った。人間あつかいされていない気持ちになった。

 こうなったら後先考えるのなしだ。

 逃げてやろう。

 めったに使わない、刹那的な生き様を使った。サスマタへ手の伸ばす

 オビレにも巨大な油断あったらしい。当初の予定していた人質であるラナさんが消えたことで、動揺していたのもありそうだった。こっちがサスマタを手にとったとき、完全に虚をつかれた表情をしていた。 

 そしてサスマタでオビレの手のスマホ一撃した。

 ただ、サスマタは避けられた。

 代わりに、直撃を避けて無理な体制したせいか、オビレは身体のバランスを崩して、テーブルごと倒れて、かるくテーブルのしたじきになる。

 いましかなかった。その場から走り出した。

 町は壁で囲まているけど、門があって、そこから出入りできるとはきいていた。その情報を頼りに、出口をさがしながら走った。

 運よく、走り始めてすぐに出口はみつかった。たしかに、壁の一部が門になっていて、その向こうに橋がかかっているのが見えた。追い掛けてきてないか、何度も振り返りながら門をくぐって、橋を渡る。橋の向こうは、車道になっていた。周囲はあいかわらず緑の山ばかりだった。

 本来はここから入れべきなのに、はじめに壁を登って入るという野生寄りの入り方をしてしまったため、橋を渡ったとき、妙に新鮮な気持ちもあった。

 とうぜん、小さな感動をひろっている余裕もなく、あとは道なりに走った。けど、すぐに車で追いかけられないように、森へ入った。

 なんせ、見知った森だった。入ってしまば、あとはだいたいの位置はわかる。森を駆けた。川の気配もすぐに察知できた。川をみつければ、あとは流れを目印に帰り道もわかった。

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