第23話 きみに会えてよかった

 シキさんはこれから急いで、この壁のなかの町へ来るといった。

 こっちにはいますぐ壁の中を出て森に入って、それからなるべく遠くへ行ってほしいと。

 最後に、いろいろ悪いけど、ここは信じて、時間がない。

 その言葉で通信は切れた。

 きょとんとしてしまった。与えられた情報に対して、頭はまったくついていけてない。

 本物の記憶の殺し屋が来た。シキさんはそういった。でも、あまりに奇抜な情報すぎて、どうしていいのかわからず、うまく反応できずにいた。

 なし崩し的に、このサバゲーに参加したとはいえ、そうはいっても、シキさんとは今日出会ったばかりだし、どういう人なのかはほとんどつかめていないし、いまのこの連絡が、真剣なものだったのか、それともちがうのかの判断もつけらえない。

 いったい、いまの連絡でどういうレベルの緊張感を持つべつきかがみえてこなかった。本物の記憶の殺し屋が来た。おとぎ話みたいしか聞こえない。

 でも、ここは信じるしかない。かなり強引にだけど、けっきょく、頭を切り替えることにした。だから、シキさんの言ったとおり、いますぐにこの町を出て、壁の外に行き、森のなかを通りぬけて、遠くへゆこう。

 サスマタをたずさえて走ろう。決めて動こうとした直後だった。「あ」と、声をあげて足を止める。

 そういえば、ラナさんもまだ町にいる。たぶん、シキさんはラナさんも、いまこの町にいることは知らない。

 しまった、どうしよう。焦ってあたりを見回す。でもラナさんの姿は町のどこにもみつけられなかった。しかも、まだマホで連絡先交換もしてないから情報を伝えることもできない。

 そもそも、あの人がスマホを持っているのか。いや、いまそこを考えてもしかたない。

 すぐにラナさんをみつけて、伝えて、この町の外へ出よう。探す方法はかんたんだった。いますぐ彼女の名を叫ぼう。そうすれば出てくるはずだ。

 召喚だ。でも、それをやろうとしてすぐにブレーキがかかった。

 叫んだりなんかしたら、敵に見つけてくれといっているようなものじゃないのか。いや、その敵がなんなのかもわかってはいない。でも、敵はいるんだとシキさんは連絡しきたわけだし。

 だとすると、じぶんもまた、こんな誰でも発見できる場所でじっと立っていていいのか。ひどく危うい気がしてきた。でも、はやくラナさんもみつけなきゃいけない。向こうから見つけてもらうという展開もあるけど、彼女から見つかりやすい場所にいると、謎の敵にみつかる可能性も高くなる。

 どばっと考えて、あたふたした。正解がわからない、それでも何かをすぐに決めてかなきゃいけない。

 またたく間に、さっきまでとは別種類の戦場へ放り込まれた気分だった。とにかく、ここに来て、かなり強いサバイバルゲームが開始されている。

 いや、もしかすると、これもシキさんが作為的に仕掛けた展開なのか。ふと、そこをうがたって、気軽になってしまおうという誘惑もやってくる。

 たとえ、そうだったとしても、何かをすぐに決定しなきゃいけない。そこは変わらない。

 まずは隠れてラナさんを探すとか。もしくは、なにもしない、とか。どうする。どうすることを決める。

 すぐに決めた。まずはヤバいと思おう。そう決めた。なんせ、今日は、そういうことが起こっている日だ。

 一回、ヘンな起こるなら、何度だって起こるはずだ。今日という日は、そんな扉が日らっきぱなしの日にちがいない。

 扉がひらいているなら、どんどん中に入って来るはず。

 なにわともあれ。

「おれはラナさんを探すんだ」

 それを声を出してゆく。

「あの子はラナって名前なのか」

 その直後、背中から声が聞こえた。

 ふりかえると真後ろに人がいた。五十歳くらいその男のひとは、黒いスーツを着ていた。蓬髪のほんど白い髪は、太陽のせいか銀色のように、まるでアルミニュウムみたいに、にぶく光っている。

 そして、右左、それぞれひとりずつ、まるで中相手がにげないように腕を組んでいた。右がチャンキヨさんと、左がボーさんだった。ふたりとも、あきらかにやつけられてしまったあとだった。目がみごとに死んでいた。それこそ、ふたりが仕留められたゾンビに見えるほど。

 男のひとは、こっちをじっと見ろした後、大きくにやりと笑った。

 歯並びが嘘みたいに綺麗だった。おそらく、この町に誰よりも。そして、笑われた方の気分としては、檻なしで対面した虎が笑ったような印象だった。

 ああ、だめだ、これから喰われる。

「じゃ、きみが、いればいいか」

 男のひとはそういって、チャンキヨさんと、ボーさんを解放した。

 それから、瞬く間に、ひとりずつ、自身の身体に吸い込むようにして組んで投げて、地面に転がす。どう投げたのか、見切れなかった。すぱすぱと二人を投げ切ってしまった。男はしゃがむと、地面に倒れたふたりの顏に自分の影を落とし「きみたちは帰ってほしいなあ」と告げる。

 ふたりとも、何度もうなずき、やがて、立ち上がって、走っていってしまった。

 突然の投げ技に、慄きながら、男のひとを振り返った。すると、また白い歯を見せて笑った。

「きみに会えてよかった」

 いったい、なにが狙いなのか、その人はそう伝えてきた。

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