第21話 「急所はハズしたよ」「急所に当たってる感じ満載だよ」
笹崎さんは、目をつぶり苦悶に満ちた表情で地面に転がっていた。
ううう、という、うめき声もきこえる。人生が苦しみだけに支配されているらしい。
ラナさんの右足は綺麗に笹崎さんのみぞおちへ入った。深々と入った。靴がめり込んでいたのも見えた。
不意打ちを仕掛けにきた笹崎さんへ、さらなる不意打ちをしたラナさんは、蹴りの残身を収め、スケッチブックを小脇に抱えていった。
「やれやれ」
なにが嘆かわしいのか不明だが、嘆かわしそうに顏を左右にふってみせる。
「危ういよ、サカナくんってば」
「いや、きみもまた、別のジャンルで危ういよ、社会的に」と、言った。でも、それから「しかし、ありがとう」と、お礼をいっておいた。
心苦しいのは笹崎さんが苦悶の表情のまま、すぐそばに転がっているところだった。
「よし、サカナくん。いまのうちだよ、さあさあ」
「うん、笹崎さん、内臓が二つ三つ、消し飛んだじゃないかってぐらい苦しんでる。そこを無情にもタッチせよと言っているだね、きみは」
「急所はハズしたよ」
「急所に当たってる感じ満載だよ」苦しむ笹崎さんを見る。そこをタッチするのは、まだまだ心苦しいので「しかし、すごいキックだったね」と、話題を変えた。
「親たちに教えこまれてる。来るべきゾンビを倒すためにと」
言うと、ラナさんはスケッチブックをこちらへ渡す。反射的に受け取ってしまう。
それからラナさんは笹崎さんのそばに立つと、しゅっと、しゃがみ込んだ。鋭くしゃがみこんだため、彼女が髪が一瞬、ふわりと膨れた。そして、ラナさんは笹崎さんのスーツの内ポケットをまさぐった。「追剥ぎかい?」と、訊ねてまもなく、上着から取り出すとスマホを手すると、画面を笹崎さんの指に押しつけた。
「ラッキーだったね。スマホのロック解除が暗証番号入れる設定だったら、あの手この手で聞き出さなきゃならんところだった」
「じつにおぞましいぞ、ラナさん」
聞いているのかいないのか、ラナさんは笹崎さんのスマホの操作してゆく。
やがて、そのスマホで動画を再生させて、こちらへ見せた。
そこには笹崎さんが自撮りしたらしいこの町の映像がうつっていた。歩きながら町をじっくりとっている。音声も入っていた。
ラナさんは動画を早送りした。そして、ある場面で早送りを解除した。
そこは部屋のなかだった。ミントグリーンの壁紙で、花柄のカーテンと、ベッドが見える。白い机にはノートや本が置かていた。そして笹さんの『ああー、ここはなんかー、ねえ、女の子っぽい部屋だなあー』と声が入っている。動画のなかでは、そのまま笹崎さんが部屋のものを物色する様子が映っていた。鍵のかかった机を強引にあけようともしていた。『やっぱ、人が住んでるなあ』という発言の後、ラナさんは動画を止めた。
「この人、わたしの家に侵入した」
「侵入」
穏やかじゃない言葉に驚いた。
「わたしの部屋まで入ってからに」
一瞬、かける言葉がみつけられなかった。
「それって、ここを観光地のカン違いしたのかな」
「ううん」ラナさんは顏を左右に振った。「すくなくとも、わたしの家には鍵がかかってた。あいてたのは二階の窓くらい」
「というこは」
少し考えた。
「わざわざ開いてる二階の窓から入るってなると、つよい執念いる、か」
そういえば、笹崎さんにはじめて会ったとき、この人は町は外れでこの人はひとりだった。他のひとは、ゲームのスタート地点にいた。
いまにして思えば、あの単独行動は、めぼしい撮影物をぶっしょくしている最中だったと思えなくもない。
なるほど、そうなると、たしかに自分の家に勝手に入られ、部屋を撮影までされたラナさんが蹴りたくなる気分、そして、バイオレンス実行もうなずけそうだった。
ラナさんは笹崎さんのスマホを操作をし続けていた。
「動画を削除するのかい」
「スマホを初期化する」
「肉体的にも、デジタル生活的にもバツをあたえるんだね」
「クラウド上のデータも無差別削除する」
「雲のなかに隠しても、ムダである」
そう言葉を添えてみた。
そして、複雑な気持ちながら、とりあえず、笹崎さんの首筋にタッチした。
はっきりいって、いまのところ複雑な気持ち以外でタッチしたことがない。
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