第20話 スケッチブック
開始ニ十分で二人倒す。
手ごたえはなかった。でも、残るは五人。
いぜんとしてこれという作戦はみい出せず、町の通りをただ徘徊する。そして、そのまま一周した。
誰も歩いていない。町全体を歩いてまわってわかったことは、建っている家は、やっぱり、どれもまだ新しいということだった。でも、そのせいで新品のゴーストタウンのようだった。
にしても、この小さな町を囲う壁はいったい。
ふと、いまになって原点の問いにたちかる。
町を囲う壁は、町のどこからでも見えた。ホント、あれを建てるのに、いくらかかったんだろう。また、金の話を考えてもしまう。
町を一周回り終えたところで、ベンチに座った。サスマタはかたわらに立てかける。いまや、サスマタは相棒だった。
「サスマタが相棒になる人生を生きてしまっている」
なんとなく肉声にしておく。すると、がさ、っとどこかで物音がした。周囲を見回すと、目の前に建っていた家の敷地に、一本の木が生えていて、その木の上に、なにかがいた。
スケッチブックを持ったラナさんだった。まるい目でこっちをじっと見ている。こっちもじっと見返す。やがて、準備はととのったといわんばかりに、ラナさんはスケッチブックをめくる。
『これで二人殺したね』
「殺してはしてないよ」
やわらかく教えてあげる。距離的に、声が届いたかは不明だった。
でも、きっと、念は届いただろう。
『きみは今日、出会ったばかりでよく知らないオトナの女のひとのうなじをタッチして、倒したんだよ』
「うん、それをわざわざ文面にし、インクと紙を消費してまでスケッチブックへ書こうと思った動機をみずから解説してみせてほしい」
『落ち着きたまえ』
「いまさらだけど、こういう遠距離のメッセージのやり取りはスマホでよかったよね、連絡先交換しとけばよかっただけだと、すごく思ってるよ」
落ち着いて教えてあげる。
いっぽう、どうやってあの木の登ったのかが気になった。家の二階ぐらいの高さはあるし、まわりに登れそうな足がかりもない。
もしかして、ラナさんは運動能力が高いのか。
『うちの親たちがここに帰ってくるまえに、あと残りの五人を光りの速さで処理しなきゃね』
「物騒なんだよなぁ、表現がずっーと。なんか、なにがなんでも禍々しくあろうって感があるし」
『うふふ』
「うふふで、スケッチブック一枚消費したのかい」
『ねえ、もうこっち来て、スケッチブック書くの、めんどくさいから』
「そうだね。書く方も、それに付き合わされる方も、損失しかないよね」
応じて、ベンチから立ち上がる。サスマタも肩に担いでラナさんが登っている木の根本まで向かう。
『そうやってサスマタ持っていると、西遊記のメンバーのあのキャラっぽいね』
「さっき、じぶんでも思った。想像力のレベルが同じぐらいで光栄だ」
『それは褒められたワケではないとカテゴライズしとく』
近づいてゆく最中でも、スケッチブックでやり取りをしてゆく。この特殊な交流に、慣れ始めている自身もどうかというところだった。
そのとき、スマホが鳴った。とりだして見ると、画面の参加者の人数が、六人から五人に変わっていた。誰かが誰かを仕留めたらしい。
「にんげんは醜い」なんとなく、言いたいこと言っておく。すると、またスマホの画面表示に変化があった。
参加者の残りは五人になったはずなのに、また六人に戻っている。
「なんだろ、壊れたのかな」
じっと画面を見る。
それがイケなかった。
「スキあり!」と、近くの家の壁の影から、誰から飛び出して来る。笹崎さんだった。嬉々として迫って来る。
見事に驚いて身体が固まっていた。もちろん、不意を打った笹崎さんの方はそのまま迫って来る。
やった、とらえたぞ、してやったり、そんな表情を浮かべている。
こっちはサスマタのことも忘れてしまった、ただただ、動けずにそこにいた。笹崎さんは、ゼロ距離まで最後のひと間合いところで、飛んで手を伸ばしてくる。
すなわち、黒いスーツを来た成人男性が、サスマタを持った未成年へ飛びかかってくる。
そんな世界観といえた。
でも秒後には仕留められる。終わる。終わった。
かと思った矢先、はんぶん空中にいた笹崎さんの胴をラナさんが蹴った。ラナさんがどこから来たのかは、さっぱりわからない。ワープしたみたいに、急にそこにいて、笹崎さんを長いスカートの下から突き出した足で蹴った。
笹崎さんの身体はラナさんの蹴りで、人体の構造上ダメなんじゃないか、生命維持のための重要機関のいくつかが破損したろうな、と思えるくらい、ぐにゃりとまがった。
いまラナさんが、人を殺めた。
その瞬間、まずはホンキでそう思った。
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