第16話 ぽつねん
五分後、スマホに入れたアプリが音を鳴らして、ゲームは開始された。
とたん、みんな、ダッシュで町にどこかへ消えてゆく。それもただのダッシュじゃなかった、まるげ食い逃げした人みたいな鬼気迫るダッシュだった。捕まったら絶命されるぐらいの勢いだった。
けっか、開始して数秒で、町のまんなかに、ぽつねん、と、ひとりで立っている状態にされた。
しかし、いったいなんだろう、いまのみんなの、狂ったような馳せ方は。
人が日常生活では、なかなかあんな馳せ方をしない。まさにクモの子を散らしたようだった。さっきまで、あんなにほがらかだった人たちだったのに。それがスマホのアプリの音ひとつで、豹変した。
茫然としていた。世界の変化についてゆけていないといえる。
とにかく落ちつこう。落ちつけばなんとなかる。根拠なく大きく決めて、とりあえず、近くのベンチに座る。
そして、町を見た。
ああ、外灯が、なんともお洒落なデザインをしている。と、そういう、と、現状とは無関係なものを見て、心の安定をはかりにゆく。うん、どこの庭の芝生もきれいだ、おや、そこにある手押し車のようなものは芝刈り機ってやつかな。
うちにある、雑草を弾き切る草刈り機と違うなあ。うちのは雑草をやつけるように刈る。雑草を敵のように刈る。
などと、考えて心を散歩させる。
きっと、現実逃避そのものでもあった。
ただし、からっきし無策でもなかった。少しは考えてはいた。このベンチのまわりには建物はないし、見通しもいい。たぶん、不意打ちされることはない。たぶん。
それはそれとして、で、これからどうしろと。
無意識のうちに腕を組んでいた。いつの間にか腕を組むのは防御の現れだと、母親に教えてもらったことがある。
ラナさんの親がここに帰ってくるまえに参加者全員を倒してこのサバゲーを終わらせる。そうすれば、ラナさんの親にも、ここをサバゲー会場にしてしまったことはバレず、シキさんからバイト代がもらえる。
なんでこんなトチ狂ったことをやっているんだろう、いま。
根本を考え、それでも発狂しなかったじぶんを、やや偉大に位置づけることにした。にんげんが良いにちがいない。
とにかく、ゲームはもう始まってしまった。異能力設定サバゲー。相手の首筋に三秒さわればいいワケで、ようするに鬼ごっこと変わらない。
この壁のなかを移動して、誰かをみつけて、追いかけ回してタッチする。これをしなければいけない。
「ヨーシ」
といって、ベンチから立ち上がる。すると、丁度、視線のさき、三メートルぐらい離れた場所にある木に、身体のはんぶんを隠したラナさんが見えた。
スケッチブックの面をこちらに掲げてみせている。
『奴らの人生を破壊せんが如く、やるべし』
「そんなとこいたら、みんなにバレるよ」
言ったけど、聞こえたのかはわからない。
ラナさんはスケッチブックをめくった。
『これをつかえ』
と、木の後ろからそれを取り出す、こちらの足元へ投げる。Y型になった銀色の棒だった。
「なんだいこれは」
『サスマタ』
するとまたスケッチブックをめくる。黒ペンいっぽんで描いた、ひとりの人間がサスマタで、ゆるキャラみたいなデザインの大量にいるゾンビの群れを抑え込んでいる絵だった。
「さすがにサスマタ一本でゾンビの群れをおさえこめないってば」
さらにスケッチブックには『そこじゃない』と書かれていた。
心の先を読まれたみたいで、なんだか、ぞくぞくした。
「だいだい、なんでサスマタ」
『むかし、わたしもこれにやつけられた』
「むかしのキミになにがあったんだ。サスマタで仕留められる過去ってなんなのさ」
『話せばながくなる』
スケッチブックをめくるとそう書いてあった。すべてを事前に書いたのだとすると、かなりすごい能力に思えてさえきた。
「そういえば」そこで、事前スケッチブックコンタクトの打率をさげてやるべく「今朝、猫に食べかけの食パンを盗まれた」と、脈絡のないことをいってやった。
すると、ラナさんはめくりかけたスケッチブックをめくらず、じっと、まるい目で見てきた。そして、その目をゆっくり細め、やがて、木の後ろにすべて隠れる。
つぎの瞬間には、たたたっ、走って町のなかへ消えてゆく。
サスマタだけを、地面へ残し。
勝った。
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