第17話 こんなものひとつで
いちおう、サスマタを拾った。
予想していたより軽い。
サスマタを手にして思ったのは、ああ、そういえば西遊記の登場人物の誰かがこんなの持っていたなということだった。
そうか、その西遊記の誰かは、こんなものひとつで、あの壮絶な旅に出たのか。これオンリーで怪物と戦うという旅か、かなり心細かったろうに。
サスマタを手しつつ、そんなよけいなことを考えているちに、けっきょく、すこしだけたのしくなっていた。武器を手に入れた感がある。それで、ちょっとだけ、えいやあ、と、使う練習もしてみる。ただ、強くなった気はほとんどしなかった。
けど、おそろしいことに、いざ手にしてみると、今度はじっさいに人につかってみたくなってくる。邪悪な心が誕生していた。
そして、いつしかサスマタの又の餌食を探すため、町のなかを移動しはじめている。
このゲームに勝ちたいじゃない。サスマタを使いたい。
人は、チカラを手に入れると、こうもかんたんに堕ちるらしい。あたらしい自分に出会えたが、その、あたらしい自分がイイものであるかは、また、べつのはなしのようだった。
はやく人にサスマタを使いたい。その願望を、このサバゲーという特殊な状況に便乗して消化しようとしていた。サバゲーのなかで使うんだ、なら合法なんじゃないか。と、勝手な解釈を持ち出していた。
「でも、バチはあたりませんように」
欲張りにも、自身の無事も願いつつ、人の気配が消えたアメリカっぽい町を進む。
それぞれの家と家の間は離れているが、ガレージもあるし、木もぽつぽつ生えている、敵が待ち伏せできそうな場所はいくらでもあった。
このゲームは最終的には相手に触れなければ勝つことはできない。となると、必ず接近が必要で、となると、相手が仕掛けて近づいてきたときは、仕掛けた相手もまた、ターゲットに触れられる距離になる。
「うーむ」
サスマタを構えつつ、見晴らしのいい通りを進む。
ない戦略頭脳をつかって、戦略っぽいことを考えながら歩む。油断なく歩くふりだけをする。
だめだ、楽しいじゃないか。なんだかんだ、その気になっている。
二軒ほど家を通り過ぎる。いまのところ、敵もラナさんの姿み見えなかった。人の気配を感じない。
町を囲む高い壁のせいか、町のなかは風は吹いてない。
空は濃い青さで晴れたままだった。
見たところ壁の中に家は十件くらいある。車道になっている通りは円になっているので、このままぐるりと一周するのに、五分もかからない広さだった。
よくわからない種類の緊張感を保ちつつ、ゆるいカーブに添って歩いてゆく。
すると、その光景は突飛に視界に入ってきた。
二十メートルほど先、車道のまんなかに、人が倒れていた。黒いスーツ姿で、うつ伏せのままアスファルトの地面に横たわっている。
人が道に倒れている。漫画や映画ではありふれた光景だけど、現実に目の当たりにすると、かなりインパクトがあった。そして、たやすく、動揺した。
ワナだ。
ワナであろう。
ワナにちがいない。
どくどく心臓を鳴らしながら、状況をどうにかコントロール下におこうとしていた。もちろん、コントロールできるはずもないのに。
その人は倒れそのまま続けていた。立ち上がる様子もない。髪は赤い。たしか、キキと名乗っていた女のひとだった。
ワナだ、ワナだからね。いまいちど自身へ言い聞かせる。けれど、よわい心は、そんなものではまったく落ち着かない。叫んでないだけで、頭のなかはパニックだった。
もし、ホントの急病で倒れているのだとしたら。万に一つも。可能性を考えてしまう。
どうしよう、迷い、困りつつ、サスマタを構えながら少しずつ接近する。
サスマタでつついてみようか。しかし、それは人が人に行うマナーとして、ゆるされるのだろうか。
サスマタで、倒れていたひとを、つつく。
はたして、そんなことをしていいんだろうか。道に生えていた謎のキノコを棒でつつくとはワケがちがう。
いいのだろうか。じぶんとの戦いをしながらも、じりじりと近づく。
そして、二メートルくらいの距離まで近づいた。通りの真ん中に倒れているため、周囲にいは物影はゼロだった。
急性なんとかでそこに倒れたのだとしたら、救急車を呼ばなければ。
けれど、これはサバゲーだ。何かの策略があって倒れていることもじゅうぶん考えられる。
「これが戦争か」
調子の乗って、そんなことをつぶやいてみる。けど、なんの役に立ちはしない。若干の恍惚を手に入れただけだった。
しかし、いまこの世界と戦っている気分といえは、そういう気分でもあった。すぐに勝手に壮大へ入る誘惑に負けてしまう。
さらに近づく。それでもキキさんはうつ伏せのまま動かなかった。倒れているとはいえ赤い髪は間近でみると、この町にはない文化を感じさせる。
もちろん、そんなことを考えている場合ではない。
いよいよサスマタでつつくか。
でも、やっぱり真の行き倒れだったらどうしよう。
不慣れな現実をまえに、あたふたするばかりだった。突破口がみつけられない。
そのとき、視界のはしに何かが入った。顏を向けると、近くの家のガレージの影にラナさんがいた。
れいによってスケッチブックを持っている。
それをめくる。
『そいつはわたしが倒しておいたぜ』
「たおした………」
こちらの唇を読んだように、二枚目をめくる。
『他愛ない相手だった』
それを見せると、ラナさんはスケッチブックを閉じ、しゅ、っとどこかへ消えた。
そして、もうどこにもいない。
どうやって倒したのか、その方法は知りたかったけど、知りたくもない。
そういった矛盾を抱えながら、しばらくその場に立ち尽くした。
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