第12話 自由な発想を起してしまう
壁の上に立つ。ふたたび、小さな町を見下ろす。
ラナさんもハシゴを登って来た。隣に経つ。
「あら、きみも来るのかい?」
問うとラナさんは「え」とこぼし、つぎに「いかないでいいの?」と、返してきた。
「だって、きみは、黒いスーツきてないし。参加者にまぎれられないよ」
「ごもっとも」
そういったが、けっきょくラナさんは壁を登り切ってしまう。そして、ともに壁の上に立った。
「で、これからどうするね。わたしには、いっさいこのさきに未来がみえてない」
「うん、無い未来は、見えないだろうしね」
「はは」
こちらの発言をどうとらえたかは不明だが、ラナさんは、かるく笑った。
笑顔で見せた白い歯に、つい、注目してしまう。
なんとか、意識を戻して「参加者の人たちに合流しないと」そういって、壁のなかへ目を向ける。
ぱっ、と見た範囲だと、誰もいない。建ち並んでいるアメリカ風の住宅には人影もない。
さっきの人々はどこへ。視界をめぐらして探す。
「いないね」ラナさんが肩の横からぬう、っと顔を出す。
まるい目を真横から目にする。そこ気を取られた。
「おーいぃ!」
そのとき、遠くから声をかけられた。目を向けると、さっきまで誰もいなかった場所に人がいる。二十歳ぐらいの男のひとだった。黒のスーツ姿でもある。
「きみぃー、そろそろ集合時間だよー!」
やわらかい口調で、そう教えてくれた。
けれど、こっちはあせる。あの人に、ラナさんを見られた。
と思ったら、ラナさんはすでに隣にいない。壁の中と外を見たけど、どっちの壁側にもいなかった。
まるで、最初から、そんなひとはいなかったかように。
もしかして、あの人は、おばけ、だったのか。
とたん、自由な発想を起してしまう。
「おーい、きみきみみー、きこえてるかーい!?」
無反応かと見られたらしく、男のひとは、近づいてきてた。
壁の上にいるので、失礼にも相手を見下ろすカタチになる。
この男のひとにどう反応すべきか。ここは、なるべく優れた回答をしなければ。刺客としての資質が試される場面と判断した。もちろん、なぜ、試されねばいけないのかという部分ある。
けど、次の瞬間、不意に妖気めいたものを感じた。
森側の壁を見ると、いつの間にかラナさんがそこにいた。まるい目で見上げ、左手にピース、右手にはスケッチブックを持っている。
そのスケッチブックはどこから。いつの間に。
直後に「というかー」壁のなかから男のひとが声をかけてきた。「どうやってそんな場所に登ったんだ?」
きかれて壁の続くあとさきを見る。言われみれば、視界の限り、壁の上を登れそうな場所がない。
これでは壁の上に立っていることじたい、奇異に思われてもしかたなさそうだった。
ここはなにか、誤魔化しの良い答えを。なにせ、まだ一言も発してない。あせっていると、ラナさんが小動物みたいごそごそ動いた。じつに気がちるなあ、と、みけんにシワを寄せかけたとき、ラナさんがスケッチブックをめくってみせた。
『サポートする』
「なにをだ」
つい、雑な言葉で声を出した。
「おっ? ん、どうしたね、きみ」すると、町側の側にいた男の人が不思議そうな顏を向けてきた。
いっぽうでラナさんはスケッチブックに何か書いた。
『こうやって、ここにサカナくんが役立つ命令をかくよ』
メッセージの最後には、サカナの絵が添えてある。ただし、そのサカナの目からは、なぜか、涙がこぼれていた。
「役立つ命令………」
不気味な気配のする言語表現に、また、状況を忘れてつぶやいてしまい。
「おーい、きみきみ」男の人はさらに不思議がった。「ごめんなあ、なにか言ったのか?」
とりあえず、男のひとへは顏を左右に大きくふってみせた。
「おお、そうか。いやー、あのね、もう少しで始まるよゲーム、もうスタート地点にみんな集まってるからさ、きみも来なよー」
ここで慌ててしゃべるとボロが出そうだったので、ひとまず教えてくれた感謝の意を現わすために、手を合わせた。
「そんな………拝まれても………あ、でさ、きみ、そこ、どうやってそんなところに登ったの? 壁の上へ」
いま一度問われた。すると、反対側の側でラナさんが動いた。
そしてスケッチブックをこちらへ向ける。
『汝へ告ぐ、我、赤き渦巻く天からこの不浄の地へ舞い降し、ポポーロンリアラーンの化身である』
「ハシゴで登りました」
「ああ、そう」
「いま降ります」
そう言ったものの、内側へ降りるハシゴはない。しかたなく、外側へかけていた脚立をひっぱりあげる。かなり重かったが、壁の外から持ち上げるのをラナさんが手伝ってくれた。けれど、一瞬、脚立からから手を放してしまい、慌てて掴みなおす。
「あれ、いまハシゴが宙に浮いた気が………」
「サービスのいっかんです」
「え、あ、ああ………」
じぶんで言っていて意味がわかららない。けれど、言い方と間合いの勝利か、男の人は深追いはしてこなかった。もちろん、かかわることを避けた可能性もある。こいつは、いかんぞ、と、なにかを察知して。
壁の上まで持ち上げたハシゴを内側へかけなおす。高く幅の充分とはいえない壁の上で切り替え作業をするのは少しこわかった。反対側の下ではラナさんがスケッチブックに『わたし、ウデがつかれた』と書いて教えきていた。
そんなラナさんへ「アディオス」そういって、ハシゴをつかい、壁の内側へ降りる。
降りるときは、どこか海底へ潜るような気分だった。
果たして、持ち前の酸素は足りるのか。
そういう種類にも似た不安と正直、興奮もあった。
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