第11話 絵にも描けない最悪なキモチ
スマホの連絡先の交換を終えた後、シキさんは本業に勤しむため、コンビニへ戻っていった。こちらを壁際の森に残して。
シキさんはバイト時間の隙をみて、この作戦に有効な情報を送るといっていた。だいじょうぶだ、仕事中にスマホはいじるけど、接客の品質は落とさない。と豪語していた。
とはいえ、いずれにしても、仕事中にスマホをいじるわけであり、いまある仕事を大事にうんうんといっていたあのセリフは、はやくも不成立の様相をていしている。
詭弁である。
「ムズカシイことかんがえたら負けだ」
ラナさんは、そっけない口調でそういい、棒付きチョコレートの包みを剥がして口にくわえた。
見返すと、目を合わさないままいった。「しかし、また、考えないとその時点で負けでもある」
「出口ゼロだね」
「おおむね、扶養家族はそのパターンばかりだ、サカナくん」
「すれっからしてるなあ」
遠い目をしながらいうラナさんにそう申す。深い意味はなかった。
けれど、ここにちょっとした安堵はあった。ラナさんがもうだいぶ落ち着いている。一時期は、飄々とした感じもなくなり、映画館で全財産の入った財布を落としたみたいになっていた。、シキさんから与えたれら得体の知れない使命が刺激になって、正気に戻ったらしい。そう考えてみれば、奇抜な復活だった。
横顔を眺めながら考察していると、スマホが振動した。画面を見ると、シキさんからだった。さっそく、連絡しきた。つまり、休憩から仕事に戻って、すぐスマホをいじったということだろう。
そして、メッセージの内容は『エントリーしておいた、池』となっている。
池。たぶん、行け、だった。
すぐにラナさんへ画面のメッセージをみせる。「池って」情報連携の意味と、小さなミスを晒す意味もこめて。
「池」ラナさんはその部分をつぶやいた。そして「池かあ」と、別バージョンでもつぶやく。
シキさんが『行け』の変換をしくじったのだったとしたら、あわてて入力した可能性もある。
そうか、あの人も、にんげんなんだ。と、感じないでもなかった。
いっぽうでラナさんはくわえたチョコレートの棒を口先で小さくゆらし、踊らせた。
「そういう、小さな着地に失敗するのとか、この先の不安をあおるよねえ。送信するまえに、ちゃんとメッセージ読み直してない人が立てた作戦に従わなあ、いけんのかぁ、って思うと」
好き放題なことを言い放つ。
そのコメントに対してコメントすることをがめんし、時間を確認する。時刻は十二時半だった。
大会が始まるのは午後一時きっかりだと聞かされた。あと三十分ではじまる。
「いまどんなキモチだね」
ラナさんが問いかけてくる。
「絵にも描けない最悪なキモチだよ」
「絵に描けたらいつか見せてね」
言って口をうねうねさせ、棒付きチョコレートの棒を口だけで振り回す。
「そうかあ、キミとおれは、いま同じ緊張感には包まれてないんだね」考察を述べて、そしてあきらめる。「参加するのは、おれだけだもの」
「サポートはまかせて」
とたん、ファイティングポーズをする。つくった二つの白い手の拳は、クリームパンみたいだった。
「不安、ここに完成だ」
心のままを言葉にしておいた。
それから「それで、おれはなにするんだっけか」わりと本気でわからなくなってそういっていた。「そっか、サバゲーに参加するんだった」
「異能力サバゲーだね」
「スタンダードなサバゲーすらやったことないのに、初回から変化球なサバゲーだもの」
どこへぶつけるでもなく、ちいさく嘆いてしまう。
「でも、手榴弾から全力対するサカナくんの姿にはね、サバイバルな印象があったよ」
「言われても困るだけの発言だ」
言って見返すと、まるい目で見返して来る。おそらく、ラナさんは自分が参加しないぶん、心が安定している。観客席側の表情だった。
こちらは基本的にはやりたくないためか、足が重い。正直、ここでラナさんと、不毛な会話を七時間ぐらいしているほうがずっといいし、むしろ、ずっと話していたい。
でも、そうもいってられない。時間の制限があった。待ったなしで有限が攻めてくる。ラナさんの親が帰ってくるまえに、あそこでサバゲーをやっている人たち全員倒して、ゲームを終わらせてしまわなければいけない。
もちろん、一度は、いまあそこに集まった人たちへ、ごめんなさい会場のまちがいです、と口頭で伝えて追い払えば済むなと考えもした。
ただ、それだと約四万千円はもらえなくなる。
そして、それだけの金額を手にすれば、自転車だって、修理できる。いや、いっそ、車体そのものを買ってしまえるのではないか。
ぞんぶんに、捕らぬ狸の皮算用していた。
「金のため、金のため」
ひとまず、汚れたつぶやきで自分に洗脳をかけて現場へ向かうことにした。
ハシゴを登り、ふたたび壁を登る。
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