第10話 その設定は誰が決めたんですか。どこかの国の暴君とかですか

 そして、数分後、コンビニの店長所有の黒いスーツを着ていた。

 おれが、だった。

 学生服はいつも着ている。けど、大人が着るようなスーツへ身をつつんだのは、これがはじめてだった。

「店長の香りがするでしょ」

 肩へ手をおき、シキさんがそれをいってきた。

 なので、負け時と「はい」返事してやった。「そりゃあもう、香りますわ」

 何に対して負けないようにしていたのかは、うまく説明できない。

 いずれにしろ、急に他人のスーツを着る、いま、そんな謎の展開に襲われていた。かくじつに人生でいらない経験だった。そして場着替えたのは国道から森の中だった。

 ラナさんも一緒にいた。ただ、彼女は着替えない。彼女は着替え終えた姿を目にして「サカナくん、おじさんに見える」といってきた。

 とりあえず、スーツを着てから三十秒が経った時点で、なにひとつ好いことはない。

 望まない香りと、愚弄されただけだった。

 けれど、まんまと、翻弄され、みちびかれていったのはじぶん自身だった。玩具にされるのはわかっていた。でも、ダメだった。

 ああ、おかしなことを言われている。

 でも、ここはむしろ、こっちも乗っかるべし。

 そういったベイビーな精神の悪い部分を全力で発揮してしまった。悪質な自前のサービス精神が仕事してしまった。その末路が、こうしてよく行くコンビの店長さんの黒スーツへ着替えるという未来まで、自分を連れてきてしまった。

 一度、どこかで本格的に自分という人間の再構築が必要な気がする。

 己自身を感慨見ていると、シキさんが「あの異能力設定サバゲーの参加者はみんな黒スーツってのが決まり。固定設定なの、記憶の殺し屋はみーんな、黒スーツって」と告げて来た。

 顏を向けて「その設定は誰が決めたんですか。どこかの国の暴君とかですか」そう訊ねた。

「わたしだ」

 シキさんは迷いなく即答を放つ。すると、ラナさんが「たいしたタマね」と、つぶやいた。

「言い忘れた、くだんの異能力設定サバゲー、開催してんのもわたし」

 自身の胸へ右手を添えて発表してくる。

「あの、なんか、情報がまたグチャっとなってしまいましたよ」まず、それを教えておいた。それから聞く。「シキさんがその大会を開いたというのですね」

「そう、思いついたから、開催してみた」

「なら、シキさんも参加するですか、あれに」

「のん」

 フランス語的な答えで顏を左右に振った。フランス語というか、ふらんす語、とひらがなで表現した方があってそうな。

 とにかく、参加はしないらしい。

「わい?」

 とうぜん、こちらも聞き返す。えい語、みたいな感じで。

「諸事情がある」

「どんな」

「バイトが入った、今日は店で働く。にんげん、いまある仕事は大事にしなければ」

「でも、いま、この瞬間は働いてないですよね。だから、ここはひとつ、この矛盾でシキさんを攻めようと思います」

「いまは休憩時間、一時間の休憩中」

「なるほど」

 かんたんに納得できてしまった。そこにラナさんが「そういうことだ、サカナくん、わかったかい」と、もはや、やや、シキさん側の立場から発言してくる。

 いつの間に、ラナさんは向こうの軍勢に取り込まれたんだ。じつは、ちょっとした衝撃だった。

 でも、悩むほどでもない。回復は素早くできた。

 そこへシキさんが続ける。

「あのサバゲーさ、べつにもう主催者がいなくてもだいじょうぶなイベントにまで高めてある。もう何十回とやったし。ただー、今日のは、ちょっとしくじってる。なぜか、なにかの間違いで、今日のサバゲーはあの壁のなかでやることになってる。いつもは、この近くの山の奥にある廃村でやってるんだけどね」

「ああ、あそこですか」

 知っている。むかし、村だったとき、この先のさらに山の奥にもちょっとした集落があった。いまは誰も住んでないけど、そのときの家が少しだけ残っている。

 小学生のとき、たまにみんなで行った。大人には、行くなといわれたけど、でも、やっぱり行ってしまう。そんな場所だった。

「そこでやるのも許可はとってる」

「でも、壁のなかは廃村ではないですよ」

 壁の方を指出す。

「さっき調べた。したらさ、なんかスマホのGPSが完全に狂ってて、開催場所の情報がズレてあそこになっていた」

 シキさんは腕を組んで唸る。

 そうか、わかった。いかんせん、今日はアレな日だった。デジタル表示がおかしくなっている日だった。

 たしかに今日なら、GPSだって狂ったりしているのかもしれない。

「で、そのままみんな、あそこに集合しまった」

「なら、いまからシキさんがあそこに出てて、あの人たちに向かって、さあ、まちがいでしたー、だから、やめやめやーめー、って叫べば終わると思いました、いま」

 なぜか、感想みたいな言い方になってしまった。

「いや、もうお金をもらってる」

 すとん、とその回答がなされる。

「べつにお金はいいんだけど。いま使っているイベント開催の仕組みだと、参加料を返すの手間なんだよね、手続きとか」

「手間を惜しんではいい仕事はできないという話しをきいたことがあります」

「で、もうすぐ始まる時間だ」シキさんは無視して話して来る。「かりに、もし、場所まちがいだったって、参加者に伝えて、いまからあの廃村まで移動ってなるとね、あそこ、ここからそれなりに遠いし。移動して着くまで時間かかって、たぶんサバゲーやる時間もなくなる。となると、中止になるし。中止だと返金しなきゃいけないない」

「だから返せばいいじゃないですか」

「よーし、きみたちにはバイト代を出そう」

 意見を無視した上で、ぽん、とそう言われた。もちろん、話を聞いてもらっている印象はない。

 けれど、なんだろう。その、ぽん、と返された発言で状況の色がまた変わったといえた。

「お金が、もらえる………」

 ラナさんが、ぴく、っとした。そして、まるい目でシキさんを見返す。

「お金がもらえる………キャンペーン?」

「キャンペーンではない」シキさんは、きっぱりとそういった。

 すくなくともクオリティの高い会話ではない。

 しかし、かまわずシキさんは話し続けた。

「今日のあのサバゲーを予定通り開催する。そして、参加費用のお金はすべて頂く。そのお金はきみたちは半分あげる、参加者は八人で、ひとり一万二千円………」

「九万六千円」ラナさんの計算は光りのように速かった。

「それ、はんぶんあげる」

「四万八千円」ラナさんは金額を言い「およそ、わたしのお小遣いによる年収に匹敵………」あとは口を手でおさえて、少し震えていた。

「まあ、そこのサカナ少年のいうとおり、わたしがいまからあそこにいって、まちがいだったので、今日はナシナシでー、っていうことも、たしかにできる。でも、ここはユニバース的な考えをしてみるって手もある。このまま、あそこで無事サバゲーを開催して、とどこーりなく参加料を頂く」

「そしやらその参加料のすべては、わたしの懐に」ラナさんが目を輝かせる。

 そこでとりあえず、教えてあげた。「話きいてないですよね、すべてラナさんの懐に入るとはいってないですよ」

「そのためには」

 いまの流れの主導権を維持するためが如く、シキさんがいった。

「この子の親があそこに帰ってくるまえに、あそこにいる全員を素早く倒してゲームを終わらせる必要がある」

 右手の人差し指を天へ向けながら、シキさんが言い並べる。

「で、そのために、少年、いまからきみをあそこへ刺客として送り込む、そして、きみが素早く、全員をやつけるべし」

 天へ向けていた指先を、こんどはこっちの鼻先へつきつける。

 すると間があいた。やがて、ラナさんが思いついたようにいった。

「あ、そうか、わかった。サカナくん、この人、ちょっとアタマがどうかしてるんだね」

 自由に放ったその感想は、それはそれでやっかいなしろものだった。

 なんというか、きっと、この短時間のあいだ、扱いづらいものしか発生してない。

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