第8話 いつの間にチーム化を果たしたんだ

 壁の外で戻って、一度、森のなかへ入る。そこで状況を整理することにいた

 とはいえ、落ち込んでいるラナさんから話しを聞くのは気をつかった。落ち込み過ぎて、もはや、消費期限切れで、傷んだナスみたいになっている。さっきまでの飄々とした感じが、すべて消えていた。ここで下手によけいな刺激をあたると、さらに、傷んでしまっては、こっちもてんやわんやになってしまいかねない。接し方を考える必要があった。名案を探す。

 とにかく、不測の事態が起こったときは、誰かはひとりは冷静でいなければいけない。そして、ここにはふたりしかいないので、その役目は自動的にこっちにくることになる。

 ラナさんの話では今日、壁の向こうは彼女しかいないらしい。ラナさんが親たち、といっている人たちはみんな出払ってしまっている。あの壁の向こうの家の数から考えて、きっと十人以上いて、ラナさん以外がでかけている。

 そう、十人。

「十人が、住人」

 みずからの心を鎮めるため、そうつぶやいてもみる。

 けど、言わなきゃよかったと、即座に後悔がやってくる。

「至近距離からゴミみたいなダジャレをきかされた………」

 落ち込みながらラナさんがそういう。まるで品質の悪いダジャレをきいて、具合いが悪くなった感じになっていた。

「もし、わたし自身がそんなダジャレ言った日には………わたしはもう生きていけないやもしれません………」

 追加の発言には敬語もつかわれ、攻撃力の増加もはかられる。

 けど、ケガの巧妙的に、それでなんだかんだで、彼女まだまだ大丈夫だと確認できた。まだまだ、人を愚弄できる、しっかりした頭の状態だ。

 根本は元気なんだろう。雑にそう片づけておいた。

 とはいえ、この状況をまえに、以前として途方に暮れていた。なにしろ、こんなものの対処方法がわからない。ふたたび思う、こういうときのやり方を学校では教わってない。

 ラナさんは壁の向こうで見た黒いスーツ姿のひとたちが何者かまったく知らないという。そんな人たちに留守中に壁の入りこまれてしまった。それも、自分が留守を預かっていたときに。見張りを抜け出して、コンビニでお菓子を買っている間に。

 見事な職務怠慢の完成ともいえた。

 いろいろ考えていたが、すぐ隣でラナさんが「もう、なにもかもおしまいだ」と、近くに木に顔面のはんぶんを押し当てて落ち込んでいる。

 その様子は、ぱっ、と見、絵的におもしろかった。油絵にして、学校の玄関に展示しても、多くの保護者の鑑賞に耐えれそうな図だった。

 けれど、そんなことを発掘している場合でもない。ここは、ひとつ、なぐさめねば。

「だじょうぶですよ、ラナさん」

「なにをコンキョにダイジョウブといいっている、サカナくん」

「だって、手榴弾を爆発させといて、社会的な問題になってないくらいですから。たとえ留守に失敗したぐらい、あれなんじゃないのかと」

「………そうかな?」

「あ、ごめんなさい、じぶんで言ってすぐ、いまいかに、じぶんが狂ったなぐさめ方をしたかに気づいた。ゆえに、早くもそうですと答えれなくなってます、たてまえでさえ無理です」

「鼻血が出そうなくらいたよりにならないなぁ………キミさあ、もっとこのチームの精神的支柱として積極的に働いてほしいんだよな………」

「いつの間にチーム化を果たしたんだ」問い返す。でも、回答は期待していない。

 そして、とうぜんのように、ラナさんからの答えはない。

 しかたないので「名誉に思うようにするよ」こころを込めない言い方でそう伝えておいた。

「ねえ、ラナさん。ホントに、あのスーツの人たちに心当たりないのかい? なんだろ、おれが見た印象だと、あの壁の向こうでくつろいでたし、悪い人にはみえなかったよ」

「わたしにはわからない、なにもかも、わからないのです」

「死の直前みたいなこと言ってるね」

 感想をのべた後、なんとなく、森のなかから壁の方へ目を向ける。

「謎の集団なのか、困ったぞ」

 じっさい困っているのはラナさんだが、彼女の困ったが、こちらにも感染したらしい。困った気になっていた。

「おこられる………留守番のしくじりをおこられる………留守番さぼったのおこられる………」

「けど、留守さぼってる間に、敷地に黒スーツのひとたちが大挙してくるなって、出来事として、あまりにこの現代社会では特殊なこと過ぎて、これが怒られるってレベルなのかどうかがイメージしにくいよ」

「わたし、おこられるの嫌いなんだもの」

 あいかわらず、傷んだナスみたいな雰囲気のまま、まるい目でこちらを見ていう。

「あの人たちの目的はなんなんだろう」

 とりあえず、そう言ってみた。

 ただ、ヒントもないまま考えても、答えはみつかるはずもない。

「ゾンビには見えなかったし」

 無意識のうちに、皮肉っぽい発言をしてしまう。

 けど、ラナさんはきいていない。「もうダメだ」心のへこむをより深くしてゆく。「なにもかも終わった、たぶん、わたしは一生、家で犬とか飼ったりすることのできない人生とか歩んでゆくんだ………」

「いよいよ角度のよくわからない落ち込み方になってきたな」

 こちらとしても、新規のなぐさめ方も思いつけなくなって来ている。

 とはいえ、このまま捨て置くのはしのびないし、まだ、陽も高い。一日にはまだ充分に時間が残されてる。それに自転車はないので、隣り町まで遠出することも出来ないし、いかんせん、ヒマがあった。

「さっきの人たちと話を、してみれば」

 まずは屈託なく、それを提案してみる。すると、彼女は木の顏はんぶんを預けた状態から、落ちくぼんだまるい目で見返してきた。

 じっと見て来る。

 そして、なにも言わない。

 ラナさんのまるい目のせいか、迫力はあまりなかった。コワくもない。じっと見られても、緊張感もなく、上気することもなく、いつまでも見返していられそうだった。なので、とりあえず待った。

 すると、ラナさんは「ここから呪う」と言い出した。

「どうした」と、そくざに聞いた。

「あそこからみんないなくなるよう、呪うの」

「そんなことができるのかい」

「できない」

 こたえて、目をそらす。

 この会話、必要だったか。そう聞きたいところをおさえ「そうか」という反応だけにとどめた。

 状況はいまだに不明だが、わかるのは、ふたりして、いま、時間をぐずぐず過ごしているのだというぐらいだった。

 その直後だった。

「そこのふたり」

 背後から声をかけられ、びく、っと身を震わせた。あたふたして見返すと、見覚えのある人がいた。

 シキさんだった。コンビニの制服姿で立っている。

 びっくりした。そして、ああ、やっぱり綺麗だな、と思い、つぎに、しかし、なぜこんなところに。驚いて、それら三秒間ぐらい経ってから、ひとまず、小さく会釈をした。育ちの礼儀ただしさが出てしまう。

「君、さっき店にいたよね」

 シキさんは問いかけながら近づいてきた。

「はい、いました………」緊張して、身をこわばらせてしまう。「………そせつは、どうも」

「はい、こんにちは」

 シキさんはあらためて挨拶をしてくれた。なんだか、ありがたい。ちょっと有名な御堂で、御神体を拝見したぐらいの、ありがたさに近い。

「そこの女の子、あの壁のところに住まう子だよね」

 問われたので、ラナさんを見る。彼女がしばらく反応しないので代わりにシキさんへ顏を向けた。

「はい、壁のところに巣くう子です」

 代わりに答えると、ラナさんがまるい目の下をよどませながら「いま個人情報を流出させたぞ、サカナくん………」といった。

「まあまあ」と、ゆるくなだめる。そして、まったく根拠なく「だいじょうぶだから」そう続ておく。

 そして、シキさんはというと、壁へ視線を向けていた。

 高い壁のまえに立つシキさんの姿は、コンビニの店員さんの制服にもかかわらず、どこかこれから何かに挑もうとするアスリートっぽい雰囲気がある。

「異変に見舞われてるでしょ、いまあそこ」

 問われて、ラナさんを見る。まだ反応できそうに、ここでも代わりに答えることにした。

「見舞われてました。なんというか、そもそもが、この町の異変みたいな壁の向こうで、異変が」

「扶養家族の少年、キミの方は、この町の子だよね」

「魚目といいます」

「よし、その名前おぼえた」

 なぜか堂々と、上から立場の感じでいってくる。けれど、こちらも「名誉に思います」と、反抗することなく受け入れてゆく。

「ほいで、サカナメくん………と、そこのどんより少女は………」

「こちらはラナさんです。ええっと、いまはこんな感じですが」一度、ラナさんを見た。もはや、憔悴したような顏になっている。「出会った頃は、こんな感じの人じゃなかったんです」

「お湯でもかければ、そのうち元に戻るさ」シキさんはさらりと壮絶なことをいった。「ああ、わたしは森川」

「名札にはシキってかいてあります」

「森川四季」

「なるほど、フルネームだとそういう仕上がり具合い………」

「仕上がり具合い」

 つい、口走った部分に、ひっかかったのか、シキさんはそうつぶやいた。けど、けっきょく流してくれた。

 いっぽうでこっちはこっちで、もちろん、ラナさんの様子も見逃していない。経過観察を実行する。まだまだ、落ち込んではいたが、楕円気味になったまるい目を、シキさんへ向けている。

「で、あの壁はなに」

 ここでシキさんが根本を問いかけてきた。

「それは、基本的にこっちも知りたい案件です」

 と、正直に答えた。けど、そのあとで、あれ、っと思った。

 そういえば、そもそも壁の向こうが小さな海外の町みたいになっているのも知っていそうだった。

 もしかして、何か知ってて壁のことを聞いたのか。

 つい、勘ぐっているときだった。

「うちの親たちは壁を信仰してる」

 すると、ラナさんがそういう言い方をした。

 対して、シキさんはすぐに「そっか、税金対策とかも込みのやつね」という。しかも、それだけである程度、壁については納得していそうだった。そして、ため息を吐きそうな顏をしている。

 なんだろう、いまやり取り。少し、神々のやりとりにも見えてしまった。近づきがたいというか。

 きかされてない設定の話というか。

「ラナさん、だっけか」

 どこか慎重そうに、シキさんが彼女の名を口にしつつ見る。

「当たり前すぎる質問だけど、きみは、あの壁の向こうにくわしいはず」

「そりゃあ、住んでるし、住処だし、安住の地だし」

 やっぱり、ふたりの会話は、なぜだか、はたで聞いていると、ある種の緊張感がある。

「わたしは黒スーツたちの正体を知っている」

 とうとつに、ラナさんは腰に両手をあてながら淡々とした口調でそれを発表した。

「あの人たちが何者か知ってるんですか」反射的に、ぐい、っとまえに出て聞き返していた。「どこの誰とか」

 好奇心は、いつも、我を少し忘れさせてしまう。必死さも出てしまう。

「あれは『記憶の殺し屋』たち」

 ただ、ラナさんの口から出た言葉は、予測するには、なかなかどうして、手強そうなものだった。

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