第7話 感想がムズかしい
しかし、脚立でのぼった。
入口までゆかず、壁はラナさんが森のなかに隠していた脚立で登った。ラナさんいわく、入口まで行くのはめんどうなので、たいていこの場所から壁を脚立でのぼって降りているらしい。
「ゾンビは無理だけど、にんげんはかんたんに越えれる壁である。知性は万能だよ。にんげんには誰だって、そこその発想があるから」
壁の頂点で待っていた彼女にそういわれた。
「感想がムズかしい」
「壁っていっても、ゾンビ以外からはこんなものさ」
壁の上、地上から三メートル付近でそういわれ、言葉も返しづらい。間を誤魔化すのもあって、壁の上から周囲をうかがう。手をかけた頂上のそばには、見張り小屋もあった。
近代だし、人をここに立ててみはらずとも、監視カメラでも設置すればいいような気がしてやまない。監視カメラなら電気で動くし、それに、ラナさんに限っては、見張りを抜け出してコンビニにいってしまう。
もちろん、そもそも、どうして生身の人間の見張りを立てているのかという疑問はあったが、あえて、そこは深追いしないようにした。そのおかげで、ラナさんとも出会ったワケだし、それに、今日は日付けの狂う日だった。一生懸命、今日を修正したとしても、明日には、正常な日付けになっている可能性がたかい。きっと、今日だけなので、見逃してやろうという感じもはいっていた。
脚立を登りながら、そうか、見張り小屋はこんな感じなのか、と、そう思っていた。つぎの瞬間、そこから見えた光景に「あっ」と声を出してしまう。
町がある。
それは、ちいさな町に見えた。ちいさな家がいくつかたっていて、舗装路もあって、それぞれの家にはかっこいい郵便受けもある。どの部分も新品みたいに綺麗だった。しかも、町並は、外国風というべきか、行ったこともないヨーロッパとか、アメリカと思わせる。壁の向こうにはその辺りの感じの小さな町並がひろがっていた。ただ、じゃっかんテーマパークの雰囲気もある、つくりモノ感がある。
けれど「すごい」といっていた。自然と湧き出て感動はまぎれもなく本物だった。
この町に、こんな場所が出来ている。驚きで、おかしさも忘れ、ときめきはしかたなかった。
「うん、うんもっと褒めて、あますことなく。どどどー、と褒めて褒めて」
ラナさんは遠慮なくそういう要求してくる。けれど、いったん捨て置いた。
そして、なるべく自然な動きを意識して、壁の向こうへ顏を向けた。
「すごいよ、いったい、どういう神経でこんなものをつくったんだろう」
「いま、うちの親たちに対して、やや愚弄がはいったね。まあ、いいが」
「君はここで暮らしてるんだよね、なんだかたのしそうだ」
「そう見えるんだね」ラナさんは意外な話しを聞いたような表情をした。「うまくできてんだね、この町」
まるで、他人事みたいにいう。
「ところでラナさん」
「なんだよ、サカナくん」
「おれの自転車はどこだい」壁の上でそう聞きながら、じつはラナさんとかなり、距離がちかいなといまさら気づく。でも、その邪念をふりはらうようにさらにきいた。「たぶん、いまはもう自転車だったものになってるのかもしれないけど」
「ガレージへ移動させてある、親にみつかるとややっこしくなりそうだったし」
「なるほど」
うなずいておく。
「で、プラス、もうひとつ聞いておくよ」
「なに?」
「今日、きみは留守番ときいたよ」
「そうだよ、いったよ」
「なら、あそこにいるスーツの人は誰なの」
その方向を指をさすと、ラナさんはまるい大きな目でそちらへ向けた。
そこに黒いスーツに、白いシャツを着込んだひとがいた。遠くからので、かくしんはないけど、きっと男のひとだった。
壁のなかに設置されたベンチに座って、スマートフォンを操作している。なんだろう。エージェント感がある。よく知らないけど、スーツが黒過ぎるせいか、なにかのエージェント感がある。そして、本物感は薄い。衣装っぽかった。
ラナさんはしばらく無反応だった。じっと、その黒いスーツを来た男の人をじっと見る。すると、まもなくして、今度は家の影から似たような黒スーツに白いシャツ、下はズボンをはいた、たぶん、女の人だと思われる人物が出て来た。
それも同時にふたりだった。両方とも女性だった。
かと思うと、さらに別の場所にも黒いスーツの人の姿をみつけた。ジョギング前の軽いストレッチ運動をしている。
そらにその後、次々と姿を現わす。最終的には七人になっていた。その七人は、みんな、男女関係なく同じような黒いスーツだった。ペットボトルのジュースを飲んでいる人もいるし、三人集まって談笑している人。まだストレッチをしている人。
ここにいて、何かをしているというより、さながら、それぞれが自由時間を過ごしているような印象を受けた。
「公園みたいなことになってるようだけど」
いいながらラナさんの方を見た。すると、彼女は動きをとめていた。
おや、どうしたんだろう。
そう思って、目を向けていると、やがて、ラナさんはまるい目から涙がこぼれた。
そして、たちまち、ふたつのまるい目から、どろどろと涙を流しながら、こちらを向く。
「どうしよう、留守番に失敗した」
至近距離で泣きながらそう言われ、こっちもこっちで、ただただ、こまった。
対応方法がわからない。こんなの学校では教わってないことだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます