第5話 ぽこぽーん
タヌキを避けようとしてハンドルの操作を間違えて、それで車は横転した。
「そういうことらしい」
ラナさんが教えてくれた。
「タヌキ」
「おまわりさんが話してのを盗み聞きした」
「なるほど、ケーサツから情報を盗んだんだね」
「まあね」といって、ラナさんは「ぽこぽーん」とうたう。
タヌキのハラつづみのマネだろう。いまこのタイミングでやる理由は不明だった。
いっぽう、コンビニのまえには、パトカーが一台とまっていた。やってきたおまわりさんたちが、色々調べている間に、パトカーがもう一台が来た。
店に買い物に来た人が野次馬になったこともあって、店のまわりには、人だかりが発生していた。野次馬のなかにはよく見知った町の人の顔もあった。はからずも店へ集合する人たちを見て、あとからやってきた店長さんが「オープン初日を思い出すねえ」と、つぶやいて、遠い目をしていた。
車を運転した人がどこへ行ったかはわからないらしい。忽然と消えてしまったという。おまわりさんも探しているみたいだった。大人の人たちは不思議がっていた。
事故の瞬間に立ち合っていたおれたちにとっては、不思議を越えていた。ずっと、見ていたけど、運転手が脱出した瞬間なんて見てない。もしかして、誰も運転していなかったのか。そんなことありえない。でも、やっぱり、運転していた人があの車から脱出した場面は見ていない。見逃すだってタイミング的に難しそうだった。そして、ラナさんも同じで、誰かが脱出するところを見ていない。
ふたりそろって、脱出を見逃すとなると、さらに難しい話になる。
そして、とうぜん、どんなに考えても誰も答えを教えてくれるはずもなかった。すると、だんだん、じぶんたちの見間違えだったのではないか、とか、記憶ちがいだったのではないかと、そっちの方へ、感覚は倒れてゆきはじめていた。
そんなことを考えながら店の方を見る。
シキさんはレジで接客をしていた。
店の前にはそばで横転した車があっても、やってきたお客さんとりあえず店で買い物をした。買い物をするまえに、スマホで写真をとるか、あとにとるかの違いがあるだけだった。
「運転手が消えた」と、ラナさんがあらためていった。それから「まるで誰も運転してなかった車が横転したみたい」そう続けた。
なんなんだろう。すごい事故だったし、その瞬間、現場にもいた。
でも、ケガをした人を見てないせいか、落ち着いてもいられた。
すると、ラナさんがいった。
「ゾンビが運転してたのかもね」
その発言を投げられ、見返す。
ラナさんは、いつの間にかチョコを口にくわえていた。見返すと、彼女もじっと見返してくる。
あいかわず、まるい大きな目をしていた。
「きみ側からそういうのを繰り出してもらうと、なんだかなんか助かる」
本心を伝えると「ええのよ」ラナさんはチョコを咥えた口で答えた。「ほれ、わたしサイドだって、あんなところに住んでる以上、義務は感じてるから。生息地の特製に殉じてそういう発言とか挙動すべきだって、そのきんぺんの」
「運転してたひと、どこいったんだろう。いないよね。山に入ったのかな。また、山がりするのかな」
「ときに、サカナくん」
「あ、はい」
つい、学校の先生へするような返事をしてしまった。じつは、ラナさんと話しているとき、まだまだ緊張はある。
「サカナくんよ」なぜか、あらためて呼んでくる。「自転車の件だけどさ、ろーほーがあるんだ」
「朗報?」
「へへ」
ラナさんは、まるい目をほそめ、渇いたちいさな笑いを起す。
「朗報なハズがない」
内容をきくまえに、予測して、そう断言して返す。
「へへ」
でも、ラナさんに通じない。もう一度、おなじように笑っただけだった。
どうも、その、ちいさな笑いが止まらない様子がある。こっちは、ちいさな不安をおぼえるばかりだった。
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