第4話 幻想動物でも目撃したかのよう
ラナさんがチョコの会計をしている間、なにげなく先に店の外へ出ることにした。そのとき、一瞬だけ、違和感があったけど、あまり気にせず、店の外へ出る。
やがて、ラナさんが店の外へ出てきた。
午後も空はよく晴れていた。やはり、どこかのホームセンターで手軽に買って来た絵具みたいな青さだった。
この町、最大の希望であるコンビニは県道沿いにある。周囲は山ばかりで、木も生え放題で、そこで展開している葉という葉はまだ青い。店は通りを挟んで、短い崖になっていて、そこを川が流れていた。その川は、あの釣り場へ繋がっている。
「ねえねえ、いまの見た?」
店の外へ出たときラナさんが声をかけて来た。
ラナさんの視線はコンビニのガラスドアへ向けれている。
「見たかい、サカナくん」
と、あらたまって呼ばれる。
こっちは「はい?」と返事をする。
「さっきの店員さん、見たかい」
「店員さんがどうしたんですか」
店には入ったが、店内でラナさんを発見してから、彼女しか見ていなかった。しかも、けっきょく買おうとしていたクリームパンも買い忘れる始末だった。
「さっきの店員のお姉さん、発狂しそうなほど美人だったよ。うつくしかったよ、耽美だった。わたしの人生で見たなかで、ワンバーワンやも」
幻想動物でも目撃したかのような表情だった。眸には特別な煌きさえある。指をさし、「美人だ、耽美だ」と、やれそれとブレーキなく褒めるし、称えてく。
それで店の方へぬるりと顏を向けた。
でも、いま立っている場所からでは、丁度、逆境になって店内の様子はみえない。窓に張られたポスターや、棚で死角にもなっている。
どうにも、ラナさんは見逃せない店員さんがいたという。ただ、この店はオープン日から毎日のように通っている。でも、休日のこの時間帯はいつも、店長のおじいさんがレジに立っているだけだった。
もしかして、おじいさんを綺麗といっているのか。ラナさんはそういう感性の人なのか。一瞬、その方面を考えもした。
好奇心の働きは素早く、飛び込むようにして開いた自動ドアへ飛び込む。あとから、ラナさんも着いて来た。
いた。
すぐにわかった。その人はレジに立っていた。
嘘じゃなかった、嘘みたいに綺麗だった。いいや違う、綺麗さに嘘はない。きっと、ニ十歳くらいのひとで、まるでおそろしく値段の猫みたいな女の人だった。世界の美猫大会があったら、優勝しかねない綺麗さだった。
その綺麗なひとが、レジのなかで、ぼんやりとしていた。
そして、その人は、こっちをちらりと見て「いらっはい」と、気の抜けた挨拶を放つ。
「ほんとだ、いる」
そういって、とりあえず、その店員さんへ向け一礼する。すると、ラナさんは「な、ね、いるでしょ。実在したでしょ」と、ややはしゃぎ、けど、どこかユーマ発見的な感じで、ななめ後ろから声をかけてくる。
「見たことない人だ」
見たことがあったら忘れるはずはない。きっと、忘れるほうが難易度もたかい。とてつもない存在感のある人だった。
するとラナさんが「んー、ありゃー、おそらくー、よそ者だね。この土地にモノじゃない」と、うなずきながら言う。
彼女もまた、最近、この町へ引っ越してきたはずだった。それがどうして、いけしゃあしゃあとそんなことを口走れるのか。たぶん、めずらしい精神の持ち主なんだろう。
ゆえに発言は捨ておいた。
とはいえ、ラナさんへの興味も尽きない。けど、それはそれとして、いまはレジの人への興味も強い働いてしまう。綺麗なあの人を、ひとめまた見たくなる。気にしないではいられない。
けれど、とうぜん、じろじろ見ては失礼にあたる。
そこで、バレないように見ようとする。
そして、不審な動きがここに完成する。
そんな自分を発見し、いまここに犯罪者的な思考が芽生えようとしている気がしてきた。それで、あせって正気に戻ろうとした、あげく「なんで、あんな高品質な人が、こんな駄菓子みたいな町にいるんだろう」と、我が町を、愚弄し、こんな町呼ばわりしている。
しかたない、正気の保つためだ。町には犠牲になってもらおう。
すておこう。
「あれはワケありだろうさ」ラナさんが言う。「ワケあってここで働いているのだ」
「ワケありそうな壁のなかに住んでいるラナさんが、ワケありだと思うんだから、きっと、ワケありなんだろうね」
「なによ、うちは、ワケなんてない。ただ、いつかゾンビが来るから、迫りくるゾンビが入らないように壁のなかで暮らしている両親のもとに誕生しただけだよ。なんたって、わたしは扶養家族だ」
「おれもだよ、扶養家族」
「じゃあ、わたしたち、扶養される側同盟だね」
「銀河イチかっこ悪い同盟だなあ、抹消してゆこうよ、それ。けっして後世ののこしてはいけないよ」
「必死だね」
そう、ララナさんがいった後だった。視線を察知して見返すと、レジの綺麗な女の人がこっちを見ていた。
しかも、さっきまでのぼんやりとした表情じゃなく、鋭く。まるで殺し屋みたいな目だった。
きっと、じぶんたちが入口で騒いでいたせいだ。そう思って、すぐさま、こうなったらふたたび店へ入り、ジュースを買って、客の立場に転じてゆくしかないと考えた。
そのとき、背後からとんでもない、ブレーキ音がきこえた。かと思うと、次に、大きな破裂音が二度なった。身体が反応し、ひどい猫背になる。
それから振り返った。すると。コンビニのまえんまえの県道で車が横転していた。
車はタイヤは青空へ向かってまわり、寿命が尽きたセミみたいに腹を上にしている。なにかに、やっつけられた後のようだった。
はじめはただ茫然としていた。それからじわじわと、現実が戻って来た。生の交通事故を目にしたショックは大きき、かたまっていた。ふとしてラナさんの方を見ると、わりかし平然としているように見えはしたけど、もちろん、彼女の内面が安定しているかはわからない。
そして、無意識のまま、生の事故現場へ近づいていた。好奇心なのか、車にのっていた人が心配だったのか、もうどっちかはわからない。示し合わせたわけでもないのに、ラナさんも一緒に近づいてゆく。
「そこの扶養家族たち」
とたん、後ろから声がかかった。
振り返ると、女の人がいた。あの死ぬほど綺麗な女性のひとだった。コンビニの制服に、肩には掃除ようにモップを担いでいる。
「待つんだ、そこの扶養家族たち」
その人は、あらためてそう言い直した。
「はい」おれは素直に返事をした。「待ちます」
優等生が如く、自動的に好い返事をしている。
しかし、まてまて。いま扶養家族と呼ばれた。いつの間に、さっきの会話をきかれていなんだろうか。でも、それはそれとして、あのクオリティの低い会話を聞かれていたことが、はずかしい。
綺麗な人のうえ、ジゴク耳なのか。なかなか贅沢な人だった。ひとりのにんげんに、そのふたつがそろうことは、めったに無い気がする。いや、あるか。
綺麗な女の人は、言葉でおれたちの動きをとめると、歩き出し、そのまま真横を通り過ぎていった。名札には『シキ』と書いてあった。
そうか、シキさんか。名前を知ったことで、ほのかに浮かれていたところへ、女の人が肩にかついでいたモップのもじゃもじゃ部分が思いっきり、顏をぬぐっていった。
「ゆだんする方がわるいのさ」ラナさんがそういった。「いまのが実戦なら、きみは片腕ぐらい失ってた」
よくわからない警告をされたので「そうだね」と、いって流して行く。なぜか、ラナさんはご満悦な表情をしていた。
それからシキさんへと注目し直す。ラナさんも同じように顏を向けた。
モップを担いだシキさんは、まっすぐにひっくりかえった車の方へ近づいていった。臆した様子も迷いもいっさいない。
遠目からでも伝わってくる、事後現場の生々しさには、かなりの迫力があった。運転していた人のことを想像すると、呼吸がおかしくなりそうだった。爆発でもしないかと、コワくもなかった。
けれど、シキさんは迷うことなく現場へ向かっていく。背中はまっすぐに伸びていた。
こういうのになれている感じがある。落ち着き具合は、おれの知るどんな大人よりもあった。ただ、気になるのは、救出のために向かっている感がなかった。
むしろ、とどめを刺しにゆく感がある。でも、そんなバカな。
シキさんは車のそばまで行くと、しゃがみこんだ。そして、運転席をのぞき込む。
「救急車を呼ぶパターンだと思うのよ」ラナさんがひとさし指をたてながらいった。「警察も呼ばなきゃいけないと思う」
それはその通りだっただろう。同意だった。シキさんの優れた呼び止めで、つい、すべき行動を忘れてしまっていた。
いまこそ、持ち前の常識を発揮すべきとき。スマートフォンを取出して、いままで押したこともない、緊急通報ボタンを押そうとした。
けど、直後、あただしく店から人が出て来た。それから「ありゃあああああん!?」と、叫ぶ。見慣れたおじいさんの店員さんだった。
事故現場を目にして、わかりやすく、頭を抱えて、あたふたしだす。すぐそばでそれをされたため、緊急通報ボタンを押すタイミングを崩された。
「こりゃああああいかん!」
この店長は、今年で、確か八十五歳になるときいたことがある。ちかくで興奮されると、ある意味どきどきした。
「救急車ぁ! 警察も呼ばなあぁ! あっ、ほ、ほ、本社さんに連絡ぅ!」
叫ぶ。それからの店員さんの動きは早かった。出て来たくらいあわただしい動きで店のなかに戻る。レジへ向かっていた。
数秒後、店の軒先に設置してあった赤いランプが点灯した。
それをラナさんとほぼ同時に見上げる。
そういえば、きいたことがある、コンビニのレジには強盗出現時に、店員さんが、そっと押す緊急非常事態用のボタンがあるらしい。
店長さんはそれを押したらしい。いまだその時だと決断したんだ。
見るとおじいさんの店員さんはどこかへ電話していた。連絡がかさなっては混乱しるかもしてない。そう思ってスマーフォンの操作をやめた。それからシキさんの様子をうかがう。
横転したそばにに立っていた。いったい、なにをしてるんだろう、どうしても気になった。気になるのはラナさんも同じだったらしい。ふたりして、近づかないまでも、車内の様子が見えそうな角度へ身体をズラす。
すると、少しだけ車のなかの様子がみえた。
こわれた車には誰の姿もなく。こちらから死角になっていた運転席のドアがあいていた。そのドアも無理やり開けように壊れている。
まるで、なかから怪物が破壊して出て来たみたいだった。
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