第2話 自転車なしでは生きにくい町

 自転車なしでは生きにくい町だった。

 聞いたところ、うちの親たちが子供の頃は『村』だった、それが『町』になった。

 といっても、うちの親が子供だった頃から、なにか変わったわけでもないらしい。きっと、看板だけ変えて、気分のみのリニューアルにちかい。

 海はないが立派な川がある。立派な川にかかる立派な橋もたくさんある。山は売るほどあり、売るほどある山には手ごろな木が売るほど生えてる。

 そのため定期的に材木ドロボウが出る。けれど町の人たちも負けてない。一度、近所のおばあさんが、木材ドロボウを鎌を片手に追いかけているのを見かけたことがある。刃は新品みたいにぴかぴかしていた。それを靄のかかる夜明けに見た。鎌を握ったおばあさんに追いかけられ、材木ドロボウたちは荷台が空のままのトラックで逃げていた。

 防御成功だった。そして無事、追い払った後で、うちの母親が、その近所のおばあさんに「あぶないですよ、もし相手がチャカとか持ってたらキケンですから、つぎは無理しないでくださいな」といっていた。すると、おばあさんは「チャカか」とつぶやき「その発想はなかったわい」みたいな回答をしていた。

 うちの母親とそのおばあさんが、銃のことを、なぜ、チャカという言い方をしたのだろうか。いまも気になってはいる案件ではある。もうすこし、自分が大人になったら聞いてみようとしている項目のひとつだった。いっぽうで、永遠にきかないという方法も捨てがたし。

 けど、とにかく、町はいつも平和に見える、無事に見える、なにもない。

 そう、ないもないのが、つまりこの町の持ち物だった。なにもないがある。なにもないことによって、ひたすら安定している。棒もたっていなければ倒れない。

 でも、コンビニがある。しかも、大手チェーン店のが、ひとつ。この町で、光っている最高の文明の灯火だった。ありがた過ぎた。ときどき夜、寝る前に、ふと、ああコンビニがあって、幸せな人生だった、と心底思うときもある。そういえば、まえに店の前で手を合わせている人がいた。ああ仲間だ、と思ってよくよく観察してみると、コンビニの駐車の端に塚があり、そっちに手を合わせている可能性がある。

 その塚は無縁仏の塚だという。日によっては、そこにコンビニで買ったらしい、シナモンロールパンがむき出しで備えられていることもあった。でも、たいていは、それもすぐネコやタヌキがくわえてどこかへ持っていってしまう。

 塚のことはずっと気になっていた。はたして、ネコの身体にシナモンの成分はたえられのか。タヌキのほうもしかり。

 気がかりは日々、多発する。けど、ほとんどは正解をみないままになっている。ただ、正解を知らなくても発狂するほどじゃないことばかりでもある。

 それはそうと。

 午前中、自転車を失った。

 しかも、手榴弾で失いという、たぶん、国内では、、稀有な自転車の失い方にちがいない。

 失ったものの大きさに立ち無会えず、家に戻って午前中はただ茫然としていた。ぜんぶ、夢だったのかと思って、ためしに一度眠ってみようとしたけど、神経が活発化していたせいか、まったく眠れなかった。夢から覚めるために寝ようというアイディアじたい、なにがちがっている気もしてきた。

 そこで精神を安定させるために、コンビニへ向かった。あそこに行けば、なにか、心が弾むような、ありがたい、商品に出会えるかもしれない。

 そう願い、玄関を出て、店へ向かおうとして、とたん、やはり自転車がない事実にまたぶつかる。

 そうか、もうキミはいないんだね。

 濃いめの別れを感じつつ、それでもコンビニへ向かった。そうさ、それでも、おれは進むんだ。自身に言い聞かせて向かう。手持ちのお金は五百円だけだった。

 そうしてたどり着く。この町、最大の文明の光り、コンビニ。

 ただ、きいた話では、この町で店をやってゆくには、いろいろキビしい部分もあるらしい。そのなかでも深刻なのは、いくら募集しても、バイトの人が来ないという。とくに、深夜のバイトは、けっきょく、人がいないので店長が連投しているのが現状だった。だから、もし、店長さんが倒れたら、どうにもならなくなってしまうのではないかと心配だった。しかも、だからといって、平日の日中もバイトの人が足りているかというと、そうでもないときく。慢性的な人手不足らしい。

 ここままではコンビニがなくなる。ならば、いっそ、自らがコンビニの門を勤めようかと考えた。でも、店としては高校生は雇わない方針だった。そこはいくら人手不足でも、かたくならしい。噂では、店長さんの娘が高校生で、店でバイトをしたがっているが、店に娘さんを立たせて、下手に人気が出てしまっては、悪い男がよってくるのではないかと思い、娘さんを店へ立たせないために、高校生のバイトを雇わないようにしているとか。

 ホントか、ウソかは不明だった。真実を調べる気持ちもない。

 とはいえ、とうぜん、このコンビニによってこの町で生き延びているのは、おれだけではない。町の人々もまたおなじだった。年齢に関係なく、町のいたるところで、この店があってよかったという話をきく。あってよかった、ホントよかった。

 だって、コンビニのおかけで、いつだって、最新型のシュークリームが食べられる。最新型のプリンが食べられる。アイスだってそう。

 甘味ひとつをとっても、もうあと戻りできない。禁断の果実を腹いっぱいに食べてしまっている。

 だから、町からコンビニがなるくなると、きっとこの町も同時にダメになる。回復不能なダメージを負うことになる。魅力ゼロの町になる。

 にもかかわらず、発生している人手不足は、かなり深刻な問題だった。けど、いまはどうしても自身は高校生し、バイトとして雇ってはもらえない。

 いずれ、高校を卒業したら、とは思っている、おれがゆくまで、どうにか持ちこたえてほしい。

 でも、いま出来ることはやはり、なるべくお金を使うことぐらいだった。

 そんなことを考えながらコンビニへ向かい、着いた。

 そして、店内であっけなく彼女と再会した。

 それは自転車を爆破されてから数時間後のことだった。

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