誇り高き脚本家(仮タイトル)

千鶴

第1話

「本日はお越しいただき、ありがとうございました!」

 会場内が拍手の音に包まれる。観客の中には感動のあまり涙している者もいるようだった。

関係者席から見ていたが、今日の千秋楽が一番いい演技ができていた。監督や役者と会って、解釈のずれが発生しないようにイメージをすりあわせていたことが大きく出たのだろう。これはアンケートの結果も期待できる。

 関係者席から立ち上がり、事前に約束を取り付けていた監督へ挨拶するべく舞台裏へ足を進めた。舞台で感じた興奮はまだ冷める気配がない。多幸感に包まれたまま夢見心地になる感覚。まるで、地に足が着かないような、そんな感じ。私はそれが大好きだった。



 その高揚感は唐突に別れを告げた。楽屋にさしかかったあたりで、監督と役者の会話が聞こえてきた。

「千秋楽お疲れ」

「監督もお疲れ様でした。脚本家の方もいらしてましたね」

「呼びたくはなかったんだがな。面子の関係もあるから呼んでやったんだ」

「監督、いくらなんでもそれは…」

「お前だって知ってるだろう。あの人の脚本は素晴らしいものが多いのも事実だが、自分のつくった世界への思い入れが強すぎてミーティングに何度も顔を出していたじゃないか」

「それだけ愛着があるってことじゃないですか。いいことですよ」

「だがそれらが俺らの足かせになることもある。解釈のずれなんて大した問題じゃないのに」

 そこからは意図的に聞かなかった。監督のあの言葉は何だ。私への侮辱だ。私の誇りに対する冒涜だ。さっきまで感じていた多幸感は既にいなくなっていた。そしてそこからこれからの行動を思案した。私が誇るべきものを穢したのだ、それ相応の報いを受けてもらわなければならない。しかも最初の頃に交わした約束も破っているとみた。

しかしどうするべきか。このままこの場を立ち去るなんて論外だし、かといって挑発するのも後のことを考えるとよろしくない。無防備なまま飛び出すのも今後に悪影響だから、ひとまずここは聞かなかったことにしてこれからどうするかはゆっくり検討しよう。

 泣くのも嘆くのも、それからでいい。

 今後の方針を固めると、私は彼らの前へ姿を現した。

「千秋楽、お疲れ様でした」

「織咲先生!? どうしてここに…」

「公演後にご挨拶させていただくと事前に連絡していた筈です。ご迷惑なら、出直しましょうか?」

 監督も役者の方も、明らかに動揺していた。そりゃあ、主に監督が私を悪い方での会話の種にしていたのだから、当然の反応とも言える。しかし私はそれを見て見ぬふりをして、話を始めた。

「今日の千秋楽、とてもよかったですよ。全体を通して、主人公の気持ちが観客席の方にもひしひしと伝わってきて、臨場感がありましたし」

「あ、ありがとうございます」

「そんな大成功の千秋楽の後だって言うのに、お二人とも顔色が悪いですね。あの世界の夢から、もう覚めたんですか?」

「えっと、その…」

「まあ私の見せた夢がその程度のものなら仕方ありませんね。次はもっと趣向を凝らすことにしましょうか」

「あの…」

 言い訳を並べようと、監督が口を開こうとする。そんなことは分かりきっていたから、わざと矢継ぎ早に言葉を並べて、監督の言い分を聞かないようにする。そして私も、怒りに身を任せることなく冷静に話を続けた。

「ともかく、今日はお疲れ様でした。私はこれで失礼しますね」

 何事もなかったかのように振る舞う私にその場にいた私以外の全員が拍子抜けしたようだ。その間抜け面を置いて、私はその場を後にした。





 さあ、どうしてくれよう。私の仕業とばれないように、誇りを傷つけた報いを受けてもらわなければならない。ばれても別に構わないが、あまりおおっぴらなのもよろしくない。後に響かないように慎重にことを進める必要がある。まあ、こういうことは悪知恵の働く友人に相談してみよう。そう考えた私は、LINEを起動させ、見慣れたトーク画面に作戦会議の連絡をいれた。


「で、今日も元気に働く社畜編集者に『話したいことがあるからごはん食べに行こう』って突然送ってくる不躾な脚本家はあんた?」

「え、そんな奴いるの?どこどこ?」

「鏡は持ってるかな?自分の顔見てみ?」

 これくらいの軽口はいつものことだ。それを笑顔で受け流しつつ、私は本題に入った。

「まあとりあえず私の愚痴のような何かを聞いてくれる?」

「あ、あたし知ってるこれ拒否権ないやつだ」

「知っているのなら話は早い、さあ付き合ってもらおうか」

「あたしの貴重な時間がー」

「今なら何と私のおごりです」

「仰せのままにお姉様」

 話し相手が大人しくなったところで、今日の出来事を簡単に話す。彼女は私の舞台にかける思いを十分に分かっているので茶々を入れることなく終始真面目に聞いてくれた。



「なーるほどね」

一通り話を聞いた彼女はため息交じりにこう言うと、

「そりゃあんたむかついても無理ないわ」

 憤りを見せてくれた。他の人のことなのに、自分のことのように思ってくれる彼女を私はとても大切に思っている。

「で、智津琉のことだから、どうせ仕返ししようって考えてるんでしょ?」

 何故考えていることがばれたのだろうか。

「今はまだそのときじゃないからやめておきなさい」

「今はまだってどういうこと?そのときっていうのが来たら、動いてもいいの?」

 少し言い方が引っかかったのでそこを聞いてみると、彼女は少し言いづらそうにしてから、口を開いた。

「まだ裏取りしてる状態なんだけど、そこの劇団の抱えてるあんたとは別の脚本家、ほかの人の作品を盗作してるって匿名でタレコミがあってね。もしそれが事実なら、そいつは脚本家として二度と仕事はもらえないだろうね」

 話題に挙がった脚本家は私もよく知っている人だった。その人の書く作品は同一人物が書いているのかと疑いたくなるほど作品毎に作風が違うことで有名だったのだが、まさか本当にそうだったと誰が思っただろうか。

「その人知ってる、作品毎に作風というか、雰囲気が変わる人なんだよ。すごい人だなって思ってたけど、そんなタレコミがあったとはね」

「だから言ったんだよ、今はまだ我慢してって。早ければ再来週には記事も出来上がると思うから、そのときまで待ってて。あと、ないとは思うけどこのことは他言無用でお願いね」

「勿論、こちらこそありがとうね」

「よし、じゃあ込み入った話はこの辺にして楽しく飲みますかー!」

「さんせーい!」

 そこから私たちは先程までのどんよりとした空気を吹き飛ばすように食事を楽しんだ。学生時代を思い出させるような食事は夜遅くまで続いた。



 それからしばらく経ったあと、この間連絡を取った彼女から連絡があった。

『この間言ってた記事、完成したよ。この雑誌に載ってるからよかったら見てみて』

 ちょうど出先の喫茶店で原稿を作っていたのだ。区切りのいいところで切り上げてコンビニに寄ってLINEに書かれていた雑誌を買っていくとしよう。



 その頃、劇団内は多忙を極めていた。フライヤーができていた次回公演の脚本を手がけた作家が週刊誌に盗作疑惑の記事が掲載されてしまい、その対応に追われていたのだ。当然脚本は使えなくなってしまい、その代わりを書く脚本家を探すのと観客とパトロンに向けた謝罪に追われていたのだ。スキャンダルされたのが有名な脚本家だったため、劇団で抱えているデビューしたての脚本家たちには断られてしまった。主宰兼監督は最後の頼みの綱である彼女へ連絡をいれるべくメールのアプリを起動させた。



 荷物を片付け、席から立ち上がろうとしたとき、メールの着信を告げる電子音が鳴り響く。宙に浮かせていた腰を下ろして内容を確認する。



『織咲智津琉様

こんにちは、お世話になっております。

さて、先の報道により、担当されていた先生の脚本が使用できない事態となりました。つきましては、この脚本に代わる新しいものの作成をお願いしたくございます。詳細は追って連絡しますので、よろしくお願いいたします。

劇団C&C 主宰 富岡篤史』



 さて、予想通りの展開。しかし、この文面ではまるで私に拒否権がないようではないか。まあほとんどないに等しいんだろうな。ここからどうしようか。返信を考えるのにはまだ時間がかかるかもしれない。もう一度荷物を隣に置き、ケーキを注文しながら、返信内容を頭の中で練り始めた。


 これで、よし。送信ボタンを押すと、私は今度こそ席を立つと、会計を済ませて家路を急いだ。



 各方面への発表も問い合わせも一段落つき、何気なくメール画面を開く。先程織咲先生に送ったメールの返事が返ってきていた。おそらくスケジュールの確認だろう。そう思って富岡は受信画面を開く。そして、

「…は?」

一瞬、思考が停止した。深呼吸をして、もう一度文面を確認する。間違いではない。富岡は立ち上がると、文面の真意を確かめるべく彼女に電話を入れた。



「はい、もしもし」

『織咲先生!さっきのメールはどういうことですか!』

 電話に出た瞬間、金切り声で叫ばれる。まだ出先だったため、イヤホンマイクを使っていた。そのせいで、大声が頭に直に響いてくるようでくらくらする。音量を下げて、落ち着いてから冷静に受け答えをする。

「見たとおりですよ。よろしければ読み上げましょうか?」

『そういうことじゃなくて!いきなり劇団の脚本家をおりるって、急にどうしたんですか!』

 分からないのだろうか。それともなかったことにしたいのか。

「最初の頃に言いましたよね、こちらのやり方ですりあわせをしていくって。それに口出ししない約束で私は依頼を受けたんですよ?お忘れではないですよね?」

『口出しなんて』

「本当にしていないと言えますか?」

 そこで富岡は黙り込んだ。思い当たる節が私の思っていた以上にあるのだろう。相手がひるんだのを見逃さずに、私は更にまくし立てる。

「ここは信用が重要な世界です。先の脚本家の先生もそうだったじゃありませんか。先に約束を破ったのはそちらです。メールの文面にあった通り、今後そちらで脚本を書くことはありません」

『そんな…』

電話越しにうなだれているのが伝わる。しかし、約束を先に破ったのは向こうだ。報いはきちんと受けてもらわねば。

「それでは、お元気で。お世話になりました」

『あっ』



 電話を切るとすぐに番号を着信拒否の項目に追加する。ついでにメールアドレスもブロックする。これでようやく落ち着ける。ついでに今回の情報提供者を労っておこう。

『もしもし?』

「あなたのおかげで一矢報いたよ、ありがとう。今夜ごはんでもどうかな?」

『もちろん、ついてくよ。落ち着いたなら、暗い話抜きでパーッと飲みたいしね!』

「じゃあいつもの場所で」

それじゃあ、と電話を切る。とりあえず今回は、信用できない相手と手を切ることができて本当によかった。しばらくはしつこく連絡はあるだろうが、無視していればその内黙るだろう。同業者がど派手なスキャンダルをやらかしてくれたおかげで世間にはさほど知られないだろう。知られることがあったとしても『盗作脚本家を抱えていた劇団に愛想を尽かして出て行った』程度にしか見られない。それなら世間のイメージもあまり崩さなくて済む。


月が起き始めた頃の街を、ゆっくりと歩き出す。微睡み始めた太陽が、上機嫌な脚本家を優しく照らしていた。

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誇り高き脚本家(仮タイトル) 千鶴 @Cthulhu_noir

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