綺麗な女性って書いて

 その夜、西六本木警察署で不良外人達は取り調べを受けマトリ、厚生省麻薬取締部に引き渡された。

 優太は翌日、西六本木署に調書のために出頭した。

 優太が受付で待つとファイルを持った如月由美が現れた。


 あの時の女刑事が、調書をとるのか…


 スーツ姿の如月由美はあの夜とはまったく雰囲気が違った。

 警察官はそもそも特殊な訓練を警察学校で受けさらに現場であらゆる人間を見てきている。


 女でありながら、その微動だにしない眼光は自分には想像つかないような修羅場を見てきたのだろう…


 優太はそう思った。


 和美人…


 アイリッシュバーで会ったときはそう見えたが取り調べ室で調書をとる由美には刑事特有の威圧感が備わっていた。


 実際の刑事には、こんなに威圧感があるのか…


 ドラマで見るのとはまるで違う…


 優太も役者のはしくれだ。

 俳優としてあらゆる役作りのために人間を観察を常にする癖がある。


 「夕べは、捜査に協力していただきありがとうございます」


 「いえいえ」


 「さっそくですが、夕べはあのバーで何をされていたのですか?」


 「ダチのジャンと飲んでたんです。会いましたよね」


 「よく行かれるんですか、あのお店は?」


 「あそこが一番落ち着くんです、俺もジャンも」


 「失礼ですが、浜城優太さんは、ハーフなんですか?」


 「ええ。イタリア人と日本人です」


 由美は頷きながらそれをメモッた。


 「だいたいどれくらいの頻度であのお店には行かれるんですか?」


 優太は宙を見て考えた。


 「月に2回くらい…かな」


 「夕べの外国人の連中は以前、見たことありますか?」


 「見たことはあります。でも絡んだのは初めてでした」


 「なるほど」


 由美は淡々と調書を書き進めた。

 優太はこのストウィックな女刑事の女としての素の顔が急に見てみたくなった。


 「こんな綺麗な女性が助けを求めてこなければ、一生絡むこともなかったと思います」


 調書を書く由美の手が一瞬止まった。

 調書を見つめたままわずかに笑みが浮かんだ。

 優太は追い打ちをかけた。


 「ちゃんと書いてくださいね、綺麗な女性が助けを求めてきたから助けたって」


 綺麗な女性、他ならない目の前にいる如月由美だ。

 由美は、いたずらをする生徒を諫める先生のような目を向け冷静に言った。


 「調書をどう書くかは、こちらで決めます」


 由美は調書の作成が終った。


 「では、この内容を読んでいただいて間違いが無ければ本日の日付とお名前を書い

 てください」


 調書を読んだ優太は言った。


 「だから、ここ綺麗な女性がって書いてくださいって言いましたよね」


 まっすぐ優太を見据えた由美だが目にはどうしても女としての嬉しさが垣間見える。

 そして一瞬、唇を嚙んだ由美の顔に優太の心はわしづかみになった。

 由美は小さくため息をつくとまた調書を書き直した。

 そこには「綺麗な女性」がと書き加えられ優太は満足そうに自分の名前を署名した。

 ハーフの優太を前にするとたいていの女子は、好意の空気でいっぱいになるのだがこの如月由美はいっさいそんな空気を微塵も出さなかった。

 そんな由美は優太には特別な女に見えた。

 由美は、優太を署の入口まで見送った。

 優太はなるべくタレントオーラと呼ばれるものを笑顔で全開して言った。


 「チ・ヴェディアーモ」


 「チ?なんですか?」


 「イタリア語で、また会いましょうって意味です」


 優太の中で最高のさわやかさを全開した笑みを見せた。


 「なるほど。ではまたなにかあったら連絡するかもしれません」


 せっかくのイケメン俳優の渾身の笑顔をかわし、如月は終始ストウィックな表情を崩さなかった。

 優太の経験上、普通の女子ならなにかしら顔に出るはずだ。

 だが由美は違った。

 まったく優太の見たことのないタイプの女だ。


 さすが女刑事なんだな…


 優太はそう印象をもった。


 女子といえど、警察官ともなればハーフの俳優なんて興味ないんだな…


 由美は、ストウィックな表情のまま自分のデスクに戻った。

 そしてガクっと机にほう杖をついて深~いため息をついた。 


 浜城優太…メッチャかっこよかった…

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