アイリッシュバーの和美人

 浜城優太は、モデルのジャン・日向と夜の六本木でアイリッシュバーで飲んでいた。

 ところどころでアイルランドの色、緑を主張しウッドカウンター、ビールが蛇口から出る酒樽がある店内は、優太もジャンも気に入っていた。

 カウンターに出てきた黒ビールをセルフで持ちに行き、自分でテーブルに運ぶ。

 日本人の過剰なサービスのない、誰にも気兼ねすることなく酒が飲めるのも優太が気に入っているところだ。

 優太がつるむジャン・日向は、男性モデル雑誌で一緒になったハーフで、よくこの店に来る。

 ジャンが六本木い来るときは、逆ナンが目的というところもある。

 ジャンも優太も子供の頃は、見た目の違いからいじめられることもあった。

 だから、ジャンはその反動もあってか自分からは女子に声をかけない。

 女子から声をかけられることで、優越感にひたるのだ。

 見た目は、目つきの鋭いイケメン。

 ノーシャツ、革ジャンで表紙になるようなタイプだ。

 優太とはまた違ったハーフだ。

 モデルの仕事しかしないが、優太が出る映画の撮影には興味があった。


 「優太。映画の撮影どう?うまくいってる?」


 「まあまあ。そうそう。水木理沙とLINE交換したよ」


 「マジで?芸能人いくのかよ~」


 「いや、まだわかんないけど…」


 「自分から交換してくれって言ったの?」


 「いや、向こうから」


 「いいねえ。そういう行動力がある女好きだよ」


 「知らねえし…」


 優太はどうでもいい親友の好みに笑った。

 店内に新しい客が入ってきた。

 その客にジャンは、くぎ付けになった。

 日本人だが、隙のないメイクに長いストレートな髪、赤い口紅なのに清楚な知性を感じさせる和美人だ。

 ジャンは優太に声だけで合図した。


 「おい…」


 優太は、ジャンが見る和美人に目をやった。

 美人だが、スカートでなくパンツにジャケット。

 どこかの会社でバリバリに働くキャリウーマンといった感じだ。

 優太は、なにかこの和美人の空気に違和感をもった。

 肩からハンドバッグでなく、手に革の手下げ鞄。

 なにかを探しているようにも見えた。

 優太とジャンに気づくと和美人は、自ら近づいてきて親し気に言った。


 「あぁ~待たせてごめんねぇ。待ってたよねぇ!」


 はぁ?なにを言ってるんだこの女は?


 優太は困惑した。

 しかし、ジャンは女に不穏なものを感じ取った。


 「どうしたの?キミ?」


 「じつはちょっと…」


 と、言い終わらないうちに入口からガラの悪い外人達が入ってきた。

 不良外人の集団だ。

 六本木を我が物顔で闊歩する連中だ。

 何度か見たことがあった。


 「オレタチト、アソボーヨォ」


 「ニゲルナヨ。オレオマエスキネ」


 大柄でガラの悪い外人が数人でいたら、日本人はみな道を開ける。

 六本木で外人にしつこくされてても、六本木ならただのナンパだ。

 和美人は言った。


 「少しの間でいいからちょっと、彼らの相手をしてくれない?」


 よくわからないが、優太は立ち上がった。

 ジャンはこういう暴力沙汰が苦手だ。

 そのために優太とつるんでいると言っていい。

 優太は女を背にし、不良外人達の前に立ちはだかった。

 女は、スマホをかけながら見知らぬ自分のために前に出た優太の背中を見た。

 なぜか大きな背中に見えた。


 「She is my friend. We gotta problem?」


(彼女は俺の友達だ。なんか問題あるか?)


 「She is your friend? I don’t think so. Because she is mine」


 (彼女がお前の友達?違うだろ。彼女は俺のものだから)


 デカい黒人の男が優太の前に出た。

 優太は見上げた。


 「You’ve never got fight before have you?」


 (喧嘩したことねえだろ?)


 「What makes you say that?」


 (なんでそう言える?)


 「Nobody messes with the big guy like you」


(誰もお前みたいなデカいやつに喧嘩なんか売らないからさ)


 「That’s right! nobody messes with me. Because I’m big guy. So why do’t you just  

 shut up and go back to your seat and sit tight. 」


 (そのとおりだ。誰も俺に喧嘩なんか売らない。なぜなら俺様はデカいからだ。

 だから黙って席に戻ってしっかり座ってろ)

 

 この黒人、酔ってるようには見えないが、妙にご機嫌だ。


 クスリでもやってるのか?


 「Big guy like you, has never got fight before, never got heart. So this is … 」


 (お前みたいにデカい奴は闘ったことがないのさ。で、これが…)


 優太は下を指さして今の状況を示した。


 「first time you get heart. I’m gonna heart you real bad like you’ve never  

 experienced before」 


 (お前が初めて痛い目に会う瞬間だ。俺はお前をめっちゃ痛い目に会わせるぜ。

 経験したことないほどにな)


 黒人は眉間にしわを寄せて優太を威嚇した。


 「Oh, yeah?Show me what you got!」


 (そうか?だったら見せてもらおうか!)


 黒人は振りかぶって拳を優太目掛けて振り回した。


 優太はすかさず黒人の太い腕を両手受け流し、奥襟を掴んで引っ張り込みラリアットを食らわせた。

 優太アレンジの合気道の入り身投げだ。

 ついでに足も引っかけて倒した。

 巨体が床に倒れた。

 その瞬間、いっせいに他の外人達が優太に襲い掛かってきた。

 優太の前蹴りに吹っ飛ばされ、カウンターのパンチで不良外人の歯が飛んだ。

 3人、4人、いや始めの黒人を合わせて5人を倒した。

 その間、優太は一歩も動かなかった。

 動けば後ろの女に被害が及ぶ。

 それは優太の背中を見ていた女が一番感じていた。

 自分が見知らぬ男に守られている…

 全員が倒れたところで優太は、振り返り女と目が合った。


 「大丈夫?」


 女が答えようとした時、刑事達がなだれ込んできた。


 「麻薬取締部の者だ。全員おとなしくしろ!」


 優太は、刑事達の方を見た。

 ジャンは慌てて優太を呼び込んだ。


 「優太、席につけ!何事もなかったって顔してろ」


 「そうだな…」


 と、慌てて優太がジャンの方を向くと、先ほど助けた女が警察手帳を突き出した。


 「え?」


 「西六本木警察署の国際捜査課の者です。ここ最近派手に麻薬を売りさばく外国人

 グループがいるので捜査をしてました。ご協力感謝します」


 と、西六本木警察署の国際捜査課の如月由美は言った。

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