西六本木警察署国際捜査課・如月由美
浜城優太がマルケスへの戦いに胸を躍らせているとき、もう一人マルケスを追う者がいた。
その者が見つめるラップトップの画面には、
ー1932年 エデュアルド・マルケス・ヴァルフィエルノ死亡
ー1933年 カルロス・ヴァルフィエルノ 神戸で生まれる。
ー1967年 マルケス・ヴァルフィエルノ 東京、足立区で生まれる。
ー1987年 早稲田大学中退。
ー1988年 銀座で画商を始めるが、失敗。
ー1989年 多額の借金を背負い、銀座から撤退する。
ー1993年 雇われていた蒲田の町工場の金庫から800万を盗み、逃亡。
マルケスの略歴が書かれていた。
その者は…蒲田の町工場…という文字をじっと見つめた。
その者、如月由美が生まれ育った場所。
由美の耳に、当時の工場の機械音が聞こえてきた。
人形を持った幼い由美が、母親と一緒に工場にお弁当を届けにやって来た。
オイルまみれの作業着で、みな真剣な顔をして作業をしている。
工場では、数人の外国人も働いていた。
その外国人の中にマルケスがいた。
小さな由美が通ると、みな顔をほころばせた。
しかし、マルケスだけが由美に見向きもしなかった。
ある夜、工場の隣の自宅から由美が二階の窓から外を眺めていると、工場から男がひとり出てきた。
それはマルケスだった。
普段は、工場の作業着かジャージの男がスーツを着込んでいる。
手にはボストンバッグ。
小さな由美は、ただぼんやりとそれを眺めていた。
そして翌日、母親と事務所へ向かうと父親が金庫の前で愕然としていた。
開いた金庫の中身は空。
社員の給料と、新商品のために銀行から借りた1千万がそっくりなかった。
由美が行っても、もう誰も由美に笑顔を見せる者はいなかった。
みな難しい顔をして作業を黙々と続けた。
しかし数日後、工員は誰もいなくなった。
そしてある日、由美が工場の事務所へ来ると鉄筋の梁から父親がロープでぶら下がっていた。
ぐったりした父親が死んでいた…
そんなことを夢にも思わなかった幼い由美は何度も
「お父さん?お父さん、何してるの?」
と、声をかけ続けた。
もちろん、返事はない。
ただただ宙にぶら下がった父親を見つめていた。
それが由美が見た父親の最後の姿だった。
ラップとトップの画面に目を向けながら、懐かしくも残酷な記憶に由美は浸かっていた。
「またマルケスか」
由美の背後から、自前のお気に入りの湯飲みを手にした課長が声をかける。
「インターポールも、そんな犯罪者はいないと言ってただろ」
「マルケスはいます!事実、私の父の工場は…」
「金を雇っていた不良外国人に盗まれたんだろ?何度も聞いたよ」
「それがマルケスなんです!モナ・リザを盗んだマルケスの子孫で…」
「わかった、わかった。モナ・リザね。はいはい。ところでマトリ(麻薬取締官)
との合同捜査の準備できてるんだろうな」
「大丈夫です。ぬかりはありません」
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