ファニーズ事務所

 翌日、オフだった俺は事務所の社長に呼ばれた。

 俺がこの事務所に入ったのは、外国で起きた事件の再現ビデオの現場で俺が出演したのがきっかけだった。

 そのときに日本人役で出ていた俳優というか、正確には芸人さんでたまたま所属していたのが中松さんの事務所だった。

 そのとき特撮ヒーローが終わるタイミングで俺が、中松社長に自分を売り込んだ。

 特撮ヒーローものをやってたとき、俺は制作会社の所属だったが

 シリーズが終われば当然、やめなくてはならない。

 どこでもいいから事務所に入らないとってわけで焦っていた俺は中松さんの会社へ入った。

 だがこの日、中松さんが俺を呼び出したのはこれからの方向性について話すためだった。


 「撮影のほうは順調にいってるだか?」


 「ええ。順調です」


 「差し入れとか入れたけ?」


 「ええ。栄養ドリンクとか差し入れしました」


 「おまんな。一回ばっか栄養ドリンクを差し入れしたくれぇで、いい気になってる

 じゃねぇだ」


 「いや、けっこうな人数分入れましたけど…敵役のエキストラの方々の分まで…」


 「けっこうとかいいだ、ほういうもんは…ちょびちょびいい気になってるじゃねえ

 だ」


 「いや、なってませんけど」


 この人がよく言う「ちょびちょび」の意味がよくわからない…


 どうやら調子にのるな、というような意味らしいけど。


 この中松社長の方言は甲州弁。


 日本で一番汚い方言で有名だ。


 「で、おまんはどう思ってるだ?」


 「はい?」


 「これからのこんにきまってるら?どうするだ?ようやく映画に出たはいいけん

 ど、主役を張らんきゃどうにもならんずら?」


 「そう…ですね」


 「だったら、なにかバラエティの話とかあったら入れていいけ?」


 「バラエティ?」


 「お笑いっつうこんだ」


 「いや。わかりますけど。俺、なにをするんですか?バラエティー出ても、なんも

 できないっすよ!」


 「そんなもんは、周りの腕のいい芸人が助けてくれるら。どっきりでもなんでかけ

 てもらえるのが、タレントはありがてぇだよ。わかってるだか?」


 「はぁ…」


 「はあ、じゃねえだっちゅうこん。おまんまだちっともわかっちゃいんずら!おま

 んのわるいところはそういうとこだっちゅうこん」


 「はあ…」


 「だから言ってるらぁ。おまんも、へえ28じゃんけ?」


 「はい」


 「ブレードポリスをやめてうちに来て、へえ何年になるでぇ?」


 ブレードポリス…俺が演じていた特撮ヒーローもの。


 「4年くらいです」


 「うちはファニーズだっちゅうこん。ファニーズ事務所ずら。どっかのイケメンス

 ターの事務所とちごうだよ。お笑いタレントしか入れなかったとこへ、特撮ヒーロ

 ーものやめたおまんが俳優でへえってきただ。ノウハウが違うから売り込み方も大

 変だっただよ。わかってるだけ?」


 「はあ…」


 「はあじゃねえだよ!無理に俳優を入れてるだから、30手前でブレイクしてくれ

 んと、こっちも困っちもうだっちゅうこん。そこんとこをどう思ってるでぇ?」


 「まあ、自分でもいまいち突き抜けないっていうのは感じてるんですけど…あの…

 じつは前からトーク番組とか、そういうのに出てみたかったんですけど」


 「トーク番組?おまん自身の話でなんかネタがないとほんなもん出してもらえんだ

 よ」


 俺は、身を乗り出した。


 チャンスだ。


 「俺の本名、浜城・ヴィンチェンツオ・優太っていうんですよ。じつはそれってひ

 いじいさんの名前をもらってるんですけど」


 「ほれで?」


 「このひいじいさんって人、じつは110年前にモナ・リザを盗んだんですよ」


 中松は目を丸くし口をあんぐりと開けた。


 「それ、オモロイネタじゃんけ!なんで今まで黙ってたでぇ?」


 「いや…その、話す機会がなくて…」


 「さっそくその話で、プロデューサーに売り込んでみるずら」


 中松は意気揚々と電話をかけ始めた。


 この瞬間、俺は確信した。


 マルケスへの挑戦は…


 ここから始まる…

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