隠し部屋
せいいっぱいの皮肉を利かせマクレガー卿が答えた。
「I can do better than that」
(私ならもっとマシなタイトルを思いつくよ)
マルケスは「Of course, you do」
(もちろんそうでしょう)
「But the best story will be how do you keep your wonderful life…」
(最高のストーリーは、あなたがいかにして素晴らしい人生を送ったか…)
「Let's say with your success…」
(たとえば成功した人生)
マクレガー卿は答えた。
「Well, that’s what I’m trying do. Have you noticed it?」
(それを今なんとかしようとしてるところだけど。気がつかなかったかね?)
マルケスは続ける。
「Wonderful life with your wonderful family」
(素晴らしい人生と素晴らしい家族)
マクレガー卿は鼻で笑った。
「My wonderful family left me here and starting new life in Tahiti」
(私の素晴らしい家族は、私をひとりここに残しタヒチで新しい人生をはじめてい
るよ)
マルケスは顔をしかめた。
「Tahiti? Why Tahiti?」
(タヒチ?なぜタヒチなんです?)
「Oh, Maybe that’s because my wife is from there」
(あぁ。それはおそらく彼女のふるさとだからだろう)
「OK. Sounds like the paradise of Gauguin. But we are talking about
Vermeer right now」
(なるほど。まるでゴーギャンの楽園ですな。だが今、我々はフェルメールの話を
しているのです)
「Don’t you want them to come back to your place, here?」
(彼らに帰ってきてほしくないですか?ここに?)
マクレガー卿は、マルケスの言葉につい視線を落とした。
マルケスはここだ、と思った。
マクレガー卿の本心が出た瞬間だった。
家族に帰ってきてほしいという気持ちだ。
マルケスはすかさず指を鳴らすと、誠次と拳児が数個のスーツケースを運んできた。
そのひとつをマクレガー卿の前に置き、マルケスがスーツケースを開ける。
中にはぎっしりと50ポンドの札束が詰まっている。
マルケスは最後の殺し文句を言った。
「Take this 700,000 pound, save your company and call your family back
here. You can do it today, right now!」
(この70万ポンド(約1億円)を受け取って会社を建て直し、家族を呼び戻せば
いい。今日電話できます。今できるんです!)
「And have your dignity back as a British noble」
(そしてイギリス貴族としての威厳を取り戻すのです)
マクレガー卿は目を見開いて、じっと集中して考えている。
そして決断した。
その後、マクレガー卿に案内され、マルケスと誠次が薄暗い地下へと降りて行った。
地下には石造りの廊下、そこには木製のワインラックが壁に並べてあってそれぞれフランス、イタリア、オーストラリア産のワインが寝かされている。
地下、というよりはワインラックが並んだ廊下があるだけだ。
マルケスは違和感を感じた。
それはなにかが隠している時特有のなんともいえない違和感だ。
マクレガ―卿が最後のワインラックをドアのように開くと石の壁が現れ、それを見たマルケスの目は笑った。
その壁を押すとカチャッという音がして、石造りの壁の表面を施した鉄のドアがわずかに開く。
そこには秘密の隠し部屋があった。
マルケスはそういう隠し部屋を見慣れている。
中は無駄のいっさいない空間だった。
小さな湿度計とワイングラスが置かれた机と椅子。
そして椅子から鑑賞できる位置に絵が掛けられている。
ワインと絵画を味わうだけの空間。
十分だろう。
なぜなら額の中には窓から入る日の光の中で白黒のチェックの床、
黄色い袖の若い女性がピアノを弾き、赤い背もたれの椅子に斜めに座った背を向けた男、青い服の女性が永遠に歌っている。
それが世界が血眼になって探している盗まれたフェルメールの「合奏」だ。
背を向けた男が作者フェルメールと言われているが、黄色の袖の女性、青い服の女性、そして赤い椅子の背もたれに比べるとまるで気配が消されている。
フェルメールらしい見事なほどの「静」の演出。
マルケスは「合奏」に歩み寄り、その感動がフランス語で出た。
「C’set Le vrai chef-d’oeuvre de Vermeer! Magnifique!
(セ ル ヴレ シェドゥーヴル ドゥ ヴェルミール!マニフィック!)」
(本物のフェルメールの傑作だ。素晴らしい!)
今度のスキャンダルオークションは、跳ねる!…
マルケスを背後からじっとマクレガー卿が睨みつけていた。
その気配を感じとり、マルケスが振りむいた瞬間…
バーンッという銃声が鳴り響いた。
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