ハムスター
あおおにぎり
ハムスター
バタン、と扉が閉まる音がした。
「今日が晴れで良かった。」
女は机の上に先ほど買ってきたであろうお弁当を、彼がいつも座っている椅子の辺りに置く。大きな影を作り、女は自分より小さな銀の鉄格子の中の小さな給水器に水を入れた。男はそれを見向きもせず、追ってきた彼女を見ると、手を洗いながら、そんな飯で良かったのかよ、と言った。
「だって和樹さんはこれが一番好きでしょう?」
女は過去彼に料理を作ったことでも思い出したのだろうか、自嘲的に笑った。男は彼女がいつもの一連の動作を終わらせたのを見てから、彼女の手を引き、男は女を隣に座らせると、彼女の手に触れた。彼女がそれに気づくや否や、男に唇を重ねられていた。女はそれを受け入れ、室内には水音が響いた。
そして、男は女の髪に触れた。彼女はそれを男が何かを求めている時の仕草だと知っていた。彼女が男の胸に手を添えると、男はその手を絡めとって、そのまま自分の腿の上に置いた。
――ゴミ箱を閉める音が鳴り、銀枠の外からは人工的な光が差し込んできた。
「俺さ、奇麗なまま死にたいなって思ってたんだ。だからさ、美香がいてくれてよかったよ。」
「私も、和樹さんがいてくれたからすごく楽しい毎日が過ごせたんだわ」
「こんなことにまで付き合ってくれるなんてさ、最高の彼女だわ」
「和樹さんのためなら、なんでも応援したいって思ってるから……」
男はスマホでポチポチと何かを操作していた。女が何をしているのか聞くと、家族と友人にメッセージを送っていると答えた。
部屋の電気を消した女は金網の下の七輪に火をつけ、ベッドに横たわっている男の横に寄り添い、指を絡めた。
「てかさ、餅とか焼いてみようと思ってたんだけどさ、結局使わなかったよ。」
「そうだね……ていうか、あの子はいいの?」
「いいんだよ。お前が飼いたいって言わなかったら俺は買わなかったし。」
男は憎らしげに銀枠の方に視線を向けた。
「そう……でも、外に逃がすとか、人に譲るとかさ、そういうのはどうなの?」
「外に逃がしたところで生きてけるかなんてわかんねえだろ。ま、それは俺らも一緒か。」
探していた言葉を見つけたかのように彼は続けた。
「それに俺がハムスターなんて譲れるような知り合いなんていると思うか?」
「……。」
「おい、返事しろよ。」
「ああ、ごめんね。ぼーっとしてきちゃって……」
二人の部屋は生温くなってきた。ぬるくて重たい空気が立ち込めてきて、頭がくらくらしてくる。男は、沈黙を破って、震える声で言った。
「美香、俺がどんな人間でも、あいしてくれるよな?」
女は少し間を開けて答えた。
「勿論だよ。」
男は、ベッドから滑り降りて、暗い部屋の隅からバットを持ってきた。女は隣にいるはずの男が突然動き出したことに驚いて顔を向けた。
「……カズキさん?」
そして、女を殴りつけた。女は声が出せない様子で、殴られた箇所を押さえようとしたが、男が髪入れずにもう一度殴ったせいで、手はベッドに放り出された。
「な、んで……?」
男は答えなかった。ただ執拗に、女を殴りつけた。
助けを求めるように動いた腕を。逃げようと震えた足を。最後の夕食を蓄えた腹を。
女の涙と苦痛に塗れた表情が目に入らないかのように。
変色する箇所がなくなるほどに、ただ殴りつけた。
「……。」
女が鳴かなくなった頃に、息を切らした男はこちらを指さして言った。
「……こいつが、こいつが、勝手に殺せと言ったんだ。」
男はここを、暗闇の中から見つけた。七輪の明かりがぼうっと彼の顔を下から照らしている。
「だから、やったんだ。こいつがやったんだ!美香を殺しやがって!」
男の大きな声が頭上から聞こえたかと思うと、ガシャンと金属同士が擦れあう音とともに、視界がぐるりと変わった。銀枠に叩きつけられた。背中にいつも噛んでいる木がのしかかってくる。
いたい。水が地面にしみていく。
つめたい。足先が冷えてきた。
くるしい。体が動かない。自分の出せる限りの声を出す。
「キュー……」
くるしくていたくてつめたくて。くるしい。くるしい。くるしい。
「……ごめ」
血生臭い声は扉が閉まる音にかき消された。
ハムスター あおおにぎり @Seseraaagi
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